ビジネスから見る、変化するゲーム産業と世界志向&チーム志向の重要性
ゲームばかりして立派な大人になる時代
「ゲームばかりしていると、碌な大人になれません」と子供が親に言われていた時代は過去のもので、今やコンピューターゲームは立派な世界産業に成長し、各国の優れた起業家や優良企業が鎬を削る最も競争の激しいビジネスとなっている。昨年、香川県で条例が成立し、裁判が起こるほどの騒動となったが、これも昭和の時代なら問題視はされなかっただろう。
しかし、時代は変わった。ゲーム産業がなければ、SONYは現在の事業規模と国際的なブランドを維持することは難しかっただろう。ゲーム事業は、SONYの売り上げの3割を占め、今なお成長している。任天堂は、日本企業の時価総額ランク15位だ。バブル景気の絶頂期だった1989年の日本企業の時価総額ランク15位は、松下電器産業である。サイバーエージェントやバンダイナムコゲームス、スクエアエニックス等、今や日本を代表する優良企業としてゲーム事業を手掛けているのは珍しくない。
そして、政府のクールジャパン事業も民間企業の取り組みを後押ししている状況だ。東京五輪の開会式も、ふんだんにゲーム音楽が使用され、日本は「漫画とゲームの国」というイメージを世界に発信した。
ゲーム産業でもガラパゴスな日本市場
東京五輪でも打ち出された「漫画とゲームの国」という日本のイメージは、ビジネスでも同様の存在感を発揮しているのだろうか?
この問いに対して、部分的には肯定できるが、部分的には否定される。なぜならば、ゲーム産業でも日本市場と海外市場との間に隔絶があるためだ。言い換えると、日本市場向けのゲームだと世界で戦うことが難しい。ゲーム会社の売り上げランキングをみると端的だ。
2021年版のゲーム会社の売上ランキングを見ると、上位10社は以下のようになっている。
1位 SONY(日本)
2位 Tencent(中国)
3位 任天堂(日本)
4位 Microsoft(米国)
5位 Activision Blizzard(米国)
6位 Electronic Arts(米国)
7位 Epic Games(米国)
8位 Take-Two Interactive(米国)
9位 セガサミー(日本)
10位 バンダイナムコ(日本)
全10位中4社を日本企業が占め、5社が米国企業、1社が中国企業である。一見すると1位と3位をSONYと任天堂が位置しており、日本勢の奮闘をうかがい知ることができる。しかし、SONY、任天堂、Microsoftはコンシューマーゲーム機の売り上げが含まれていることに注意が必要だ。ソフトウェアの売上で2位に食い込んでいる Tencent のコンテンツ力の強さが際立っている。
また、同サイトでは各社の2020年で最も収益をあげたコンテンツも紹介されているが、セガサミーでは 『Total War Saga: Troy』 の名前が挙がっている。同タイトルは、セガの子会社である Creative Assembly 社(英国)を代表する "Total War Sagaシリーズ" の新作のPCゲームであり、日本語版はない。つまり、英国製のゲームで日本市場向けには販売していないタイトルが昨年度のセガサミーを最もけん引している。もちろん、セガサミーは開発会社としても実力のある企業だ。女神転生シリーズや龍が如くシリーズなど、昨年度もヒット作を生み出している。しかし、日本市場を主なターゲットとしたタイトルよりも、日本市場を見ずに世界市場を対象にしたタイトルのほうが収益性の面で評価が高いのだ。日本市場と世界市場で使い分けて第9位のポジションを維持している同社の戦略は巧みと評価できるだろう。
尚、バンダイナムコで最も収益の多かったタイトルは『ドラゴンボール』関連である。『ドラゴンボール』をはじめとした週刊少年ジャンプ(集英社)の人気漫画と『ガンダム』という世界的に根強い人気を誇るアニメの知的財産権が協力だ。
コンシューマーゲーム機の市場では、ソフトウェアの面では日本企業の多くが中国と米国企業の開発力に対して苦しい戦局に立たされていることに間違いないだろう。それでは、スマートフォン向けゲームではどうだろうか?
5年前の2016年の時点では、世界1位のタイトルはミクシイの『モンスターストライク』が入り、トップ10に日本企業のタイトルが3つだった。また、世界3位は米国企業のナイアンテックでカウントされているが、任天堂と共同開発した『ポケモンGO』がランクに入っていた。第2位のフィンランドのスーパーセルも2016年の7月まではソフトバンクグループの完全子会社であった。(7月以降は、中国のテンセントの子会社)そのため、実質全10位のうち約半数のポジションを日本勢が占めていた。
しかし、2021年上半期の売上ランキングをみると、日本勢は第9位にサイバーエージェントの『ウマ娘プリティダービー』があるのみであり、日本企業関連コンテンツとしては第6位の『ポケモンGO』が5年前から踏ん張っている状況だ。反対に、中国勢と日米以外の国に勢いがある。全10位のうち4つのタイトルが中国企業であり、第5位にイスラエル、第10位にアイルランドの企業のタイトルがランクに入っている。
コンシューマーゲームもスマホゲームも日本企業の開発力が低いわけではない。ただ、日本市場向けのビジネスモデルに特化する傾向にあり、世界市場では米国や中国企業に伍することができていない。コンテンツ開発の内向き志向が、ビジネスをスケールさせるときの脆弱性となって出ている。
ゲーム産業の「スタートアップ = eスポーツ」か?
