世界の外貨準備動向~続く非ドル化の傾向~
過去最低水準が続くドル比率
6月30日、IMFから外貨準備の構成通貨データ(COFER)が公表されました。為替市場を中長期的に展望するにあたって重要なデータであるため、筆者は定期的に観測しています。世界の外貨準備は2022年3月末で前期比▲3700億ドルの12兆5500億ドルと4四半期ぶりに減少に転じました。今年1~3月期の金融市場に関し、期末と期初を比較すると米10年金利は1.5%程度から2.5%程度へ+100bps程度の上昇となりましたが、名目実効ドル相場(NEER)は+0.4%と殆ど動きませんでした。なお、同じ期間に米2年金利は0.7%程度から2.3%程度へ+160bpsも上昇し、この時期からFRBの正常化プロセスに伴うオーバーキル懸念が強まっていたことも目に付きます。商品市場では原油が80ドル弱から130ドル付近まで急騰しています。世界的にはFRBに限らず、利上げの波の各国中銀に及び始めていた時期と符合します:
直近1年のCOFERデータではドル比率が史上最低値付近にあることが話題です。2021年12月末時点のドル比率は58.86%と統計開始以来の最低を更新したが、今期は58.88%とわずかに上昇したものの、ほぼ変わっていません。これでドル比率は2020年12月末以降、6期連続で60%を割り込んでおり、世界の外貨準備におけるドルの存在感は確実に落ちているように見えます:
特にウクライナ危機を受けて対ロシアのSWIFT遮断に象徴される「ドル経済圏からの締め出し」が強力な制裁手段として誇示されたことで、対米関係に不満を抱える国の外貨準備運用はどうしても非ドル化の機運を強めやすい状況にあります。そうした勢力の中で外貨準備を豊富に保有する国はロシアや中国は元より中東やアジアにも散在します。ドル一極集中の流れは基本変わらないという見方も依然根強く、相応に説得力はありますが(下記事)、COFERにおけるドル比率低下は続く可能性が十分あるように思えます:
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD073120X00C22A6000000/
資源国通貨が頭角を現しているか?
ちなみに1~3月期に比率を落としたのはユーロ(20.58%→20.06%で▲0.53%ポイント)と円(5.52%→5.36%で▲0.16%ポイント)だけであり、円は2期連続の低下(計▲0.32%ポイント)でした。円やユーロの比率が低下した分、それ以外の通貨は上昇しています。具体的にはドル比率は前期比+0.02%ポイントの58.88%、英ポンド比率は同+0.17%ポイントの4.97%、人民元比率は同+0.08%ポイントの2.88%、カナダドル比率は同+0.08%ポイントの2.46%、豪ドル比率は同+0.09%ポイントの1.93%、スイスフランは+0.05%ポイントの0.23%、その他通貨比率は同+0.19%ポイントの3.23%でした。
数字を見て分かるように、その他通貨比率の上げ幅は大きいものです。現在公表対象ではない取引量の大きそうな通貨として考えられるのはやはり時勢を反映して資源国通貨でしょうか。とすれば、ブラジルレアル、メキシコペソ、ノルウェークローネ、スウェーデンクローナ、そしてロシアルーブルなどが考えられます。ちなみに英ポンド比率、人民元比率、カナダドル比率、豪ドル比率はそれぞれ過去最高でした。年初からの動きに照らせば、利上げペースの速い英ポンド、経常黒字の積み上げが進む人民元そして資源高を背景とするカナダドルと豪ドルといった特徴が指摘できそうです。当然、カナダや豪ドルも順当に利上げを進める通貨です。
非ドル化は進行中
過去20年余りの趨勢を見たものが下表です:
1999年3月末から2022年3月末を比較すると、ドル比率は約71.2%から約58.9%へ約▲12.3%ポイント低下しています。この間、ユーロ比率は約18.1%から約20.1%へ約+2%ポイントしか増えておらず、ドルの受け皿にはなれていないことが分かります。受け皿になっているのは人民元を筆頭とするその他通貨であり、約1.7%から約10.5%へ約+8.8%ポイントも増えています。
過去四半世紀の外貨準備運用のトレンドとして「ドルを手放して、新興・資源国通貨へ」という事実は鮮明です。この背景としては①ドル覇権へ対抗する勢力(象徴的にはロシアや中国など)の存在、②デジタル通貨の開発・発行、③欧州復興債(NGEU債)の登場などが外貨準備運用の多様化を促す背景として常々指摘されます。①と②は密接に関連する論点で、中国やユーロ圏、英国など中銀デジタル通貨(CBDC)の開発・発行を進めようとする動きはドル覇権への対抗という文脈で議論されることが多いです。
実際、中国がデジタル人民元の実用化を急ぐ背景にはSWIFT遮断のような事態に備える意味があると言われており、ロシアを巻き込んだ決済網の構築を検討しているとも言われます:
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD091KI0Z00C22A3000000/
円比率低下は続くのか?
