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日銀の「次の一手」を考察する~何が出来て、出来ないのか~

ドル主導の流れは基本的に覆せない
コロナショックを契機に発生している苛烈な円高・株安を受けて、市場では日銀の「次の一手」に関する期待が高まっています。筆者においても実際に照会が非常に増えています。今回のコロナショックに対しては、企業への資金繰り支援を筆頭に政府対応へ期待を寄せるのが筋だと思います。しかし、FRBが▲50bpsの緊急利下げに踏み切り、これに伴ってドル全面安が進んだせいで、これに応戦する格好での緩和措置が日銀に求めとめられる状況になってしまっています。


結論から言えば、どのような手を出そうと、日銀主導でドル安の流れを覆すことは不可能です。これは2009~11年の超円高局面を経験した市場参加者ならばよく分かるでしょう。当の日銀自身も認識していると思います。昨夏以降の度重なる緩和催促をフォワードガイダンスの修正という先送り戦術で乗り切ったことがその証左です。「時間稼ぎ」で済むならば、極力目立ちたくないというのが日銀の本音であり、それがイールドカーブコントロール(YCC)の狙いでもあり、過去3年半、その目論見は実際に成功してきました。とはいえ、成功してきたのはあくまで米経済が堅調だったからです。米経済が堅調だったからこそFRBは強気を維持できましたし、ドル相場も高止まりしていました。

白川前体制を巡る誤解
2009~11年の円高局面について白川・元日銀総裁の無策ぶりに原因を求めようとする向きは未だにあります。しかし、変動為替相場制度では基軸通貨ドルの方向感が絶対的な影響力を持つのです。2013年4月の黒田体制発足後、大幅な円安・ドル高が実現したのはFRBの正常化プロセス着手と欧州債務危機の収束という2つの追い風が重なったことが相当大きいという事実があります。ドル高という方向感を基軸通貨が決めてくれたからこそ円安が叶ったという事実を忘れてはなりません。裏を返せば、FRBが緩和に尽くし、欧州債務危機に見舞われていたからこそ、累次の追加緩和にも拘わらず白川前体制は円高に苦しんだのです。もちろん、両体制に関し「市場との対話」の巧拙に係る差異があったのは確かです。学者然とした白川前総裁のコミュニケーションに不満を覚える向きは確かに少なくありませんでした。ですが、それは二次的な要因に過ぎないでしょう。重要なことは「米国(=FRB=ドル)がどちらを向いているか」です。海外(欧米)の経済・金融環境に目を向けず、日銀の政策運営と円相場の動きだけを抜き出して語るのは本質的ではありません。

筆者は常々「元々ドル相場は高過ぎるし、その期間も長過ぎる」と考えてきました。2014年6月以降、足掛け6年にわたるドル高はあまりにも長過ぎです。しかも、そうしたドル相場を横目に米金利は急落してきました。この「ねじれ」が長らく放置されてきたのです。コロナショックはこの歪みを修正する契機になったのだと筆者は考えます


「次の一手」は失望という名の難癖を買うだけ
 以上のような為替市場の実情について、日銀を含めた多くの市場参加者は認識しているでしょう。しかし、それでも日銀が現状維持を決め込めば、ほぼ間違いなく円高は進むはずです。ドル安の潮流を逆転させるのは無理でも、現状を悪化させないための一手を市場は要求するものです。ですが、筆者は高確率で日銀の「次の一手」は市場から難癖に近い失望を買い、下手をすれば円高を招きかねないと考えています。2009~11年はその繰り返しだった。とはいえ、現状維持はあり得ないでしょうから、考えうるメニューについて論点整理の上、身構えておく必要があります。

マイナス金利深掘りは論外
 第一に、最も照会を受けるのはマイナス金利の深掘り可否です。「利下げには利下げを」という発想は自然ですが、もはやこれが相当難しい選択肢であることは周知の通りです。既に地方銀行を中心として金融機関の経営環境は未曾有の苦境にあります。そうした中、当面の政府・日銀は民間銀行部門と一体となって、コロナショックで傷んでいる企業部門の資金繰りを支えていかねばなりません。一致協力しようとしている仲間を背中から刺すような真似をするとはとても思えません。愚策の1つだと思います


何より「利下げには利下げを」という戦術が万が一奏功するとしても、それは相手と同じくらい利下げカードを持っている場合の話です。本稿執筆時点でFRBはまだ5回分の利下げカード(1回を25bpsとする)を持っています。同程度の利下げは日銀も、そしてECBも不可能でしょう。対抗策を講じるのであれば、最初から利下げ以外の手段を選択しておくべきだと思います。

