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インタビュー情報だけで顧客を理解したつもりになってはいけない~人類学的思考とマーケティングリサーチ~

社会的な面から人間について考察する人類学を、リサーチに活用しようとする動きが出てきた。

日本経済新聞 人類学者がリサーチに参入 「参与観察」で対象に迫る

文化人類学や人文知の視点をビジネスに活かそうとする動きが広がっています。

象徴的なリリースとして、COTEN社がサイバーエージェントと人文知分野における業務提携を行うリリースがありました。

私も大学時代に文化人類学を学んでいたこともあり、改めて人類学・人文知の考えの可能性について、考えたことを書いていきたいと思います。

断片情報でわかったつもりになることの危険性

マーケティングリサーチをしている中で、最も気をつけたいことは、断片情報を見て「わかったつもり」になってしまうことです。

例えば、顧客のニーズを理解するために、
・ユーザーインタビュー(顧客の話を直接聞く)
・ソーシャルリスニング(SNS上の投稿を集めて理解を深める)
などを行うシーンでも、自分たちが求める意見を集めて、都合の良い判断をしてしまうことがあります。

リサーチは市場や人間=顧客理解のために行うものですが、相手ではなく自分のことばかり考えてしまっている状態。

この状態から抜け出すためにはどうすれば良いか…ということはずっと考えてきました。

自分の「外」に出て思考することの大切さを理解するためのヒントを探ろうと、読み返しているのが「アンソロ・ビジョン」です。

「他者の視点で見る」技術を人類学から学ぶ

アンソロ・ビジョンのテーマとなっている「人類学的思考」でビジネスを視るということ。

人類学は、他者の日常(フィールド)に入り、ともに過ごし、観察をしながら、文化理解をする学問だと捉えています。

この思考に、先程の自分たち都合で相手・社会を視る状態から抜け出すヒントがあると感じています。

自分の生き方が「ふつう」で、それ以外はすべて「変」だと思うのが人間の常である。だがそれは間違っている。人類学者は、人にはさまざまな生き方があり、誰もが他者の目から見れば変だということを理解している。これはとても役に立つ考え方だ。他者の視点で見ると、自分自身をより客観的にみることができ、そこに潜むリスクやチャンスに気づくことができる

ジリアン・テット. Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界 (日本経済新聞出版) (Japanese Edition) (p. 114). 日経BP.

読み返していて、重要だと感じたフレーズを紹介しながら、ビジネスと人文知・人類学を繋ぎ込む考え方を整理してきます。

その人が語らないことに目を向ける

言葉から伝わる熱量と、実際の行動は乖離していた。このパターンも人類学者から見れば、やはり意外なものではない。どんな社会でも人々が口にする行動と、実際の行動のあいだには乖離がある。

ジリアン・テット. Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界 (日本経済新聞出版) (Japanese Edition) (p. 128). 日経BP.

人間を理解しようと思ったときに大切なのは、「その人が語らないことに目を向ける」ことだということです。

ユーザーインタビューでは、たくさん喋ってもらい、相手が言ったことからビジネスのヒントを探ろうとします。

しかし、言っていることに真実があるという思考は危険だと著者のジリアン・テットは書いています。

「相手が何を言わないかについて耳を澄ます」人類学の視点は、インタビューだけで相手をわかったつもりになってはいけない、と考えさせられます。

ビデオ・エスノグラフィーを取り入れたい

では、どうすれば、言葉にされない真実を理解することができるのでしょうか。

答えは「言葉ではなく行動を見ること」です。

そのための手段として参考になったのが、「ビデオ・エスノグラフィー」です。

話を聞くのではなく、行動をビデオで録画して、その記録を観察することで新しい発見を得るということです。

キニーさんという人類学の視点でビジネス課題を解決する仕事をしている方のエピソードを引用します。

キニーはマルチメディア記録者のハル・フィリップスと組んで「ビデオ・エスノグラフィー」を実践した。カメラを使ってあらゆることを映像に収め、人々の相互作用を後から何度も繰り返し確認できるようにしたのだ。これは研究者にとって見過ごされがちなものに目を向け、全体像を理解するためのツールであり、ビッグデータを補完するものだった。

ジリアン・テット. Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界 (日本経済新聞出版) (Japanese Edition) (p. 170). 日経BP.

