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イレギュラーな状況がレギュラー。コロナ禍に美大生がつくった卒業制作から時代を学ぶ

メディアアート教育の名門、多摩美術大学のメディア芸術コースの卒業制作展が1月に行われました。個人的にも好きな作品が多い学科でよく観に行っていたのですが、今年は光栄にもゲスト講評の講師としてお呼びいただき、学生さんのお話もたくさん伺うことができました。

非常に面白い作品が多かったのですが、緊急事態宣言の発令と会期がもろに被ってしまっており、本当ならもっと多くの方に見られるはずだったのにもったいない……!という気持ちからTwitter等でもご紹介したところ予想以上に反響が大きく、やはり学生さんが時間と精魂をかけて生み出した作品のパワーを感じました。


気になった作品は本当にたくさんあったのですが、その一部をこちらCOMEMOでもご紹介させていただきます。

軍用のモールス信号×編み物という超スローコミュニケーション

じわじわと衝撃を受けたのがこちらの作品。モールス信号を編み物に変換し、毎日の日記をつける「糸の記憶」という作品です。

今は人と人とが会わなくなり、コミュニケーションや情報伝達の速度だけがどんどん加速していく中で、「モールス信号をわざわざ編む」「たった一行のメッセージを編むために、1時間を費やす」という行為の体積が新鮮にうつりました。これだけインスタントに意思疎通ができる時代に、あえての超スローコミュニケーションの衝撃。
作者の藤田さんいわく「今では、歩きながらでも編み物できますね🧶」という熟練度まで達しているようです。もちろん、モールス信号もマスター。すごい……謎の頼もしさ……

ガイドラインギリギリのネットアート(?)

シンプルな作品&不謹慎ながらつい笑ってしまったのが「Kids pad」。
文部科学省の「幼稚園教育要領(めちゃくちゃ長い)」をクックパッドに「正しい幼稚園児の育て方」というレシピとして投稿したもの。魚拓が印刷されたものが展示されているのですが狂気じみた長さになっており、全長は4mにも及ぶそうです。

ガイドライン違反で現在クックパッドからはレシピは削除されているのですが、しかしまさかのクックパッドの執行役員のお墨付き(※個人の見解です)がつくという胸熱展開も。

偏愛と執念の結晶

多摩美のメディア芸術コースの作品を見ていてすごく良いなと思ったのが、個々人の突き抜けた「偏愛」が随所に見えたことです。

すでに様々なところで話題になっているのでもはや語るまでもない感じになってきましたが、ハッピーターン4000個で制作したドレス「幸服」が異彩を放っており、続々とメディアで紹介されていました。なんとハッピーターン製造元の亀田製菓さんも反応。愛が報われてよかった。

何かしらの熱や偏った愛、突き抜けたモチベーションが注がれた作品は、やはり人を惹きつけるな……と実感した次第でした。

こちらは虫の変態(メタモルフォーゼ)に崇高さを感じる、という作家さんの作品。どこか見慣れた要素の組み合わせで見慣れないフォルムが生まれており、遠くからみてもギョッとしました。

また、作者の方にお話を伺ってしみじみ良いな……と思ったのがこちらの「沈没と再見」というプロジェクト。ランドアートと作者の近所にある遺跡との接合点をさぐるリサーチ寄りの作品なのですが、とにかく媒体にとらわれず「言語・映像・写真など様々なメディアを通して表現したい」という意欲や熱意を感じました。

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もともと小説を書きたかった方のようで、卒制なのになんと論考+小説(長文の力作)まで書かれていました。すごく硬質で良い文章なので、ぜひ読んでみてください。(自分も大学時代に卒論だけ提出すればよいところ、つくりたくて卒制までつい作ってしまったクチだったので、なんだか共感するスタンスでした)

あと作品の写真がしっかり撮れなかったのですが、うしお鶏さんという作家さんが「無が好き」と語っていたのが強烈なキャラクターで忘れられない。無が……好き…とは……!?(新しい……)

実在と非実在の狭間の、曖昧な存在

多摩美のメディア芸術コース特有の傾向なのか、「実在しているのか非実在なのか、不定形なあやふやな存在」が多く見られたのも印象に残りました。
こちらは「たまちゃんズ」という架空の作者による作品や、活動の痕跡を展示した作品。
一見ユル〜い作品に見えるのですが、その奥には作者の方による闘志や戦略のようなものが垣間見えて、面白い試みでした。

こちらは97年生まれ(!)のクリエイターの方がつくった、97年のビデオゲームのローポリ感を現代の3Dプリンタで再現した作品「97 GREEN」。これも、プロダクトなのか美術作品なのか、良い意味で曖昧な佇まいがたまらない。

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人工×グリーン繋がりだと、日本古来の建築手法である組子の手法を応用し、アクリルで人工的な自然を生み出した作品も(人工物と自然の狭間という感じで、見ていると不思議とリラックスできます)。
感染症対策で外出ができない中でも、こういったプロダクトがあると精神的に呼吸がしやすくなるかも……と興味深く感じました。

