ゲームを人材育成に生かす研修設計とは
相性が良いようで悪い人材育成とゲーム
1983年7月に任天堂からファミリーコンピューターが発売されてから40年が経ち、テレビゲームに対する社会的な評価も大きく変わってきた。一昔前は「ゲームばかりしているとダメになる」と言われたが、今やテレビゲームは世界的な一大産業に成長し、eスポーツとしてプロ選手も増えている。ゲーム実況者という、新たなエンタメもYoutubeのような動画配信サービスの登場によって生まれた。
一方で、40年前からゲーム会社が挑戦し続けながら、なかなか効果が上がらないビジネスもある。それが教育と人材育成との接続だ。ファミコンが登場した当初から「ゲームをしながら勉強ができると良いのではないか」という発想で多くのゲームが作られている。例えば、1983年11月には任天堂が『ポパイの英語遊び』という英単語を覚えるゲームを発売している。同様に、『ドンキーコングJr.の算数遊び』も翌月の12月に発売されている。
この流れは40年間継続してあり、現在のMy Nintendo Storeにある「学習・教育」ゲームのタイトルは176件だ。人気順に並べると『わかる!学べる!小学校教科書テストー6年間を総復習!基礎が身につく学習勉強対戦クイズー』『やわらかあたま塾 いっしょにあたまのストレッチ』というタイトルが上位に来る。
ゲームや遊びが教育や人材育成に良い効果をもたらすことは「学習のゲーミフィケーション(Gamification of Learning)」として熱心に研究されている。例えば、ゲームとすることで学習者の内発的動機を引き出しやすくなる。困難な課題にも諦めにくくなるなどの効果が期待されている。
また、ゲームを日常的に遊ぶ人はそうではない人と比べて意思決定のスピードが速い傾向にあるという研究結果も報告されている。
だが、ビジネスとして教育や人材育成向けのゲームが成功しているかというとなかなか難しい。
「不合理に合理」ではなく「合理に不合理」を取り入れる
行動経済学や心理学の動機付けに関する研究から、内発的動機は「不合理」の世界に「合理性」の世界を取り入れると好意的な感情が損なわれることがわかっている。例えば、趣味として取り組んでいた時には時間を忘れるほど没頭としたことが、仕事として依頼を受けた瞬間にやる気がなくなる。また、人間関係でも友人や恋人、家族のような「不合理」な関係性に対しても経済性などの「合理」の世界を持ち込むと好意的な感情が著しく減退する。仲良しグループでビジネスを始めると人間関係が壊れるのはよく聞く話だ。
ゲームは「不合理」な活動だ。ゲームで遊んでいる時間で何かしらの生産物が作られるわけでもなく、学校の成績や仕事の評価が上がるわけではない。その時間を勉学や自己研鑽に費やしたほうが「合理性」がある。しかし、人間の感情は「不合理」なゲームに惹きつけられてしまう。
そのため、ゲームに教育や人材育成という「合理性」を目的としたコンテンツを取り入れてしまうと見向きもされなくなってしまう。
一方で、「合理性」に「不合理」を取り入れると一気に受け入れられやすくなる。教育や人材育成といった「合理性」のあるコンテンツを基として、ゲームや遊びといった「不合理」を取り入れるのだ。
最近では、『Minecraft』や『Kerbal Space Program』が教育機関向けのパッケージを提供している。論理的思考や創造性、チームワークを育むためのツールとしてゲームを活用する。
ビジネスでの研修でもゲームは高いポテンシャルを持つ。日本国内でテレビゲームを活用している事例はほとんどないが、アナログのボードゲームは事例も多い。
ゲームの利点は「稀少な状況を簡易に反復練習」できること
私自身も、企業研修や大学教育でアナログとデジタル両方のゲームを度々活用する。アナログ・ゲームは自分でも研修ゲームを自作する。
ゲームの利点は、受講生のポジティブな受講態度を引き出し、思考力を訓練できるだけではない。日常業務ではなかなか体験できない稀少な状況や、再現するにはコストがかかる状況を反復練習できるところに優位性を感じる。
例えば、プロジェクトマネジメントを教える授業では Minecraft を活用している。デジタル上で共同で建築物を構築する体験は非常に複雑な意思決定とマネジメントが必要となり、受講生は短期間かつ低コストで疑似的にプロジェクトの立ち上げからクロージングまで体験することが可能になる。
ただ、研修にゲームを取り入れるときに「理論なし」に運用することはお勧めしない。「理論なし」にゲームを持ち込むと、ただの遊びで終わることが多い。
例えば、教育心理学でよく扱われるテーマである「創造的問題解決思考(CPS: Creative Problem Solving)」では、理論を教えたうえでワークを行ったグループとワークのみを行ったグループでの教育効果の比較研究が行われている。それらの研究成果では、まずは理論について学び、新しいやり方を理解したうえでワークをしないと狙い通りの学習効果を得ることが難しいことが示されている。
ゲームは教育や人材育成で大きなポテンシャルを秘めている。しかし、ゲームはあくまで新たな学習ツールでしかない。しかし、新しい学習ツールとして考えたときに、教育や人材育成の常識を覆す可能性がある。そして、その兆しは既にある。外国語学習アプリの Duolingo は言語学習にうまくゲームの要素を取り入れて新しい学習体験を提供している。
勉強や訓練はつまらなく辛いものというのがこれまでの常識だ。しかし、ゲームをうまく使うことで、勉強や訓練は楽しいものだという世界が将来は来るかもしれない。特に、XRやAIといった先端テクノロジーは新しい世界の到来を感じさせる。近い将来の常識の大転換に、人材育成に携わる人々は備える必要がある。
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