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バイトマン独連銀総裁退場は何を意味するのか 【ドイツ、4度目の途中退場】

バイトマン退場が意味する「ドイツの孤独」
10月20日、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)はバイトマン総裁が今年12月31日付で退任することを発表しました:

2011年5月の就任後、1期8年を全うし、現在は2期目が2年半に差し掛かっていましたが、5年以上の任期を残しての退任となります。声明文ではブンデスバンク職員にあてた書簡の内容が紹介され、「10年余りという長さは、ブンデスバンクにとってだけでなく、私個人にとっても新たなページをめくるのに適切な時間という結論に達した」と記されるにとどまっています。理由はあくまで「個人的な理由」とされていますが、ECBがインフレリスクに機動的な対処ができていないことやラガルド体制下のECBが気候変動対応に傾斜し始めていることに対して抗議辞任の意味合いがあると邪推する向きは多いです。

ドイツ出身のECB政策理事会メンバーの抗議辞任と思しき動きが話題になるのはこれで4度目ですから、あながち邪推とも言えないでしょう。他の加盟国においてこれほど中銀高官が任期途中でポストを投げ出すことはありません。ブンデスバンク総裁に限れば、ウェーバー前総裁に続いて2代連続での途中辞任となり、やはり異例です。なお、過去3回のうち、2011年にはウェーバー前総裁とシュタルクECB理事が当時の国債購入プログラム(SMP:Securities Markets Programme)の再稼動を巡って相次いで途中辞任を表明しています。この際、バイトマン総裁も続くのではないかとの報道がありましたが、「シュタルク理事に続く理由はない。金融安定と中銀としての独立性を進めるとのECBでの私の確信が深まった」と否定した経緯があります。また、2019年にはラウテンシュレーガーECB理事がやはり国債購入プログラム(APP:Asset Purchase Programme)の再稼動を巡って途中辞任しました。ECB理事の任期は8年ですが、シュタルクECB理事は5年6か月、ラウテンシュレーガーECB理事は5年9か月で途中辞任しています

なお、2013年12月にもやはりドイツ出身のアスムセンECB理事がわずか2年で途中辞任しているが、これは全く個人的な理由とされ、同理事自らが「ベルリンに小さい子供2人を残してフランクフルトで働くことが精神的につらかったため。それ以外に理由はない」と述べたことが報じられているので、どうやら抗議辞任ではなさそうです。しかし、2006年以降、ドイツ出身のECB専務理事が3名、ブンデスバンク総裁が2名、連続して任期を全うできなかった事実から「ドイツの孤立」を感じざるを得ません。繰り返しになりますが、このような動きは他の加盟国では見られないものです。

新たな金融政策戦略と中銀のグリーン化も契機に?
 声明文では今年刷新された新たな金融政策戦略に関して「インフレ目標のオーバーシュートは却下されている」、「デフレリスクだけに注目するのではなく、将来的なインフレの脅威を見失わないことも重要だ」と釘が刺されていました。総じて「戦略自体は合意に達したが、これをどうやって具現化していけるかにかかっている」という旨が強調されています。形式的な辞任挨拶の中、この部分だけはバイトマン総裁の強い意志が透けて見え、裏を返せば「インフレを容認した」と評価されることの多い新たな戦略に関して思うところがあったのではないかと推測します。金融政策戦略が刷新される以前からバイトマン総裁の反意は少数意見として黙殺されることが常でありましたが、今後はその構図が鮮明になる可能性が高く、信念を貫けないならば退くという選択に至ったのかもしれません

また、ラガルド体制におけるECBが気候変動対応に傾斜していることもバイトマン総裁の本意ではなかったことで知られています。新たな金融政策戦略ではインフレ目標の対称化(巷では2%オーバーシュート容認)のほか、気候変動対応への貢献が戦略に明記されました。バイトマン総裁はラガルド総裁がECBに着任する以前から、中銀のグリーン化に警鐘を鳴らしてきた代表的な論客です。気候変動対策は「あくまで選挙で選ばれた政治家の仕事であり、中銀が環境政策を推進する民主的な正当性はない」と断じています。2019年10月時点でバイトマン総裁は「われわれの責務は物価の安定であり、金融政策の実施においては市場の中立という原則を尊重しなければならない」と述べ、グリーンボンドを買い入れるような行為は「緩和が必要な時だけ気候変動対策に関与する」という意味で殆ど理解されないと一蹴していました。ちなみに2019年10月と言えばラガルド総裁の着任(同年11月)直前です。そのラガルド総裁が着任以前から気候変動対策への貢献を熱弁していたので、両者の不和を心配する声はありました。バイトマン総裁は声明文でラガルド総裁への謝意を示していますが、結局、そうした溝も辞任の遠因なのかもしれません。

後任は女性総裁か?
気になる後任は現在連立協議が進められている社会民主党(SPD)を中心とする新政権が決めることになります。既報の通り、SPD・緑の党に自由民主党(FDP)が加わる信号連立の公算が大きく、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)を主軸とする現政権と比べれば左傾化が予想されます。財政政策に関しても拡張路線に傾くことが予想され、これもまた、バイトマン総裁との衝突が予見される点でした。要するにドイツ国内外で孤立を深めることが見えている状況であり、その中で辞任に至ったという文脈は知っておきたいところです(次期首相候補のショルツSPD党首に辞意が伝わったのは公表の直前だったとも報じられています)。

現状で漏れ伝わってくる後任候補はブーフ・ブンデスバンク副総裁、ウルブリッヒ・ブンデスバンクチーフエコノミストのほか国内の経済学者の登用も考えられている様子ですが、2020年1月に着任したばかりのシュナーベルECB理事を推す声もあります。この後任人事は新政権の試金石であると同時に、6年後、ラガルドの後継者として最右翼になるでしょうから極めて大事な人事となります。この読み筋は既に浮上しています

SPDも緑の党もジェンダーバランスを強調しているだけに、シュナーベル理事のブンデスバンク登用は十分考えられます。現状、ユーロ圏19か国の中銀において女性総裁は1名もおらず、新政権のPR効果を当て込んだ人選にもなります。しかし、そうなれば2020年1月に着任したばかりのECB理事の地位をシュナーベル氏は途中辞任し、新政権はここでも候補を立てなければなりません。時流を考えれば、その後任も女性が好まれるのでしょう。問題はそのシナリオで走った場合、ドイツ人のECB理事が4名連続(シュタルク→アスムセン→ラウテンシュレーガー→シュナーベル)でお家事情を理由に任期を全うできないという事実であり、それはそれでドイツ政府の体面に障る話です。

分かり合えない金融政策という論点
なお、ECB総裁と同じ国籍の理事は選ばれないことが不文律としてあるので、その場合の理事の途中辞任は不可抗力とされます。例えば、現在はラガルド総裁と同じフランス人のECB理事は存在しない。過去を見てもイタリア人のドラギECB総裁が就任するタイミングでイタリア人のスマギ理事が途中辞任しています。しかし、一連のドイツ高官の辞任は基本的には体制に対する抗議であり、言ってみれば「ドイツの孤独」を浮き彫りにした結果です。アフター・メルケル時代のドイツは従前とは異なり、EU域内と一致協力し、真の盟主として敬意が払われる存在になるべきと筆者は考えますが、政治はともかく、こと金融政策という論点に関してはドイツと他国の分かり合えない状況は当面続いてしまうのかもしれません。

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