世界向けのゲーム開発というと、ここ数年、よく耳にするのがeスポーツ関連だ。これまでゲーム産業とは縁のなかった企業も参入するようになり、一種のブームと言えるだろう。先日も、NTT東日本がeスポーツリーグの新設に参入することを公表した。これまで日本では注目されてこなかった eスポーツが注目を集めること自体は悪いことではない。しかし、それがゲーム産業のスタートアップの姿かというと必ずしもそうとは言えないようだ。
盛り上がりを見せるゲーム産業だけあって、時価総額1000億円の評価額を超えるユニコーン企業も増えている。ユニコーン企業のリストを公開している CBインサイツを見てみると、数多くのゲーム関連企業を見つけることができる。
例えば、ゲーム系ユニコーン企業として古くから知られるのは、ゲーム開発環境を提供するUnity、子供でもゲーム開発をして公開できるRoblox、ゲーマー向けコミュニケーションツールのDiscordが挙げられる。Discord以外の2社は既に上場しているために現時点ではユニコーン企業ではない。そのほかの有名な企業だと、AR技術と位置情報テクノロジーをゲーム開発に応用することを得意とする米国のNiantic(『ポケモンGO』の開発会社)、ソーシャルプラットフォーム向けにアプリのダウンロードが不要なゲームを開発するソフトバンクが出資するPlaycoが知られる。尚、Playcoは日本企業ということになっているが、共同創業者2名も創業地も米国である。
これらの企業群の特徴は、ゲーム開発よりも、開発環境の提供やゲームをより楽しむためにツールの開発、新しいテクノロジーのゲーム開発への応用を事業の中核に据えている。そのため、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のようなコンテンツ開発に注力しているわけではない。また、eスポーツともほとんど関係がない。
ゲーム系のユニコーン企業がゲーム開発に消極的な事業ばかりかというとそういうわけでもない。米国の1047 Gamesは、オンライン対戦型シューティングゲーム『Splitgate』を開発している。トルコのDream Gamesは、スマートフォン向けパズルゲームの『Royal Match』を提供している。インドのMobile Premier Leagueは、スポーツを題材としたゲーム開発をしている。これらのゲーム開発を行っている3社は、eスポーツを意識したゲーム開発をしている。『Splitgate』は新しいeスポーツの世界的タイトルとなる野心を燃やし、Mobile Premier Leagueはインドでeスポーツのプラットフォームを提供する。『Royal Match』は競技性は薄いものの、チームプレイを意識していると開発元のDream Gamesは述べている。
ゲーム開発と周辺ツール提供の双方を行ってユニコーン企業は、人気ゲーム『Fortnite』を提供するEpic Gamesだ。Epic Gamesはゲーム開発だけではなく、PCゲームのダウンロード販売プラットフォームも提供する。先述したセガサミーの『Total War Saga: Troy』は、Epic Gamesのプラットフォームで提供されている。『Fortnite』も、eスポーツの人気タイトルだ。
しかし、これらユニコーン企業の提供するゲームタイトルの特徴と、日本国内で推進されているゲームタイトルには大きな違いがある。日本eスポーツ連合が認定しているタイトルの多くが、1人で遊ぶゲームが多い(格闘ゲームやパズルなど)に対して、ユニコーン企業が取り扱うeスポーツのタイトルは「チーム」が重要な単位だ。つまり、世界市場ではオンラインでの協力プレイが重要な要素になる。
ゲーム産業のスタートアップは世界を狙うポテンシャルを秘めている
これまで、ゲーム産業における日本の厳しいポジションについて述べてきたが、それでは悲観すべきかというとそうでもない。やはり、SONYや任天堂のような強力なプラットフォーマーを持っていることは強みであるし、セガサミーやバンダイナムコのように世界市場で成果を上げている企業の存在は大きい。そして、変化のスピードが激しいからこそ、スタートアップが挑戦して成功を掴む余地も大きい。
ゲーム産業のユニコーン企業をみると、スタートアップが目指すべき2つの方向性があるだろう。1つは、ゲーム開発ではなく、周辺の新技術やツールの開発でゲーム産業の活性化をサポートする事業だ。もう1つが、ゲーム開発で世界のeスポーツ市場をターゲットにすることだ。そして、2つに共通することは、オンラインでの協力プレイとチーム戦を前提とすることだ。
こういった特徴に注目している日本国内のスタートアップの動きもある。eスポーツの大会の企画・運営の難しさに注目した株式会社RATELは、大会運営ツールの作成及び運用などeスポーツ大会開催から運営までを一気通貫して手がける。
2021年10月には、株式会社CLITCHが、オンラインゲームを共に遊ぶ仲間探しの不便さに着目し、マッチングプラットフォームのオープンβを開始している。特に、世界のゲーム市場はオンラインでの協力プレイとチーム戦をより重視する傾向にあり、今後もその傾向は強まるとみられる。それに対して、一緒に遊ぶ仲間のケアは、どのゲーム会社も十分に行き届いているとはいえない。
同社は、オープンβを開設したばかりで知名度も利用者も少ないが、プレシリーズAの資金調達で一気に市場へ訴求することを目指している最中だ。創業メンバーには外国人のメンバーもいて国際色豊かであり、世界市場も視野に入れている。
オンラインでの協力プレイとチーム戦は、ゲーム会社にとって諸刃の剣である。気の合う仲間との協力プレイはユーザー体験をより豊かにし、反面、人間関係のミスマッチがゲーム体験を最悪なものにする。一緒に遊ぶ人の不確実性が天国と地獄に分ける。オンラインゲームを題材とした人気インフルエンサー METOROさんのTwitter漫画をみると、協力プレイの天国と地獄がよくわかる。
日本は「アニメとゲームの国」という、これまで築き上げてきた固定概念から、なかなかグローバルビジネスとしての成長ができていないように思われる。しかし、ゲーム産業のポテンシャルは大きく、まだ世界の日本の地位を奪還できる余地はかなりある。古い固定概念に捉われず、世界市場で戦うことを志向する若いスタートアップの存在が、「アニメとゲームの国」の日本の将来を明るくするだろう。