「お願い」の技法|The Art of RFP
何となく名言じみたフレーズが浮かんだので引用のテイで書いてみました。冗談はさておき、実際にそうなのです。会社勤めで仕事をしていると、仕事はつまるところ「お願いされる」と「お願いする」に行き着くことになります。私がいま生業としている「新規事業の提案」なんかは、一見すると「お願いされている」感じはしないですが、実際には会社から「新規事業を考えて」とお願いされているわけです。
にも関わらず、社会では、「お願いのしかた」「お願いのされかた」を教わることは滅多にありません。そういう研修を受けたり、ビジネス本を読んだことがある人はいるでしょうか。学校や家庭で「作法・マナー」を教わった人は多いでしょう。「それが人にものを頼む態度か!」と怒られるとき、その人はそんなお作法に違反しているわけです。
「それが人にものを頼む技術(アート)か!」。そう怒られたことがある人はいないでしょう。一方で、仕事がうまくいかないとき、なかんずく崩壊寸前のとき、問題は多くの場合「頼み方」にあるものです。もちろん「態度」の問題ではなく「技術(アート)」の問題です。このお願い・頼み事の技術は、一部のビジネス、特にグローバルなビジネスシーンでは、わりと体系化されています。例えば「デリゲーション(委任)の技法」などというのは、グローバル企業では管理職研修の定番テーマです。
もう一つはRFP(リクエスト・フォー・プロポーザル)の作り方です。RFPとは直訳すると提案のリクエスト、日本でいうとのころの「オリエンシート」です。広告などを代理店などに発注するとき、今回はこういう前提で提案をつくってください、とお願い・依頼するでしょう。その依頼の仕方には確立された「技術・技法」があります。このnoteでは、グローバル企業を渡り歩きマーケティングを経験してきた筆者が、そんな中で身につけてきた「技法」を、すぐに使えるフォーマットに落とし込んで紹介します。
ここでは広告を代理店に提案をお願いする、というシーンを例にとっていますが、上司が部下に業務を依頼する場合など、このフォーマットにはあらゆる依頼のシーンに必要な要素が詰まっています。また、お願い・依頼をされる側(代理店・受注者・部下)が意識しておけば、オリエンの場でのヒアリングの精度を上げ、その後の提案でライバルにグッと差をつけることにも繋がるでしょう。それでは見ていきましょう。
1.サマリー
まずは今回の依頼のサマリーですが、ここは実際の作業工程的には一番最後に考えます。以下にある項目を全て整理したうえで、「手短に言うと」ということで最後に内容をまとめます。
「エレベーターピッチ」という言葉があります。エレベーターでばったり社長に出くわしたとき、今何をやっているのか? ゴールは? 進捗は? 課題は? お願いは? などといった要点を手短にまとめ、社長のフロアにつく前に近況を説明し切る、というコンサルの技術です。
このエレベーターピッチをしている感覚で、全体のサマリーを手短にまとめます。分量としては、この「サマリー」を解説している文章の1ブロック程度(100文字程度)にまとめるイメージです。実例は最後に紹介します。
2.背景(Backdrop)
次に「背景」です。広告の提案をお願いするのであれば、今回広告が必要だと考えるにいたった経緯を説明します。
ここでは「3C分析」のフレームワークが便利です。その商品、もしくはプロジェクトをとりまく現状を、「顧客」「競合」「自社」の3つの視点で分析して説明するのです。
特に「競合」「自社」については、自分たちには当たり前の前提でも、相手がそれを理解できているとは限りません。そこから誤解が生まれることもよくあるので、しっかりと相手を同じ舞台・視点にまで引き上げる必要があるのです。
3.フォーカス顧客(Focused Customer)
