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日立の『「ガクチカ」を聞きません』から、なぜ「ガクチカ」が必要だったのかを整理しよう

ガクチカを聞かずにプレゼン課題を課す

新卒採用で定番の質問というと、いわゆるガクチカと呼ばれる「大学時代に力を入れたことは何ですか?」という問いだ。学生は書類選考のエントリーシートや面接で、何度もこの質問を繰り返し投げかけられる。
この質問は、定番の質問でもあり、学生の差がわかりやすい質問でもある。これは企業側だけではなく、学生側にとってもそうだ。集団面接で自分の隣の学生が「私は学生起業をしていました」「海外ボランティアとしてアフリカで学校を作りました」のようなエピソードを聞かされると、居酒屋でバイトしかしてこなかった自分がちっぽけに思えてしまい萎縮してしまうのは良く聞く話だ。
企業としては立派なエピソードを持った学生が欲しいのではなく、自社で活躍してくれそうかどうかを判断したいだけなのでガクチカのエピソードの質自体はそこまで重要ではない。しかし、エピソードはあったほうが有利なことに変わりはなく、学生は内定を得るために学生時代を通してガクチカに使えるエピソードをそろえてきた。
それが、コロナ禍によって変化してきた。自粛によって学生生活に制限がかけられたことで、学生時代に体験できるイベントが変化した。アルバイトやサークル、語学留学といった定番の活動を言うことができなくなり、ガクチカで言えることがなくなってしまった。
企業としても、ガクチカで語られるエピソードに代わり映えしなくなった。多くの学生が似たような内容を語り、差を評価することが難しくなった。そこで、日立はいっそのことガクチカを聞くのを辞め、別の課題としてプレゼンを導入することにした。

ボーダーライン上の学生をどう見極めるか

新卒採用で難しいのは、合格か不合格かのボーダーライン近くにいる学生の評価だ。人の行動特性や能力に着目した学問領域では、人間の能力は基本的に正規分布に従うと言われている。一目で「この学生は合格だ」とわかるようなケースは合格者の中の一握りで、合格者の多くは合格ラインぎりぎりのところにいる学生だ。
コロナ禍でも危機を好機と捉え、素晴らしい成果をあげ、申し分のないガクチカを語る学生もいる。しかし、そういった学生は合格ラインはるか上の少数であることが多く、選考活動の多くでは合格ライン前後で似たようなガクチカを語る学生の話を聞き、そこから判断することになる。
似たようなガクチカしか語らない合格ライン前後の学生から合否を判断するのは至難だ。選抜方法としての精度も著しく低下する。そのため、ガクチカに変わる選抜方法を模索するのは自然の流れと言える。

入社後の活躍が予測できるのなら選抜方法は何でも良い

面接などの選抜の基本は、その選抜手法によって確認できた応募者の評価結果がどれだけ入社後に再現可能なのかにある。専門職のときはわかりやすい。優れたアニメーターを雇いたいなら、実際に動画を書かせてみたらよい。デザイナーなら作品集のポートレートを提出してもらう。
しかし、社会人経験のない学生には過去の実績を聞くわけにはいかない。代替策として学生時代の経験から入社後に役立ちそうなエピソードを聞くことになる。特に、入社後にどのような仕事に就くのかが決まっていない総合職は再現可能性をみようとしても明確な判断基準を作ることができない。そのため、職種に捉われずに比較的どのような仕事でも熱心に取り組めそうな資質が評価される。その結果として、新卒採用では多くの企業が似たような選抜方法と選抜基準を設け、学生はどの会社からも似たような質問をされるので予め準備した回答を披露するという構図が出来上がりがちになる。
しかし、もし新入社員の入社後の仕事が予め決まり、求められる資質が明確になるとしたら、判で押したようになりがちなガクチカを聞かずとも、より再現可能性の高い方法を用いるほうが合理的だ。そして、ジョブ型雇用に舵を切った企業ほど、面接でガクチカを聞くよりも再現性の高い選抜方法を用いることや容易くなる。ジョブ型ということは、入社後に従事して、成果を出して欲しい仕事が決まっているためだ。

極端な例を挙げると、日本よりも平均勤続年数が長く、従業員の8割以上が新卒入社の社員で占められるフランスの大企業でヒアリングしたとき、「どのように新卒入社の選抜をしているか」と聞いたら、「まずは入社後3年の成果しかみない」と返ってきた。どれだけ優れたポテンシャルを持っていたとしても、配属された初めの3年間で成果を出すことができなければ、企業にとっても採用された学生にとっても不幸せになるというのだ。
日本であっても、ジョブ型と長期雇用の両立を考えた時、「まずは入社後3年間で成果を出してもらう」というのは参考になるだろう。そういった意味で、提案力と論理的思考力、資料作成能力を測ることができるプレゼンテーションは選抜手法として有効だ。ほかにも、デジタル技術やSNSへの対応力をみるために、Youtubeのような自己PR動画を提出してもらうこともあるだろう。選抜方法は、事業内容と新入社員に期待する資質に応じて、もっと自由で柔軟に設計することが可能だ。

その一方で、いくら選抜方法で独自の手法を用いることができるといっても、気を付けるべきことはある。例えば、新たな選抜手法が正確に測定したい資質を評価することができているのかという妥当性を検証することが重要だ。少なくも、本格的に実施する前にインターンシップ生に協力してもらって、試行することが大切だろう。また、凝った選抜手法は学生の負担が大きくなりすぎる。特に、新卒一括採用では、学生は数十社の求人に応募するため、キャパシティを超えやすい。そのため、学生が許容できる負担の中で選抜方法に工夫を凝らす必要がある。

日本の新卒採用は、長らく画一的で、変化がないと言われてきた。また、海外のようにインターンシップや大学からの直接採用が少なかった。しかし、近年はスタートアップや外資系企業を中心に、インターンシップから直接採用されるケースも増えている。採用の自由度に併せて、選抜方法もより自由に、自社独自の手法を模索する段階に来ている。新卒採用の自由度を高めることで、企業と学生のより良いマッチングを目指そう。

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