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越境ワーキングという働き方を整理してみた【日経COMEMOテーマ企画_#越境ワーキングが救う人材】

テレワークで働く場所の制約がなくなる

テレワークが注目を集めるようになって早6年、本格的に運用されるようになって1年が過ぎた。まだまだ日本企業の導入率は低水準なものの、言葉と概念は広く普及したと言えるだろう。

テレワークが浸透すると、働く場所の制約がなくなる。そのため、旅をしながら働いたり、自分の好きな都市に移住してリモートで働くというスタイルが珍しいものではなくなる。例えば、大手通信会社で勤務する大学の後輩は、テレワークが推奨されて以来、東京の住まいを引き払って実家のある大分県別府市で温泉に漬かりながら働いている。

現在はコロナ禍のために海外で働くことは難しいが、テレワークが当たり前のものになると、海外に住みながら日本で働くというスタイルも出てくるだろう。日経朝刊では、そのようなスタイルを見越して、越境ワーキングのテーマ募集をしている。引用元の記事では、配偶者の海外赴任に伴って海外移住した駐在員妻が退職せずに働き続ける事例が取り上げられている。

駐在妻のように、配偶者の転勤や異動によってキャリアを諦めることになった人は数多い。大学教員も配偶者の転勤や転職によってキャリアを諦める研究者が一定数おり、問題になっている。そのため、テレワークによって解決策の1つとなることは良いことだ。

しかし、越境ワーキングの代表ケースとして「駐在妻」のイメージが固着することは好ましいものではないだろう。越境ワーキングとして考えられるケース、救われる人々は数多くある。加えて、越境ワーキングはイノベーションや企業の付加価値を向上させることに有用な施策でもある。それでは、越境ワークとは、どのような概念を指すのかについて考察してみよう。

越境ワーキングで考えられる働き方

越境ワーキングとは、広義では国をまたいで協業する働き方すべてを指すといえよう。海外出張の経験者なら、出張時に日本国内のメンバーとオンラインや電話で会議をした経験を持つ人も多いのではないか。それも1つの越境ワーキングだ。

しかし、越境ワーキングはただ国境を越えて協業するだけで、国内での協業と同じ感覚で働いたり、マネジメントをすれば良いものではない。当然、遠隔である分、コミュニケーションや信頼関係の醸成、チームとしての一体感やビジョンの共有には工夫が必要だ。例えば、前述した海外出張時の会議でも、時差を考慮せずに会議を組んだり、海外での業務内容の報告を事細かに求めたりすると出張者の負担が大きくなり、生産性の低下やモチベーションの減退を引き起こす。現地時間午前3時にWEB会議を入れるようなことは避けるべきだ。

それでは、越境ワーキングではどのような働き方があり、どのようなマネジメントが求められるのか。整理のために2軸を用いて、4象限に区分してみた。

X軸は、主に協業する相手の所在地だ。X軸の右端では、海外を拠点とするメンバーはマイノリティで、大多数のメンバーが母国となる本社所在地に勤務する。反対に左端は、メンバー全員が様々な国に点在している。

Y軸は、越境ワーキングするメンバーの勤務形態だ。日経の記事で紹介されていたような常勤での形態もあれば、フリーランサーとして業務の一部を委託する非常勤での形態もある。

これらX軸とY軸で区分して、越境ワーキングの働き方を4象限に整理した。

越境ワーキングの四象限

第1象限:越境リモートワーカー

第1象限の「越境リモートワーカー」は、日経の記事で取り上げられていた駐在妻のテレワークや海外出張者や海外現地法人への出向者があげられる。越境リモートワーカーの原籍は本社のある本国にあり、地理的に離れたところからICTのツールを使って協業する。

代表例は、Fringe81 執行役員の尾原和啓氏だ。2015年にインドネシアのバリ島に移住し、六本木のオフィスにDouble RoboticsというiPadとロボットが合体したリモートマシンを使って出勤していた。

また、越境リモートワーカーが広まると、社会人の学び直しとして海外留学のハードルが下がる。現状では、経済的に恵まれた家庭環境がないと海外留学をして学位をとることは困難だ。そもそも、国内での大学院進学ですら、奨学金のほとんどは返済義務のある貸与式である。そのためか、日本の大学院進学者や博士号の学位取得者は減少傾向かつ先進国の中で最低水準であり、学生の海外留学者数も同様だ。日本は、高等教育と海外での教育訓練のために個人が負担しなくてはならない経済的要因が大きすぎる。尚且つ、海外に行っていた期間はキャリアの断絶として捉えられ、特に評価されるわけではない。

そこで、働きながら海外で学ぶことができる越境リモートワーカーは企業にとっても個人にとってもメリットが大きい。リクルートのような一部の企業では、リフレッシュ休暇として数か月単位で休暇をとって語学留学に行く従業員が数多くいるが、数か月の語学留学では実用レベルのスキルを身に着けることは難しい。年単位での教育訓練をリモートワークで実現できるのならば、企業は向上心溢れる将来性のある従業員を手放すことなく、より高度な専門性を有した人材の獲得が可能になる。

また、海外留学中も接点を持ち続けることができるので、海外MBA留学にありがちな帰国後の期待値のすれ違いによる離職も防ぐ効果が期待できる。

第2象限:多国籍プロジェクトチーム

第2象限の「多国籍プロジェクトチーム」は、チームメンバーが世界中に点在し、特定の拠点をもたないか重要度が低い場合だ。開発費が100億円を超えてくる欧米の大規模テレビゲーム開発では、複数のスタジオが国をまたがって協業することも珍しくない。

