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提言③:後編 家を支える大黒柱の「大企業」、家を守り幸福度を高める「中小企業」

2006年4月、大学を卒業したばかりの私は静岡県浜松市にいた。入社前日に渋谷マルイで買ったばかりの真新しいスーツに身を包み、20代の私は社会人として新たなスタートを切る期待と不安とともに、浜松での生活に引っかかるものを感じていた。

「あれ?浜松って、思ったより元気ない?」

当時は、浜松初の百貨店として1937年に開業した松菱百貨店が2001年に経営破綻し、2006年9月に完全に破産廃止される直前の時期だった。浜松に来たばかりの若者の目には、駅前一等地にある巨大な廃墟と化した百貨店の存在は、街としての活気を奪っているように映った。そして、スズキが今の市長はダメだと言って、鈴木現市長の擁立を全社的に後押ししていた時期でもある。

大分県別府市から続いて、2つ目の地方都市となった浜松は「政令指定都市なのに、別府のほうが元気があるんじゃないか?」というのが、当時の感想だった。


大企業は地方都市の大黒柱

鈴木修会長の講話の中で、ひときわ印象に残っている言葉がある。「銀行からスズキに来た時、それまでツケで飲んでいた店でツケを断られた。ヤマハだったらツケできたのにね。と言われたのが悔しくて、それならヤマハより大きな会社にしてやると誓った」というのを覚えている。今や、スズキの売り上げは3兆9千億円にまで伸び、世界10位の販売数を誇る。

浜松市や北九州市のように世界規模の製造業が本社を置く都市の繁華街は「棒を投げれば、社員に当たる」と言われるほど、地元経済を回す立役者だ。浜松市の繁華街はスズキやヤマハの社員があふれ、小倉の夜はTOTOの社員や関係者で賑わいを見せる。地方都市における大企業が地元経済に及ぼす影響力は大きい。

地方財政の健全化に対しても、大企業が果たす役割は大きい。浜松市は20ある政令指定都市の中で、最も健全な財政状況を持つ都市だ。地方自治体の借入金(地方債)など現在抱えている負債の大きさを、その自治体の財政規模に対する割合で表した将来負担比率がマイナスを示しているのは、政令指定都市の中で浜松市のみだ。

このように、地方都市における大企業は都市の財政を健全化させ、雇用を生み、都市の持続可能な発展の原動力となる。家族に例えるなら、大企業は家計を支える一家の大黒柱だ。しっかりと家の外で働き、稼いでくれないと家計は火の車となる。反対に、大黒柱の稼ぎが良いと、家族の生活の質は向上する。


中小企業が都市という家を守る

都市を家族に例えるならば、そこで生活を営む市民は子供だ。一家の大黒柱が稼いできた金額が、子供の生活の質に直結する。しかし、子供の幸せには、世帯年収よりも家庭内の暖かさや心の豊かさが重要だ。街の暖かさや心の豊かさを生み出すのが、中小企業の役割と言えるだろう。

例えば、持ち家を持とうと思ったとき、大手住宅メーカーではなく地元の工務店では地方の良さを活かした自分だけの家を建てることができる。日本広しとはいえ、自宅用温泉のノウハウを持った工務店は大分県別府市くらいにしかいないだろう。また、新鮮な地の名産を楽しむことのできる料理店や地元スーパー。歴史と伝統を感じさせる地元のお祭りの担い手は、地場の中小企業や個人商店だ。日常生活の中で幸せを感じ、街を好きだと感じさせてくれるものは、こういった地元に根差した商売人の努力から生まれてくる。

シューマッハーの経済学書ではないが、英語でも "Small is beautiful (小さきことは素晴らしい)"という言葉がある。日常の中で美しさや素晴らしさを感じるのは、身近な小さいことであり、地元の中小企業の元気の良さだ。