こうした情報を入手したうえで、キニーらは各家庭の学校、買い物、公園、自宅での様子をビデオカメラを使って追跡した。またプリムローズへの入園を希望する保護者向け説明会に出席し、終了後に参加者が車に乗り込む様子を撮影し、反応を調べた。 撮影された動画から、プリムローズの経営陣を悩ませていた問題を解く重要な手がかりが見つかった。保護者と教員では、保育サービスの概念をめぐる「意味の網の目」が異なっていたのだ。

ジリアン・テット. Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界 (日本経済新聞出版) (Japanese Edition) (pp. 170-171).

「意味の網の目」とは、文化人類学者のクリフォード・ギアーツによって提唱された言葉です。
文化は、人々の行動や思考を形成する複雑な象徴的意味のネットワークであること
・その文化圏独自の「意味の網」を読み解いて理解をすることが重要であること
を示しています。

キニーはビデオ・エスノグラフィーのアプローチから顧客の行動を観察することから意味の網の目を読み解いていきます。

そこから、
・保育園に求められていることは専門的なサービスではないこと
・関係性がある/親しみやすい人からの情報は信用しやすいこと
・先生に求めるのは、教育的成果よりも好奇心を育むこと
といった、文化的な意味の再解釈を行うことで、マーケティング成果を高めていったエピソードが書かれています。

行動観察から、保育園・先生への信頼が形成される構造が、対象の園では異なっていることを発見

ビデオ・エスノグラフィーは1つの手段ではありますが、「インタビュー=話を聞き言葉を抽出する」だけでは得られなかった洞察が引き出されていることがわかります。

インタビューすれば相手を理解できるという発想を捨てる

最近は、ユーザーインタビューの支援サービスが増えてきました。
簡単にインタビュー実施ができるようになったことは、とても良いことです。

しかし、先ほどにも書いた通り、インタビューで顧客理解ができたつもりになることは危険があります。

深く人・顧客を理解するためには、
・言葉ではなく行動を観察する
・そのために、喋ってもらうのではなく行動を見せてもらい観察する

ことが有効なのだと感じています。

行動観察を実践するためのオススメnote

最近読ませてもらった中でとても印象に残っているnoteにも、同様のことが書かれていました。

『「質問するな、動画を撮れ」ダイニーの圧倒的顧客思考によるプロダクト開発の鉄則』の記事です。

プロダクトの改善において、ユーザーのフィードバックは欠かせません。
しかし、ヒアリング・データにだけに頼るのではなく、実際の使用状況を動画で観察することで、より正確で有益なインサイトを得ることができます。

武本 光司さんnote 質問するな、動画を撮れ」ダイニーの圧倒的顧客思考によるプロダクト開発の鉄則 

「ユーザーインタビューでは、話を聞く、行動を見せてもらう時間をつくり、その行動を見返しながら記録する」ことから始めてみるのが最初のアクションとしては有効だと感じています。

スタンスとしては、
・文字・言語情報だけで顧客を理解したつもりになってはいけないこと
・行動を観察して(可能であれば共にして)、言葉にならない本音を理解すること

をもっておきたいところです。

人類学から学ぶ「他者」と向き合う態度

人類学者であるティム・インゴルドは、このように書いています。

他者を真剣に受け取ることが、私の言わんとする人類学の第一の原則である。このことは、たんに彼らの行動や言葉に対して注意を払えばよいという話ではない。それ以上に、物事がどうなっているのか、つまり私たちの住まう世界や私たちがどのように世界に関わっているのかについての私たちの考えに対して、他者が提起する試練に向き合わねばならないのである。

人類学とは何か

言葉、フレームワーク、データなどの外に出るからこそ見えることがある
言葉、フレームワーク、データで見えていることはほんの一部である
言葉、フレームワーク、データで人を理解しているつもりになってはいけない

人類学のテクニックではなく、「他者」を真剣に受け取る態度をもってマーケティングの仕事に取り組んでいきたいと思います。