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「賃金の硬直性打破」には「総論賛成・各論反対」な人が多いのではないか

物価上昇、人手不足の関係もあり「賃上げ」の必要性がより一層認識されるようになったかと思われます。
国もまた税制上の措置を講じて賃上げを後押しており、実際に銀上げに積極的な企業も多く見られるところです。
他方で、やはり未だに賃上げには慎重な姿勢の企業もみられるところであり、その理由として「一度賃金を上げてしまうと、なかなか下げられないから」という点が挙げられます。
以下の記事においても、そのような主張がなされています。

経済学的に見れば「そのとおり」という内容ではありますが、少し法的観点から考えてみたいと思います。

そもそも「契約」の内容は一方的に変えられるものなのか

さて、この問題を考えるにあたって、まずは「労働契約」に限らず「契約」全般についての考え方を見てみましょう。

「契約」というのは、申込と承諾の意思表示が一致し、法的な拘束力を持つお約束ということになります。

そして、一度交わされた「契約」には拘束力があり、原則として双方の合意がない限り変更することはできないとされています。
双方が予期していないような災害等が生じた場合には変更が可能となるという「事情変更の法理」もありますが、この適用は極めて限定的です。
したがって、契約締結後に生じる事情については、基本的には当事者双方予想したうえで合意されているのだ、という考え方に立っています。

考えてみれば当然で、せっかく合意した内容がコロコロと変えられるようでは、安定的ではなくなってしまうわけです。

民法の大原則を緩和しているのが労働契約法

他方で、労働契約法では、労働条件の設定・変更は合意によることを原則としており、この点は民法のとおりです。

しかし、労働契約法は、労働者の合意がなくとも就業規則の変更によって労働条件を変更できるとし、さらに不利益な変更も許容しています。

上記の民法の基本的な考え方からすれば、労働契約法が就業規則の変更によって労働契約の内容を変更できるとしていることは、契約法全体からみるととても大きな例外を許容しているといえます。

「長期雇用保障」と「不利益変更」はセットになっている

労働契約法の不利益変更の仕組みは、労働契約法制定以前に存在していた判例法理を明文化したものであるとされています。

そして、この判例法理は、労働契約関係の集団性と長期雇用を前提とした考え方です。

つまり、長期間の雇用を保障する代わりに、例外的場合には一方的に賃金含めた労働条件を不利益にすら変更することを許容しているのです。

したがって、不利益変更法理は、長期雇用保障とセットになっています。

「賃金の硬直性打破」は賛成でもいざ自分のこととなると難しいのでは

さて、「賃金をもっと下げやすくしてほしい」という声はよく聞かれるところです。
しかし、現在の労働契約法はそもそも民法の考え方を緩和しているものです。
実はこの点の認識はかなり薄く、例えばフリーランスとの取引において「フリーランスは業務委託だから不利益にも条件変更できる」と考えている発注者がみられますが、フリーランスとの契約は業務委託(準委任、請負)なので、労働契約法の適用はなく、むしろ「合意がないと変えられない」という民法の原則ルールに帰ってきます。

何より、「賃金の硬直性打破」は、総論としては許容できても、いざ自分の身の問題となって考えてみると、賃金が不安定に変更されると(たとえ高くなることもあっても)生活設計が難しくなり、なかなか受け入れがたいのではないかと思います。

やはり、賃金の硬直性打破も、それを単体で進めても上手くいかず、日本の賃金の決め方の変化、労働市場の変化、雇用慣行の変化を見ながら考えていく必要があるでしょう。


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