中小企業に外から稼ぐことを強いる違和感

インバウンド観光が代表的な取り組みだが、地方行政の取り組みやファンドの動きをみていると違和感を覚えることが多い。というのも、中小企業が外から稼ぐことを強制するような施策が多い。その結果、地元住民の幸福度を下げ、都市の魅力を減じてしまっている。インバウンド需要の行き過ぎで、パンク状態にある京都が良い事例だろう。このままでは、近い将来、観光客の満足度の低下と観光地の環境及び文化財破壊が問題となろう。このような現象は "Over Tourism(オーバーツーリズム)"と呼ばれる。欧州では至る所で観られ、特にローマでは危機的な状況だ。


中小企業の延長線上に大企業はない

反対に、大企業化を目指そうとする若者に対しては、「堅実に行け」と小さく事業を始めさせようとする大人が多い。その時、"Small start (小さく始めろ)"という言葉が良く引用される。しかし、"Small start" の本来的な意味は「大きな夢(Vision)を叶えるために、はじめの一歩を小さいところから始めて、スピードを重視しろ」であり、「大きな夢を語っていないで、まずは堅実な小さいことからコツコツやれ」というスピード感のないことではない。

時間をかけてコツコツと積み重ねることが成功を生むというのは幻想だ。そのことは、アルバート=ラズロ・バラバシの研究チームが科学的に明らかにしている。成功とは、猛スピードで訪れ、その成長曲線は量子的飛躍を見せる。そのため、"Small start"をするときには、スピードと成功の延長線上に夢(Vision)を達成するというストーリーが不可欠だ。

米国のイノベーション・アドバイザーであるチュンカ・ムイ氏によるForbes誌への寄稿文でも、この考え方はサポートされている。チュンカ・ムイ氏は、イノベーションのためには "Think big, start small, and learn fast(大きく考え、小さく始め、早く学ぶ)"ことが重要であると述べている。この3要素は切り離して考えるべきではなく、一連の流れ(サイクル)として捉えることが肝要だ。

残念ながら、下記リンク先の日本版だと、最も重要なイラスト(サムネイルの画像)が抜けている。そのため、イラストを見るだけでもかまわないので、英語版を是非参照していただきたい。


大企業と中小企業がそれぞれの役割を果たし、地方を活性化する

地方都市において、大企業だけが重要ではなく、中小企業も同じように重要な存在だ。双方が揃わなければ、地方の活性化はないだろう。しかし、現実には短期的な成果を見込みやすい、手を付けやすいところから場当たり的に行われることが多い。そして、その都市がどうなりたいのか、将来の夢やビジョンを誰も語らない。

地方を活性化させるためには、まずは自分たちの都市を自己定義し、存在目的を明らかにするビジョンを語るところから始めなくてはならない。そうではなければ、いつまでたっても資源を無駄に浪費するばかりだ。地方には、下手な鉄砲を数打っている資源の余裕はない。

次に、地方都市を牽引する大企業を新たに生み出し、地場産業をアップデートすることが求められる。新しい時代の担い手は、既存企業のアップグレードからは生まれない。今ある地場産業に疑問を持ち、まったく新しい価値を付与し、市場を創造する新たなけん引役が求められる。

最後に、大企業と中小企業はその役割を違えてはいけない。都市の外から資金を得て、豊かさをもたらすのは大企業の役割だ。そして、中小企業は「小さきことの美しさ」を追求し、都市の幸福度を高めるのが役割と言える。都市の外から稼いでくる中小企業の存在を否定しないが、それはNPO的であって、都市の豊かさを作り上げるのは大企業の仕事だ。

ふるさとの風景は、感情論や地元愛では守ることはできない。それは緩やかに死へと向かう行為であって、手術を嫌って、鎮痛剤で気を紛らわせている癌患者と近しい行為だ。ふるさとの風景を守り、地方を活性化させるためには外科手術が必要だ。そのための変化に対して、産学官が一丸とならなければ、変化が生む痛みには耐えきれない。

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