いわゆる「ターゲット」です。ここでは中央大学名誉教授の田中洋先生の提唱する「フォーカス顧客」という言葉を使っています。この広告が相手にするのは誰なのか? という基本中の基本ですが、それにも関わらずここがしっかりと定義できていないRFPは割と多いという印象があります。
例えば、部下のRFPをチェックしていると、「シャンプーに興味がある人」などと書かれていたりします。シャンプーに興味がない人っていますかね? まあ「興味」はないかもしれませんが、全く関心のない人はほとんどいないでしょう。
「自然派シャンプーに興味がある人」ならまだマシですが、でも本当にその人達「が」フォーカス顧客なのでしょうか。自然派シャンプーに興味がない人を振り向かせる、というのが広告の目的になるかもしれないですし、自然派シャンプーに興味があってすでに自社商品を使ってる、人はフォーカス顧客じゃないかもしれません。このあたりを解像度高く議論し、定義していきます。
4.ゴール(Goal)
広告を見たあとに、フォーカス顧客がどういう状態になってほしいか、という目的です。これも基本中の基本ですが、実務ではしっかりと定義できているRFPのほうが少ないかもしれません。ここにあるフォーマットをただ提示して、それを埋めるよう指示をすると、「◯◯を買ってもらう」のようなゴールが大量発生します。
もちろん買ってもらうのは一つのゴールです。ただ、それはビジネスの最終的なゴールではないかもしれないですし(最終的なゴールはロイヤル顧客化だったり)、何より「この広告」のゴールではないかもしれません。ペットボトルのお茶のCMを見て、すぐに車を走らせ行きつけのAEONに行き、買って帰ってくる人はほとんどいないでしょう。「◯◯を買ってもらう」というのがゴールなら、いかなるペットボトルのお茶のCMも成功する確率はほぼ0%です。
ここでいうゴールとは、「その」フォーカス顧客が、「その」広告を見たあとにどうなって欲しいか? ということです。難しい言葉でいうと「態度変容」というやつです。顧客に商品を買ってもらうためには、いくつかの広告、あるいは広告と店頭施策など他の手段との合せ技が必要です。その合せ技全体の中で、「その」広告のゴールをどうするか? ということがここでは重要なのです。
5.成功の定義(How does the success look like?)
何がどうなったら成功で、どこまでだったら失敗なのか? という明確な線引きです。認知を上げる目的のデジタル広告では、よくブランドリフト調査(BLS)というのが行われます。そこで代理店さんやメディアから、「見てる人と見てない人では、認知に差がありました」などという報告をいただくのですが、それはそうでしょう。お金をかけて広告を出しているのだから、上がらなかったら一体何なんだ、という話です。
ただ、ここで悪いのは代理店やメディアではなく、往々にしてお願いをした広告主です。ゴールははっきりさせたものの、成功の定義をはっきりさせていなかったのが悪いのです。広告を発注する前には、前回の結果、類似の広告の結果、業界の標準値(ノーム値)などを参考にして、チャレンジングかつアチーバブル(挑戦的だけど達成可能な)な目標を設定し、成功の定義を明確にしておかなければならないのです。
6.スコープ(Scope)
繰り返しですが、マーケティングは「合せ技」です。広告1と広告2。前回の広告キャンペーンと今回の広告キャンペーン。広告と営業など他のファンクション。そういった掛け合わせのなかで、それぞれ役割分担をしながら最終的なゴール達成を目指します。
それゆえ、「今回お願いしている提案の範囲はここからここまでですよ」というスコープの定義は、はっきりさせておかないと解釈の違いが生まれてしまいます。例えば、プレゼントキャンペーンを企画してもらうとき、プレゼントの内容や告知物を提案してもらうのは当然として、応募を管理するフォームやシステム、さらには個人情報の管理方法までをも提案してもらう必要はあるでしょうか?
