データと自分の内臓感覚、どちらを信じる?〜社員に「自分の内なる声」を「聴ききる」ことをススメよう
データを使ったマーケティングは花盛りだ。これを買ったから、これも買うでしょ、と一回見たものをしつこくブラウザーに表示されて、嬉しいと思ったことはないが、企業はそれが最重要の活動だと信じてしまっているようだ。
個人情報保護でビジネスモデルもユーザーリサーチも変わる
そして次の記事にもあるとおり、Appleが先導する個人情報保護の流れは、巨大プラットフォーマーの広告に頼ったビジネスモデルに影響を与え始めた。
さらに、ユーザーのネット上での行動を収集分析しようとしてきた日本のものづくり企業のユーザーリサーチのあり方にも、大きな影響を与えている。次の記事は、個人情報保護の流れの中で、パナソニックのユーザー理解のためのネット上の行動分析の取り組みが無に帰したという話だ。
パナソニックは、各家庭の中にたくさんの商品を送り込んでいるが、くらしの中で何が起きているかを知ることはできていかった。だからこその、企業横断のクッキー戦略だったのだ。
しかし、なにかもやもやする。パナソニックは家庭でのくらし方について、もっと知るためにユーザーのECサイトでの行動履歴を収集したかったというが、違和感を感じざるを得ない。パナソニックは、ユーザーの履歴をかき集めてまでも、我々のくらしを覗き見する必要があったのだろうか?
ユーザー理解の目的は「洞察(インサイト)」を得ること
イノベーションの方法論やデザイン思考を勉強したことのある人なら、「洞察(インサイト)」の重要性について、そしてその獲得の難しさについて、よく知っているだろう。
次図のように、イノベーションには、必ず最初の段階での「観察者自身のサプライズ」が存在する。これがなければ、イノベーションは始まらない。この観察者の驚きこそが、洞察(インサイト)だ。「えーーー、こんなことやってるんだ!びっくり!!」と。そのサプライズが、その次の段階の「このユーザーがほんとうにやりたいこと(Jobs-To-Be-Done)はこれだ!」という、商品サービスのコンセプトの大元を生み出すのだ。
このようなイノベーションのための洞察(インサイト)が重要だと考えると、なぜメーカーは必死になって、ECサイト上でのユーザーの行動履歴に躍起になっているのか、疑問を感じるだろう。昔からよく言われている、「おむつの隣にビールを置くと売上が伸びる」というような発見はあるかもしれないが、ECサイト上の動きに、ほんとうのくらしのサプライズは存在しない。
社員に「自分の内なる声」を「聴ききる」ことをススメる
この違和感は、オフィスで(最近は在宅で)パソコンの前に座りっぱなしの社員が、クッキー情報からの分析結果を眺めながら、商品企画のパワーポイントを作っているような、そんな風景に対するものだ。
その代わりに、自分のくらしをもっと大切にしてみたらどうか?
私のサポートしている会社の一つが、社員に対してオープンな「サステナビリティのアイデアコンテスト」を行なっている。これは、「ビジネスに結びつく必要のないサステナビリティの取り組み」を全社員が「自分の生活者、市民としての視点で出す」ことをねらいとしたものだ。そして、コンテストで選ばれたアイデアを会社がCSR(企業の社会的責任)として実施する、と決めているところがユニークなところだ。
この会社の全社イベントで、社長と10人くらいの社員が対話する場を私がファシリテーションしたのだが、一人の若手社員は「どうしてこんなにごみが多いのかと疑問に思い、コンポストを始めました」と語り始めた。「すると、家の中のごみの行方が一つずつ気になり始め、サーキュラー経済に興味をもちました」という気づきを共有してくれた。社内でこんな話をしたことはない、と彼は付け加えた。
大切なことは、こういった社員一人ひとりが「生きているなかで感じる生活者・市民としての感覚」を研ぎ澄ませていくことではないだろうか。
データがあると、何をすべきかの客観的なエビデンスがとれて、企画会議も通りやすい。何人かのユーザーを調査会社に集めてもらい、自分たちの商品仮説に合ったエビデンスを引き出す、そんな社内説得向けリサーチも横行してきた。こういった社内説得のための活動がはびこる理由は、社員の主観を軽視し、客観データを過大評価してきたことにある。
もう一度、私たちは「自分自身の感覚」を研ぎ澄ませる必要があるのではないか。自分自身は、どんなくらしをしたいのだろうか?長時間労働のしわよせで、スマート家電で家事労働を減らし、なんとかくらしていく毎日。そんななかで私たちは、どんな人や自然、文化に囲まれて毎日を過ごしたいのだろうか。
自分の内なる声を聴いてほしい。ちょっと聴くだけでは足りない。「聴ききる」ためには、いつもの生活をスローダウンして、「内なる声を聴くための時間」を確保する必要がある。在宅勤務の間、(必要であればログインだけしておいて)パソコンから離れて、散歩をしよう、丁寧に料理をつくろう、子どもやパートナーがいれば、彼ら彼女らの声をしっかりと聴いてみよう。ランチにビールをつけて楽しんでみよう。夕方から映画やコンサートに行ってみよう。
今は、消費社会から循環社会へと、世界的に大きな転換が進もうとしている時代だ。新たな社会価値を生み出す源泉は、他人の購買行動の観察ではなく、私たち自身の内側にある。
どうか、「自分の内なる声」を聴ききって、「自分はこんなくらしを求めていたのか!」というサプライズを味わってほしい。それが社会全体の価値観を大きく変えるような、イノベーションを生み出すきっかけになるはずだから。
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