ちなみに円の比率は同じ20年余りの間に約6.0%から約5.4%へ約▲0.7%ポイント低下しています。この間にドル以外で比率を落としているのは円だけで、非ドル化と共に円から他通貨へ振り向ける兆候も感じられます。とりわけ、パンデミックが始まった2020年以降(厳密には2020年3月末から2022年3月末の2年間)の比率に関し、円は▲0.53%ポイント(5.89%→5.36%)下げている一方、その他通貨は+0.98%ポイント(2.25%→3.23%)と大きく上げています。その動きは対照的です。同じ期間にシェアを落としているのは円のほかにドル(61.85%→58.88%、▲2.97%ポイント)だけであることを思えば、その理由は相応に気になります:
ドルに関しては上述したような理由があるにしても、円に関しては何故でしょうか。やはり永遠の低金利通貨であることが嫌気され始めているのでしょうか。それとも盤石だった経常黒字の水準が徐々に、しかし確実に減り始めていることに危うさを覚えるリザーブプレーヤーが増え始めているのでしょうか。もちろん、COFER上の比率はドル建てで換算されるため2021年以降、「円が積極的に手放されている」という数量要因よりも、「円安が顕著に進んでいる」という価格要因が大きい可能性は相当にあります。
しかし、それでもリザーブプレーヤーのポートフォリオ構成(各通貨に割り当てられた比率)が不変ならば、価格要因でターゲット比率から大きく乖離した分は適宜リバランス(円買い・その他通貨売り)が入るはずです。20年以上の時間軸で見て、非ドル化がすすんでいるのはもはや間違いありませんが、足許で進む20年以上ぶりの円安を契機に円もドルのようなトレンドに入ろうとしているのかはまだ判断に時間を要するでしょう。
今年4~6月期の円安は1~3月期のそれの比ではありません。対ドルで言えば、前者は▲12%、後者は▲5%と倍速で下落しました。リバランスの買いがなければ、今年6月末時点の円比率は際立った低下が確認されるはずです。逆に、それほど円比率が変わらなければ、リザーブプレーヤーは引き続き円を一定程度保有する意思がありそうという推測も立ちます。もちろん、6か月程度の時間軸でリザーブプレーヤーの意思を断定することはできないものの、年初来の円は対ドルで▲20%弱下落しており、ポートフォリオマネジメントの観点から完全に放置するのも難しい状況に思えます。次回のCOFERは円比率に要注目でしょう。
円比率の絶対値は低いため世界的に注目度が高いとは言えず、今次円安も今年3月以降に始まったばかりであるため非ドル化と並ぶほどのトレンドになるのかどうかは判断がつきません。しかし、経常収支や貿易収支と言った円の需給構造の最も本質的な部分が変化しているのも事実であるため、その事実を踏まえて海外金融当局がどう動くのかは興味深いテーマではあります。本当に円比率が本格的な低下トレンドに入れば、相場への影響も軽視できないものになるだけに、中長期的な目線からCOFERデータにおける円比率の趨勢を重要な計数と捉え、注目していきたいと思います。
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