最右翼はETF購入枠拡大
第二に、ETF(上場投資信託)の購入枠拡大を予想する声も多く、既に観測報道も出ております。現実的にはこれが「次の一手」の最右翼でしょう。購入枠に関しては、2016年7月に従前の約3兆円から約6兆円に拡大された経緯に鑑み、約9兆円に拡大されるのではないかとの期待は根強くあります。厳密には2018年7月会合で副作用の抑制を念頭に年間約6兆円の購入枠が「市場の状況に応じて上下に変動しうる」と柔軟化されているので、この範囲内である程度の上振れを許容することができます。現在、年初からの約2か月半で約1.3兆円の購入をしており、現時点で残枠を心配するような状況ではありません。
しかし、柔軟化文言が入っているのだから、使わない「見せ金」であっても購入枠を拡げて安心感を醸成するというのは悪い手ではありません。現状、株安と円高が安定した関係を持って進行していることを踏まえれば、まずは株式市場にアプローチすることが円高抑止にはなります。利下げのような効果の波及経路が怪しい政策と異なり、株を直接購入するのだから一定程度の成果は必ず期待できます。

日銀債務超過を気にすべきなのか?
なお、日銀保有株式の損益分岐点は日経平均株価指数において19000~19500円という指摘が目立ちます。まさに現状は損益分岐点付近です。この点、「中銀のバランスシート健全性」と「通貨の信認」を結び付けてETF購入策への不安を口にする向きもしばしば目にします。しかし、これは不適切です。両者にそれほど強い因果関係はありません。かつて自国通貨高を押さえ込もうとしたスイス国立銀行(SNB)が無制限ユーロ買い・スイスフラン売り介入に失敗し、債務超過に陥ったことがありました。自国通貨高ゆえに債務超過に陥ったわけです。「中銀のバランスシート健全性」と「通貨の信認」に因果関係がないことの好例でしょう。もちろん、債務超過にならないことに越したことはありません。ただ、それを理由にやるべき政策を諦めることもやや筋違いの話です(中銀が株を買うという行為が正しいかどうかはまた別の話ですが・・・)。

どこまで付き合うべきか?
もっとも、現在直面している資産価格の下落が疫病に起因していることを思えば、「どこまで付き合うのか」という問題意識は持った方が良いかもしれません。金融緩和でウィルスを殺せない以上、付き合うだけ無駄という考え方も一理あります。とりわけ日銀は手札が少ないのだから尚更です。昨年11月に発表された2019年4~9月期の決算では東証一部の時価総額の5.3%が日銀保有分と判明しました。今更感があることを承知で言えば、価格調整機能の低下や流動性低下に伴う価格変動リスクの上昇、株主構成の歪みを通じた資本市場の毀損などは引き続き懸念される論点でしょう。なにより国債のように自然減が期待できないだけに、「出口がない」ことへの不安は増すばかりという話になります。付き合うだけ無駄な問題にどこまでリスクを取るべきかという問題意識に照らせば、ETF購入枠拡大への反論は一理あります。

疫病対策オペは可能性大
第三に、東日本大震災や熊本地震を受けて「被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション(復興オペ)」が実施された経験を踏まえれば、今回の疫病に対しても類似の枠組みが検討される余地はあります。既に政府の経済対策の中でも想定されているように、企業部門に対する資金繰り支援こそが現在最も求められる政策であるのは間違いありません。既に、飲食・宿泊業を中心として壊滅的な損害が報じられ、早くも破綻やリストラに追い込まれた企業も現れています。まずは資金繰り支援でしょう。ゆえに、繰り返しになりますが、この状況でマイナス金利の深掘りに踏み込むのは政策間の整合性が取れない誤った政策運営と考えられます。

GPIFとの共同戦線を演出も?
やや毛色の違う視点も気にしたいところです。3月中にも公的年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がポートフォリオの見直しを明らかにすることになっています。2014年10月31日、黒田体制下での初めての追加緩和(通称ハロウィン緩和)はGPIFのポートフォリオ見直しと同日に発表されました。これが「偶然の産物」だったのかどうかはここでは問いません。しかし、事実として日銀が国債購入額の引き上げを決断した同日にGPIFが国債購入割合の大幅削減(と国内外株式や外債割合の拡大)を発表したことは市場参加者の記憶に鮮烈に残っている出来事でしょう。思い返せば、あの時も、原油価格の急落が話題となり、消費増税の副作用が物価情勢に与える影響も追加緩和の理由として持ち出されていました。奇しくも同様の条件が今回も用意されており、しかも今は疫病の蔓延という世界的な問題も重なっています。少なくとも同日に発表するなどして日銀とGPIFが歩調を合わせた上で共同戦線を演出し、円高のけん制を試みる可能性はあるでしょう。

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