テレワークを、人間らしい働き方につなげよう
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

テレワークを、人間らしい働き方につなげよう

小林 暢子(EY Japanパートナー)

ほぼ完全なテレワークが定着して、もうすぐ2年が経とうとしている。

コンサルタントという職業柄、コロナ禍以前より、私はある程度リモート勤務が可能な環境にあったものの、まだまだオフィスや顧客訪問を中心として仕事は回っていた。ところがいまは、クライアントもほとんどの打ち合わせはリモートを所望され、自分のオフィスに行く機会さえ稀になってしまった。

毎日の通勤は過去のものになり、会議から会議へ瞬時で飛び移る。では、その結果、「生産性」—何らかの形で測るアウトプットを、かかる時間で割ったもの―が上がったのかと問われると・・・怪しい。実は、私のような現代の知識労働者、すなわちパソコンに向かう時間が多く、日々おびただしいメールを処理するような職業に就くひとの多くにとって、この2年の経験はかなり苦いものだったのではないか?

確かに、移動時間がいらなくなったことで、会議を「詰め込める」ようになった。もし、一日に何件の会議をこなせるかを「生産性」と定義するなら、確かにテレワークにより生産性が上がったと言えるだろう。しかし、実際起こったことは極端だ;立て続けなビデオ会議の合間にトイレの暇もなく、メールにチャットに複数のツールを同時並行でにらみながら眼精疲労とともに1日が終わるころには、もはや朝の会議が何だったのか思い出せもしない。

なぜこのような惨状が起こるのか?近因としては、二つ考えられる;仕事量の際限ない増加と「いつもON状態」への期待、あるいは期待されているという思い込みだ。ジョージタウン大学のCal Newportが指摘するように、実はこれらの問題点はパンデミック前も存在したものだが、抜本的な解決策がないまま置き去りにされていた。ここへきて、急なテレワークへの移行により、問題が急激に顕在化したと分析できる。

そして、さらに遠因をさかのぼれば、資本主義と技術の進化に行き当たると考える。資本主義はより良い効率を求めてMore is betterを追求する一方、ICT技術がどんどんMoreを可能にしていった。資本主義と技術の二つの掛け算は、もちろん生活を便利にする一方で、私たちの仕事ライフに途方もない影響を与えている。効率追求の最適解は、人間がコンピュータのように動くことだからだ。トイレも行かず、食事もとらず、働き続けられるのが、理想の労働者に違いない。

しかし、もちろん人間は生き物だ。機械のように働き続けられるわけがない。したがって、テレワークを「人間らしく」活用するためには、みずからをコンピュータ化しないよう、意識的な自衛が肝心だ―これが、2年間の実験を経ての私の実感だ。

自衛とは、詰め込みすぎ、働きすぎを防ぐための仕掛けで、スピードバンプ(車の速度を落とさせるため、わざと道路上を盛り上げた帯)をイメージしている。スピードバンプ自体は運転者にとって目障りなものだが、このおかげでスピードを出しすぎることがない。

実際、テレワーク以前には、会議の合間に必ず移動時間があった―場合によっては、電車やタクシーを使い場所を移るので、その間に一息ついたり、頭を切り替えたりすることができた。まさしく、知識労働者にとって意図しないスピードバンプとして機能していたわけだ。

では、テレワークの世界ではどうか?リモートならではのスピードバンプを工夫できれば、テレワークの価値を上げることができる。すなわち、散歩したりヨガをしたり、ピアノを触ったり―オフィスでは出来ないことをする時間を意図的に設けることで代替できる。もちろん、完全にシャットダウンする終了時間を意識し、休みの日を入れることも有効だ。

ただし、残る問題は、スピードバンプを導入しただけでは「仕事量の際限ない膨張」は止まらないということだ。責任感のあるひとほど、「仕事をしていない時間」を設けること会議に出られないことに罪悪感を覚えるかもしれない。競争社会で生きていれば、なおさら不安は根が深い。

個人レベルではある種の開き直りが求められるだろう。そのうえで、根本的には、会社や社会全体の働き方全体の見直しが必要となる―例えば、定期的な会議を設ける前には、アジェンダを絞り込み、開催頻度をよく吟味して最低限なものにするなどの工夫が必要だ。メールへの過度の依存も見直されなければいけないかも知れない。

最後に、私たちが「人間らしい」テレワークができたとき、「生産性」は果たして上がるのだろうか?スピードバンプを含めば、「会議したい放題」はなくなり、組織として一定の生産性は落ちざるを得ないだろう。しかし、その反面、散歩で気づきが得られ、リフレッシュした頭で考えることで新しい発想が生まれるという創造性のメリットが得られるのではないか?

そもそも、知識労働者とは、単純な生産性よりも創造性でその成果を測られるべき存在だ。何より、コンピュータではない人間にとって、体に優しい働き方にのみ持続可能性がある。創造性と持続可能性の追求こそが、人間らしい働き方ではないだろうか?


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
小林 暢子(EY Japanパートナー)
EY Japanでパートナーを勤める戦略コンサルタントです。世界の流れが大きく変わる今、「一見変わらない日本」がどう変わるのか、日本人がどう生きるかに興味があります。コンサルタントの現場感と外からの視点を大切に、幅広いトピックを扱います。