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コロナショックから半年、米国雇用の今をどう読むか ~過去の後退局面との違いは~

コロナショック半年経過。米雇用市場の深手を概観
株価は高値波乱含みの日々が続いておりますが、米国のファンダメンタルズを推し量る上で最も注目される雇用統計も派手な数字が毎月続いております:

2009年6月から続いた米国史上最長の景気拡大局面は2020年2月に「山」をつけた。128か月間という拡大局面はそれまでの過去最長(120か月間)を8か月間も更新するものになりました。このような終わりを迎えるとは誰も予想しなかったとは思います。なお、雇用統計に関して言えば、本稿執筆時点では8月分までの雇用統計が明らかになっていますので、今回の景気後退局面に入ってから、ちょうど半年間が経過したことになります。図は過去の景気後退局面のスタート地点(すなわち景気の「山」)を起点とした場合、各局面における非農業部門雇用者数(NFP)変化がどのように推移してきたのかを振り返ったものです:

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一瞥しても分かるように、リーマンショックを伴った後退局面(2007年12月が「山」)はそれまでに経験したどの後退局面よりも甚大な雇用喪失に見舞われました。しかし、今回のコロナショック(2020年2月が「山」)はそれを遥かに凌駕しており、正真正銘、未曽有のショックと言えるものになっています。具体的に数字を見ると、その震度が良く分かります。景気の「山」が2007年12月に到来して以降、雇用が最も失われていたのはそこから27か月後となる2010年2月であり、その時点で▲869.4万人の雇用が喪失していました。これでも十分、史上稀に見るショックです。

しかし、今回はその比ではありません。今回は「山」が2020年2月に到来し、そこからわずか2か月後の同年4月に▲2216万人の雇用喪失が確認されています。喪失の程度も、そこに至るスピードも尋常ならざるものです。人類史上、ここまで景気が不連続に変わったことは戦争以外ではあり得ないでしょう。この結果、失業率で見れば、わずか1か月(2月→3月)のうちに「半世紀ぶりの低水準」から「史上最悪の高水準」に急騰しています。株高を煽っても消費者心理が腰折れしたままであることへの懸念は前回のnoteでも議論させて頂きました。その背景には、こうした苛烈なショックを受け、家計部門がトラウマを抱えているからなのかもしれません:

バブル崩壊後の低迷とは比較できず
 リーマンショック後の雇用喪失(最大▲869.4万人)が完全に復元されたのは景気の「山」から起算して78か月目となる2014年5月でした。これを今回に当て嵌めると2020年2月から78か月後の2026年7月という話になります
。ちなみにFRBが利上げ着手に成功したのは2015年12月だったので、雇用の完全復元からさらに1年半の様子見を経て利上げに至ったことになります。これを今回に当て嵌めると2028年1月です。

過去の経験に従えば従うほど絶望的な気持ちになりますが、薄日を見出すことができます。というのも、サブプラムショックやリーマンショックは文字通りバブルの崩壊であり、その結果として米国の家計部門が過剰債務を背負い込み、その調整が長引く過程で米国ひいては世界が低成長を余儀なくされたという経緯がありました。

しかし、今回のコロナショックはマクロ経済における不均衡の蓄積がバブルを生成し、崩壊に至るといった典型的なパターンを辿ったわけではありません。それゆえ、家計や企業が債務返済に躍起となり消費・投資が停滞するといったいわゆる従来型のバランスシート調整の恐れはないでしょう。もちろん、ハイイールド債やレバレッジドローンなど、長期安定が続いたゆえの不均衡はありましたが、米家計部門の住宅ローンのような規模感で議論されるものではありません。

今回はあくまで感染症を理由とした強制的な経済活動の停止であり、誤解を恐れずに言えば、「故意的に引き起こされた不況」です。そのため、感染症の収束に目処がつけば、その戻りはバブル崩壊後の足取りよりも軽くなる・・・と思います(希望的観測が入っていることは否定しません)。現状では今年の秋冬に対する警戒から消費・投資意欲が高まりにくく、貯蓄過剰に傾きやすいように思いますが、それも何をきっかけに行動様式が変わるかは読めない状況でしょう。例えば、ワクチン開発と実用化に目処がつくだけでもかなり変わるのではないでしょうか。世界の新規感染者数がピークアウトする中、心なしか、ワクチンへの期待も一時期よりはトーンダウンしているように感じます。今は戦時中と比喩される局面ですが、戦争のように社会インフラが破壊されたわけではありません。経済・金融情勢の正常化は感染症への向き合い方に依存しており、非線形に悪化することもあれば、好転することもあるというのが実情でしょう。必然的に景気回復ペースはバブル崩壊後のそれとは比較が難しいはずです

既に雇用は増加軌道に入っている
 既述の通り、3月から4月にかけてNFPは▲2000万人以上も失われました。とはいえ、8月時点でその半分近くは復元されています。もちろん、まだ▲1000万人以上の雇用が失われているのでだからと言って何の慰めにもなりませんが、リーマンショック後の景気後退局面ではNFPが前月比で増勢を取り戻すまでに「山」から2年近くかかりました。安定的に雇用増加の軌道に乗り始めたのは2010年11月頃(すなわち「山」から約3年後)です。この点、直ぐに雇用増加の軌道に戻った今次局面との大きな違いはあります。

こうした中、「意外にコロナショックは早く終わるかもしれない」というアップサイドリスクを警戒しつつ、資産価格の騰勢やその後の大幅調整に着目する論考が一部で出始めているのは根拠のない話ではないように思います。未曽有のショックだからこそ、どういった政策がどの程度のアクセルないしブレーキになるのか想像もつかないわけです。それゆえに資産価格の振幅が大きくなる展開は不可抗力と言えるでしょう。

「実体経済の深手」に絶望するばかりではなく、過去の局面と比較した上で、何か違いを見出すことができないものか。その違いは資産価格にどのような影響を与えそうなのか。悲観に支配されず、客観的な視点と共に先行きを展望していきたいと思います。

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