人工知能は政治家になることができるか
デンマークで、人口知能(AI)に政策立案させる「人工党」という政党が結成されたというニュースが話題になっていました。AFPの記事によると、過去半世紀の小政党の全刊行物をAIで分析し、「『庶民の政治理念』を代表すると思われる政策を立案する」とあります。
興味深い試みですが、このようなかたちでAIに政治を任せるのはいくつかのハードルがあると思います。
「市民」「庶民」の欲望をデータ化すれば良い社会になれるのか?
まず第一に、人工党が掲げる「庶民の政治理念」がほんとうに社会にとって適切なのかどうか。日本でもマスコミが「市民」や「庶民」を絶対視してしまう問題は以前から指摘されています。そもそもこうした「市民」「庶民」は現実の存在ではなく、ある種の幻想にすぎません。
現実の市民や庶民の欲望を政治にダイレクトに反映させようとしたら、「税金はゼロに」「社会保障費最大化」「あらゆる教育は無償」とか、逆に「怠けてる貧困層への社会保障は不要」といった厳罰的な政策さえ出てくる可能性だってありえます。
このような「市民」「庶民」の短絡的、脊髄反射的な欲望ではなく、長期的な視野をもち長い目で見れば社会に良い政策を採用するには、「市民」「庶民」とは別の視点を持ち込む必要があります。
政治はつねにトロッコ問題を抱えている
第二に、政治にはつねに「トロッコ問題」がつきまとうということです。トロッコ問題は有名な命題なのでここではあらためて説明はしませんが、以下の記事がわかりやすいでしょう。
社会のあらゆる問題には、ただひとつの正解はなく、「こちらを立てればあちらが立たず」というトロッコ問題が生じてしまいます。現在のエネルギー危機とウクライナ侵攻はその典型的なケースです。
地球温暖化問題が緊急の課題とされるようになって、どこの国でも脱炭素政策を進めてきました。石油や石炭などの火力発電を減らし、太陽光や風力などの再生可能エネルギーに重点を置いてきたのです。
また2011年の福島原発事故で、脱原発政策もドイツや日本で推進されてきました。ところが今年になってロシアのウクライナ侵攻により、西側諸国はロシアを経済制裁しています。この結果、石油や天然ガスの供給がたいへん厳しくなっています。
「脱炭素、脱原発、ロシアへの制裁」は同時に成立しない
三つの政策目標があります。脱炭素、脱原発、ロシアへの制裁。この三つは同時には成立しません。脱炭素を進めればエネルギーが足りなくなり、ロシアからエネルギーを輸入するか、もしくは原発再稼働するしかありません。ロシアへの制裁を続行すればやはりエネルギーが足りなくなり、それでも脱炭素を進めるのなら原発を再稼働するしかありません。原発を再稼働すれば脱炭素とロシアへの制裁の双方を進めることができますが、しかし原発への人びとの不安が生じてしまいます。
だからこの三つの目標は、ジレンマどころかトリレンマなのです。すべてを同時に選べないのであれば、どれかの目標を犠牲にする必要があります。まさに「こちらを立てればあちらが立たず」。
AIは目標の決まっている目標については、より良い道筋や解決策を示すことができます。しかし「どの目標を選ぶのか」という選択をすることはできません。その選択の決断を苦渋のもとにおこなうのは、これからテクノロジーがさらに進化しようと、どこまでも人間の政治家の仕事なのではないでしょうか。
AIは政治にとって有意義なサポート役にはなるでしょう。しかしAIが政治家そのものの役割を代替するのは、少なくとも現在の機械学習のアプローチのままでは現実的ではないとわたしは結論づけています。
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