エルサルバドルのビットコイン法定通貨化はどのような影響をもたらすか? 通貨と経済圏の視点から
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エルサルバドルのビットコイン法定通貨化はどのような影響をもたらすか? 通貨と経済圏の視点から


ここ最近、仮想通貨/ブロックチェーン界隈で最も大きな話題になったのは、エルサルバドルがビットコインを法定通貨にする法案を可決したというニュースだろう。

ここ最近、ビットコインなどの仮想通貨に対して、国家が規制を強化する動きが目立っていたため、一つの国がビットコインを法定通貨にするというニュースは大きな驚きとともに駆け巡った。ここでは、その影響を考えてみたい。

エルサルバドルで当面起こることは何か

「ビットコインを法定通貨にする」というと、従来の通貨(日本円など)をビットコインに切り替えるような印象を持つかもしれないが、実際に法律を読んでいくとそういうわけではない。

そもそも、これまでエルサルバドルは米ドルを法定通貨としているため、自国通貨があるわけではない。

そして、今回可決した法律で書かれている重要な点は以下のようなものだ。

・価格はビットコインで表記しても良い(第3条)

・税金はビットコインで支払うことができる(第4条)

・全ての経済主体は、財やサービスの受け手から申し出がある場合、ビットコインを支払い手段として受け入れなければならない(第7条)

ここで分かるように、米ドルに代わって全てをビットコインに置き換えるとは書かれていない。

100ドルと表記されている商品を買う際に、ビットコインで支払いたいと言われたら、それを受け入れなければならないという意味になる。このような使い方であれば、日本でもビックカメラでビットコインで支払うことができるなど、世界中で事例がある。

ドル併用型の課題

おそらく、このような形でビットコインを法定通貨化することで最も需要が増すのは両替アプリであろう。ドル表記されている価格をリアルタイムでビットコイン価格に変換し、支払いを受けるためのアプリだ。ただ、この際にスプレッドの形で手数料が取られるかもしれず、もしそうなれば利用者は多大なコストを(気づかずに)負担しなければならないかもしれない。

また、プライバシーも大きな問題だ。エルサルバドルのビットコイン法定通貨は、国が提供するウォレットをダウンロードすると、30ドルが自動的に付与されることになっている。ただし、このボーナスを受け取るには顔認証が必要であり、厳格な本人確認を行うことが想定される。

ビットコインそのものは、実は電子マネーのプライバシー問題を解決することがイノベーションの最大の観点だったと言っても良いくらい、プライバシーに配慮したシステムである。しかし、取引所やウォレットで個人情報と紐づけてしまえば、逆に極めてセンシティブな個人情報を扱うことになってしまう。誰がどこで、何を買っているかが全て把握できるためだ。

こうしたウォレットが国から提供されるということは、センシティブなものまで含めて、自分の経済活動を全て国が捕捉できるようになることを意味する。もちろん、AML(アンチマネーロンダリング)上の配慮は必要だとしても、日常的に捕捉可能になれば、プライバシーの観点からは大きな問題を孕むと言わざるを得ないだろう。

米ドルから切り替えた場合の課題

ところで、エルサルバドルが米ドルとの併用ではなく、100%ビットコインのみを流通通貨にしてしまったらどうだろうか。この場合、BTCと他の通貨との為替レートの変動の影響を大きく受けることになる。エルサルバドルはもともと輸入超過であるが、そのような中でBTC/米ドル相場が上がってしまうと、繊維、コーヒー、砂糖などの輸出産業は大きなダメージを受ける可能性がある。

これまで使ってきた米ドルでも、ドルと他の通貨との相場によって影響を受けることには変わりないが、米ドル圏との取引においては影響が少ない。また、実際に米国への出稼ぎが多いという形で、より生産性の高い地域への労働資本の移動が起こっており、これによって実質的に米ドルの経済圏と緊密に連携して機能してきたと考えられる。

しかし、BTCが通貨になれば、出稼ぎに行けるような「BTC経済圏」は一般の働き手にとっては、ほとんどないと言っても過言ではない。労働者の移動という手段も取れず、金融政策も打てないとなれば、BTC上昇時には輸出産業はかなりの影響を受けるだろう。

ところで、「BTC経済圏」と言えば、エルサルバドルは地熱発電によるビットコインのマイニングにも参入する方針を示している。

国家主導の金融システムに対するオルタナティブとして誕生したビットコインだが、その採掘が国家によって行われるというのは何とも皮肉な状況である。

マイニングへの参入が、上記のボラティリティの影響を和らげる意味合いまで含んでいるかは分からないが、確かにBTC価格が上昇した際に輸出産業はダメージを受ける一方、マイニングされたビットコインの価値は上昇するため、多少の中和効果はあるのかもしれない。ただし、マイニングは資本集約的な業務であるため、雇用の受け皿としてはほとんど期待できないだろう。

複雑化する国家、通貨、経済圏の関係

現時点で、エルサルバドルの事例は米ドルを基軸としつつ、動的にビットコインでの支払いも可能にするものに留まっているように見える。その限りにおいては、国内の両替コストやプライバシー問題はさておき、経済への影響は限定的かもしれない。

しかし、長期的に米ドルをビットコインに切り替えていくということになれば、単なる「便利な支払い手段」を提供することに留まらず、どの経済圏を中心に考えていくのか、それによって国内の産業構造や人口にどのような影響があるかといった本質的な問題を孕むことになる。

これは、世界各国でCBDC(中央銀行デジタル通貨)の検討が急ピッチで進んでいる理由でもある。仮想通貨が国内で普及することになれば、各国が前提としている経済圏が変わってしまい、金融政策手段の制約も相まって、国内の産業に対する政策的コントロール可能性が下がってしまう。CBDCについてはまた改めて書いていきたいと考えているが、エルサルバドルの事例は、国家と通貨、そして経済圏の関係が重層的に複雑になり始めていることを示しているだろう。



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東京大学大学院情報学環准教授。既存の枠組みを超えて内部要素を組み替える「デフレーミング」概念をはじめ、ビジネスモデル、イノベーション、産業構造などを研究しています。詳細はhttps://twitter.com/soichirotakagiをご覧ください。