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Photo: Takahiko Azami

プライベートな記憶と情報メディア

漠然とした印象ですが、今年は「親密さ」「愛着」「記憶」といったものを取り扱った作品がポツポツとあった気がしていて、リアルな体験が制限される状況下で薄くなっていく現実感覚に呼応しているような印象を受けました。

こちらは幼い頃から使用していた古い椅子に、スマホのカメラロールの写真を3Dモデリングし立体化・物質化したものを組み合わせた、様々な物質感/時間軸のレイヤーから構成された作品。インスタレーションとして非常に格好良い作品でした。

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Photo: Takahiko Azami

こちらは両面鏡合わせのスクリーンにそれぞれ「未来」や「過去」についてのインタビュー映像が投影され、それによって曖昧な「今」を掴み取るという意図のもと作られた作品。
この1年、コロナの影響で外出自粛となり、季節性も感じられないのっぺりとした日々に自分自身も時間の感覚がぐちゃぐちゃになり気持ち悪かったので、この作家さんのコンセプトを聞いてなぜかすごく癒やされました。混乱した時間軸が、作家さんの発想で再構成・可視化されているのを観ると、セラピー効果ある……。

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Photo: Takahiko Azami

社会課題への関心と即応性

こちらは、コロナ禍で行われるオンライン教育の背後で起きている、様々な家庭内でのDVや暴力を可視化した作品。実際の家庭へのヒアリングやリサーチのもと制作されたそうで、逃げ出したくなるほどのリアリティがあります。

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Photo: Takahiko Azami

こういった、社会課題に真正面から向き合うタイプの作品は意外と自分と同世代のメディアアート作品で見たことがなく、世代的な興味の指向性を感じました。周囲の若い方を見ていても、若い世代ほど社会的に良いこと、倫理的であることを重要視している印象があり、頼もしく感じています。

写真を撮り忘れてしまったのですが、「若い男性やお婆ちゃんが、自分の手にネイルを塗っている様を映像におさめた作品」もあり、これらも世相や新しい価値観、美意識を反映している作品としてとても気になりました。

若い世代の、社会状況への柔軟さと適応力に感動

彼ら彼女らの卒業制作の制作期間は、コロナ禍の1年とどん被りだったはず。自分自身も作家として、普段通りに制作・開発を進めることが難しく様々な苦労があった年だったのですが、それをものともせず、面白い作品をしっかり仕上げていたことに感動しました。

例えば、今はリアルな現場での撮影・集合が制限されているため、制作をひとりで自己完結できる個人のアニメーターへの仕事依頼が急増しているのですが、とはいえ個人アニメーターだとアニメ制作の手間もかかるのでなかなか受けられる仕事に限りがある。
そんな中、新たな制作手法を生み出すことができるクリエイターはかなり今需要があるのですが、サラッとそれをこなしている学生の作家さんもいてビビりました。Unityの3次元ワールドにセル画アニメを融合した、変わったアニメーション表現を作品の一部として組み込んでいる(作品の意図や本筋とは違うと思うのですが、個人的にそこにビックリしてしまった)。

こちらは自宅をスタジオ化し、RGBのライトをそれぞれ当てて制作した、ディスプレイ型のポートレート(静止画のような、動画のような、不思議な作品です)。学生さんの作品ですがビジュアルもよく作り込まれ意欲を感じ、今後の成長が楽しみなクリエイターの方でした。

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Photo: Takahiko Azami

自分も気付けば作家として仕事をはじめてから5年ぐらいが経過しつつありますが、こういったイレギュラーな状況でも平然と(試行錯誤をしながらも)作品をしっかり仕上げてきている学生さんのあり方を見ていると、とても学びやヒントになったし、励まされることが多かったです。
この1年を若い世代の方がどのように捉え、消化したのか。そのプロセスを作品から辿ることで、今・これからの時代が見えて来た気がします。

そういえば2020年のコロナ禍真っ盛りに新社会人になった若い美容師さんに「今の状況で入社、大変じゃないですか?」と聞いたら、「いつもの状態を知らないので私にとってはこれが普通で、大変だという実感があまりないんですよね……」と言っていたことを思い出したり。
イレギュラーな状況がレギュラー」というのも実は結構な強みになるのかもしれません。
未来の萌芽を若い学生さんの作品から色々と感じることができ、個人的にも非常に良い時間になりました。改めて皆様お疲れさまでした&ご卒業おめでとうございます!

多摩美術大学のメディア芸術コースは、3月にも卒制の学外展が行われるようです!力作揃いでぜひ実物も見てほしいので、感染状況には気をつけつつ、お越しいただければと。

多摩美術大学 美術学部 情報デザイン学科 メディア芸術コース 2020年度卒業制作展 Sweep - Space - Surface

会期:2021年3月24日(水)〜28(日)
開場時間:11:00 〜 19:00

会場 及び アクセス

BankART Station
- みなとみらい線 新高島駅地下1階

BankART KAIKO
- みなとみらい線 馬車道駅 2a出口直結 徒歩1分


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市原えつこ(アーティスト)
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