例えば、フランスに本社を置くユービーアイソフトグループは、20ヵ国以上に拠点を持り、従業員数も18,000人を超える。1つのスタジオに所属するクリエイターの人数も多く、カナダのモントリオールスタジオには約2,400人のスタッフが所属する。

このような大規模かつ多国籍な拠点同士が協業するために、同社はICTなどのインフラ整備に多額の投資をしているほか、時差によるコミュニケーション量の不足を補うためのツールの提供やマネジメントのルールを作っている。また、拠点同士のコミュニケーションは英語で行うが、互いの文化の違いを尊重するなど、現場レベルのマネジメント上の工夫がみられる。

同様に、多国籍プロジェクトチームのマネジメントで有名な企業は NETFLIX だ。INSEAD のエリン・メイヤ―教授の提唱するカルチャー・マップを用いて、多国籍プロジェクトにおける独自のマネジメント手法とノウハウを有する。

第3象限:複業型多国籍プロジェクト

第3象限は、「複業型多国籍プロジェクト」だ。一見すると、第2象限とよく似ているが、マネジメント上は大きな違いがある。メンバーは基本的に常勤ではなく、本業の傍ら複業や業務の一部として非常勤のような形式で参加する。そして、メンバーのほとんどが異なる国・地域で活動している状態だ。

伝統的には、大学での国際比較研究や国際ボランティア活動でみられてきた形式だ。例えば、故ロバート・ハウス教授が主導した、国や地域におけるリーダーシップの在り方を比較調査した 『GLOBE Project 』では、2020年までに160カ国地域にわたって500名以上の研究者が携わっている。そこから得られた知見と発表報告された研究成果の数は膨大なものとなっている。

GLOBE Project のような大規模な国際比較研究では、枠組みを作って主導する立場となる人物や機関はあるものの、基本的にはその枠組みに従って各国の参加者が自律的に行動する。そのため、専門家集団同士が国や地域を跨って集い、協業してプロジェクトにあたる。

複業がより浸透してくるようになると、自分の専門性を活かして本業とは異なる場でのプロジェクト参画が増えてくるだろう。特に、国際的に付加価値の高い専門性を有しているときには、複業や非常勤として多国籍プロジェクトに参加し、協業することも珍しくはない。

第4象限:海外業務委託

第4象限は、非常勤として主に本社や依頼主とのみ協業する「海外業務委託」のパターンだ。既存の働き方で居れば、ITのシステム開発やアニメの制作現場など、人件費の安い途上国に業務の一部を委託するオフショア開発はが相当する。また、カスタマーセンター業務の海外アウトソーシングや海外クラウドファンディングのように、本国で行っている業務の一部を海外に切り出す形式を出す。

基本的に、業務の一部を海外に切り出しているだけなので、協業相手は依頼主となる本国のみとなり、マネジメントやコミュニケーションの方法も本国に合わせることになる。

また、少し前からECサービスで、欧米を中心とした駐在妻や留学生がバイヤーとなってピックアップした商品を日本から購入できるサービスも根強い人気がある。代表的なサービスが 『BUYMA』 だ。

このような越境ECの個人利用も、働き方とコミュニケーションの在り方としては第4象限の「海外業務委託」にあたる。コミュニケーションやマネジメントのスタイルは顧客のいる日本に合わせ、海外在住のバイヤーは本業の片手間に収入を得ることができる。

テレワークが浸透しない日本で越境ワーキングできるか?

これまでみてきたように、越境ワーキングは現在でも一定数の人々が既に実行していることだ。そのため、まったくの目新しい働き方とは言えないかもしれない。注目を集めるとしたら、その頻度と規模が大きくなり、越境ワーキングが多くの人々にとって、働き方の選択肢の1つとして定着するかどうかだ。

しかし、現在の日本の状況を見ていると、そのような未来が来るのかは疑わしいところもある。日本企業のDXは世界と比べたときに遅れが目立つ。テレワークの導入率も3割弱しかない。加えて、運用方法も戦略的に練ることができていないため、テレワークの結果として生産性が下がったという人々が多い。レノボ等、さまざまな調査期間の結果は先進国で日本だけにみられる特異な状況だ。日本以外の国では、テレワークのほうが生産性が高まった・もしくは変化がないと答える傾向にあるのだ。

越境ワーキングの前提として必要となる、テレワークやICT技術の導入が十分ではない現状で、はたして新しい働き方の実現ができるのだろうか。

また、上記の4類型は日本よりも欧米諸国の方が確認できる事例が多い。第2象限の「多国籍プロジェクトチーム」で取り上げたユービーアイソフトグループのように、国や地域を跨ったプロジェクトが事業開発の基本となっているような企業は日本にほとんどない。日本で事例を探すなら、トヨタ自動車とBMWが共同開発したスープラが該当するものの、絶対数は少ないし、将来的に増えていくような兆しも見当たらない。

現状を踏まえると、越境ワーキングが当たり前になる未来では日本の周回遅れが加速し、ガラパゴス化が一層進むのではないかと一抹の不安を覚える。しかし、ヤフーCSOの安宅和人氏のように捉えようによっては、これは大きな伸びしろでもある。世界的には兆しがみえているものの、まだどこか大きな成功事例となっているわけではない。巻き返していくことで、世界中から人材の集まる環境整備ができる。越境ワーキングには明るい将来性も詰まっている。


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