それらはすでに選定しているものを使ってもらうので必要ない、のであればはっきりとそう書いておきます。「応募フォームは既存のものがあるようだが、そもそもスマホだと恐ろしく使いづらいのでそこを改善したい」などという代理店の提案は、真摯に課題に向き合ってくれた証拠です。そこはイジれない、などと後出しで却下することは、そんな真摯な態度に泥をぶちまけるようなものです。
7.デリバラブルズ(Deliverables)
デリバラブルズとは、「納品物」と「成果物」という二つの意味を持つ言葉です。広告を提案してもらう、という文脈でいうと、プレゼンの際に何を提案してもらい、実際には何を制作してもらうか、ということです。
プレゼンの際に何を用意してもらうか? というのは、企画競合(コンペ)などの場合特に重要です。一方からはざっくりとしたCMの企画コンテを、もう一方からは詳細な演出コンテを、などなってはフェアに判断できません。また、一方からは背景の考え方が詳細に説明され、もう一方からはそれがない、などとなっても同じ問題が起こります。
広告制作の場合、企画の確定後実際に何を制作するか(納品物)は、代理店側の提案によりけりだったりします。テレビCMが納品物になるかどうかは、そういう提案がなされ、それが承認されるかどうかによって変わります。一方、例えばタイムというテレビCMの固定枠を購入しているのでテレビCMの実施は確定している、などという場合、RFPにもそれは納品物として書いておく必要があります。
8.選定基準(Focal Point)
何に注目して提案を評価するか? というポイントです。決済者の思考回路を言語化したもの、とも言えるかもしれません。例えば、決済者である部長がデータを重視した論理的な人である場合と、社内でもいい意味で異端児扱いされているクリエイティブな人である場合では、同じ企画でも最終的な評価が分かれるでしょう。
前者は提案が全体的に論理的で、かつデータに裏打ちされたものであることを求め、後者は何より前例がなく斬新であることを求めるかもしれません。後者と睨んで斬新な発想を持つクリエイターをアサインしたものの、その企画が「論理的ではない」と却下されては、代理店のプロデューサー(営業)はうかばれません。逆も同じくです。
8.予算(Budget)
「スコープ」を前提としたプロジェクトの予算を提示します。また、その予算がどれだけ交渉可能か? ということも伝えておくとトラブルが少ないでしょう。
これは特に依頼主が大企業のときにおこりがちな問題ですが、提案者は大企業だからと大きな予算を期待しているものの、実は担当部署の予算が極小だった、などということは意外とよくあります。
提案の段階になって予算のイメージが一桁違っていることが判明した、などということにならないよう、予算は曖昧にせずにしっかりと伝えておく必要があります。
9.スケジュール(Schedule)
提案を受けて企画をジャッジし、正式に決定するまでのスケジュールを伝えておきます。
スケジュールの見せ方は、それぞれの会社・担当者のフォーマットに従う、で問題ありません。ここでは最後に、全体を俯瞰したうえでの、サマリーの実例を載せておきましょう。
さいごに
以上、広告のRFP(オリエン・ブリーフィング)を例にとって説明してきましたが、ここに書いたことは「誰かが誰かに何かをお願いする」シーン全般に応用できます。例えば上司が部下に作業をお願いするときも、背景やゴール、成功の定義をはっきりとさせ、スコープやデリバラブルズの明確化で余計な遠回りを防ぐことで、部下の作業の質を飛躍的に向上させることができます。
また、提案を受ける側、上の例では部下の方も、これをチェックリストとして活用することで、不足している情報をその場で依頼者から聞き出すことができます。「お願いの技法」を心得ていないのは依頼者の問題だとしても、それで無駄な作業をさせられたり、努力が不当に評価されなかったりするのは自分です。自分の身は自分で守らなくてはなりません。
これをチェックリストとして活用し、精度の高い提案をすれば、そうした事態を防げるばかりではなく、依頼者の評価が高まることも間違いありません。すると、提案者はライバルに初めから2つの意味で差をつけることができるのです。
タイトルのThe Art of RFPとは、孫氏の兵法(The Art of War)のパロディーです。孫氏の兵法は「いかにして戦う前に勝つか」をテーマにしている、と言われます。「お願い」の技法も同じです。依頼をする人にせよ、依頼をされる人にせよ、「お願い」の技法|The Art of RFPを身につけることで、戦う前にライバルに差をつけてしまいましょう!
おわり
<お願い>
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