「103万円の壁」と男女の所得格差は別問題
「103万円の壁」見直しとその課題
石破首相が「103万円の壁」の見直しを表明したことは、多くの課題解決への第一歩として歓迎されるべきだろう。所得税が発生する年収103万円のラインが長らく非正規雇用者の働き方を制約してきた現状において、これは時代に即した対応である。しかし、実際にこの変更がもたらす影響を多角的に考えると、見直しだけでは解決しきれない問題がいくつも浮かび上がる。
雇用主への影響と人手不足の現実
パートやアルバイトを雇用する企業にとって、「103万円の壁」は課題となっている。最低賃金が上昇する中で、このラインが据え置かれていると、雇用主は1人当たりの労働時間を制限せざるを得ない。結果として、より多くの人材を雇う必要が生じるが、ただでさえ人手不足が深刻な業界では、この負担は経営に大きな影響を及ぼす。
仮に従業員が「税金や社会保険を払っても良い」と考えたとしても、控除を利用している配偶者や扶養者の立場では、支出の増加による実質収入の減少がネックとなる。これでは、多少収入が増えても支出が増えすぎて収支が合わない、あるいは赤字に転じるリスクがある。そのため、雇用主と働き手の双方にとって、「103万円の壁」の見直しだけでは不十分である。
男女の所得格差は別問題
「103万円の壁」の見直しが進むことが、即座に男女の所得格差是正につながるかというと、答えは否だ。男女の所得格差の背景には、制度や組織の深層にある構造的な課題が横たわっている。特に問題となるのは以下の2点である。
結婚・出産後の女性の働きやすさの欠如
日本では、結婚や出産後の女性が正社員として働き続けるのが難しい現状がある。多くの職務設計がフルタイムで働く男性社員を前提に構築されており、家庭との両立が難しい。その結果、非正規雇用を選ばざるを得ない女性が多い。この点で、欧州諸国は対策が練られている。非正規雇用を補助的なものと位置付け、正社員への移行を前提とした制度設計を行うことで、企業が女性がフルタイムで働きやすい環境を整えるように背中を押している。
組織内での女性参画の不足
日本では、政治や行政をはじめとする組織の重要ポジションを男性が占める割合が依然として高い。この構造的な問題が、女性のキャリア形成や所得向上を阻む要因となっている。
本質的な改革が必要
「103万円の壁」を見直すこと自体は、時代に合った適切な対応であり、多くの人にとって働きやすい環境の一助となる。しかし、これを男女の所得格差是正につなげるためには、より広範な改革が必要である。結婚・出産後の女性が正社員として働き続けやすい環境を作るためには、以下の取り組みが不可欠だ。
職務設計の柔軟化:フルタイム勤務を前提としない、柔軟な勤務体制を構築し、女性が家庭と仕事を両立しやすい環境を整備する。
非正規雇用の制限と正社員登用の促進:非正規雇用を補助的な運用に限定し、正社員への移行を容易にする制度を導入する。
組織の多様性推進:女性が重要な意思決定ポジションに就く機会を増やすため、組織内での多様性を推進する具体的な目標と計画を設ける。
終わりに
石破首相の「103万円の壁」見直し表明は、日本の雇用環境に新たな光を当てる契機となる。しかし、これだけでは不十分だ。男女の所得格差や働き方改革を実現するためには、さらなる制度設計と組織変革が必要である。「すべての国民の幸せを実現する」との首相の言葉を実現するには、より包括的で本質的な取り組みが求められる。働きやすい社会の実現は、単なる所得基準の見直しを超えた課題であり、国全体での取り組みが必要である。