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フレームワークの役割と限界

筆者は子供の頃から今に至るまで、数学にある種のロマンというか崇高さを感じている。

・・・・と言って、高等数学を使っているわけでも理解しているわけでもないのだが、この学問が纏っている、「この世の中の色々な事象が、シンプルに記述された法則で説明できてしまう」という点がとても美しく思え、真理を説かれているような感じがするのだ。

さらに。筆者には、昔から数学がシンプルな法則で世の中を説明しているように、その他のことも何らかの定理や法則に則って説明できる、という直感がある。

多分このように感じるのは筆者だけではないのではないだろうか?
その証左に、書店に入ってみれば、本当に色々な分野で、法則・フレームワーク・ノウハウなどを解いた書物が文字通り山積みになっている。

このような直感があるからこそ、人は、より効率の良いやり方や、近道を模索する傾向がある、ようにも思われる。

マーケティングやキャリアなどにかかる講義などに立ち、最後の10分間で「では質問を?」と投げかけてみると、聴衆から帰ってくるのは、たいていがその種の内容(近道やより上手いやり方を知りたい)である。
講義で「上手いやり方」としてのフレームワークやその背後にある考え方を説明しているところにオントップして、どうやればそれが更にうまく運用できるのか、を聞いてきているような感じで、まさに余念のない近道の追求。

人のことばかり言ってはいられない。我が胸に手を当ててみれば、質問者と同年代の頃の自分も、彼らと同様に近道探しに精を出していたし、なんなら今でもそのような考え方をすることはままある。

さて。
書籍やウェブサイトを紐解けば、それこそ銀座のネオンのようにたくさんのフレームワーク・法則の類が偏在している。

のだが、その中には、ずいぶん首を傾げてしまうような内容のものも多い。

筆者が専門とするマーケティングで言うと、ブランディング、インサイトといった概念はもはやバズワードと化していて、ずいぶんいい加減な内容なものも見かける。読者が書籍やサイトにヒントを求められる際は、くれぐれも内容を見極めてから参照されるように注意していただきたい。

ちなみに筆者は、マーケティングにおいては、

・商品・サービスのユースケース(いつ、どんな理由で、誰が、どのように使うか)をもれなく整理する

・ブランドは、一つ一つのユースケースを面とした多面体のような構造をしている、と考える

・インサイトとは、上記ユースケースのうち、「買う理由」とその背後にある心の機序のことである

・インサイトをこのように考えると、必ずしも未知のことではない。むしろメジャーなユースケースにおいては既知のことの方が多い

・全てのユースケースに通底する少数の要素、例えばブランドのミッションやブランドパーソナリティなどは不変の規定として扱う

という概念整理を持った上で

・ユースケースごとにポジショニングを整理する(=競合を定め、競合ごとに差別化要素を整理する)

・ユースケースxポジショニングを単位として施策を組み立てる。この時持てる資源をどのように配分するかにより、何単位を対象にするかは変わる

という流れで施策を作るのが良いと思う。これらについては近いうちに書籍にでもしようと考えているので、よかったら参考にしてください。

話を戻そう。
いい加減な内容ではない、しっかりと緻密に組み立てられたフレームワーク・法則に出会えた時、読者はどのように仕事を進めるのが良いだろうか?
こういった法則・フレームワークは、大体
(1)全体をどのように分類・分割して考えるか
(2)重点分野をどうやって決めるか
(3)どのような手順で仕事を進めるか
というような内容・流れになっているように思われる。
そして、この流れは、マクロからミクロという構造になっており、まぁまぁ不可逆である。

ということは、必然的に、フレームワーク・法則に沿ってやっていく場合、仕事を進める中で、機会や要素の見落としが無いように進めないと、「なにこれ?」という結果になりかねない。

のであるが、人はこの、機会や要素の見落としを常にやらかす動物である。現実世界は複雑であり、何かを実行したときに起きる反応の連鎖や、その場合わけなどを全部想定するなど土台無理だからだ。

例えばECサイトを作る、というような非常に限られた範囲のことだけ見ても、当初デザインの原則やカスタマージャーニーの考え方を押さえて作られた状態から、離脱を回避するために、とても多くの試行と改善を繰り返し、穴をつぶしていく。対象が現実世界であれば言わずもがな。

であるならば、フレームワーク・法則の類は、あくまで仕事の補助線である、と割り切って、そこそこの精度で企画し、小さく実行し、そこからのフィードバックをもとに改善を重ねていく、といったやり方の方がリターンが大きい施策ができる可能性が高いと筆者は思う。

しかしながら現場の仕事を見ていると、「もれなく、ダブりなく」などの掛け声のもと、想定の精度を上げるべく、プランニングへのリソース過剰投入が多く見られる。もちろん、精度の追求も重要なのだが、今日日最も重要なリソースである時間のミニマム化のためには、現実世界からのフィードバックを活用したPDCAの方に分があると思う。

上記に紹介した「筆者の考える概念整理・流れ」も同様である。筆者は自分なりにこの説明力は高いと思っているが、これを不可逆な流れとしてしまうと「なにこれ?」になることは大いにあり得る。

例えば、ユースケースをもれなく書き出すことは難しい。ユーザーは思いもよらぬ使い方をすることがままあるからだ。そして後からそのような発見が出たときは、躊躇なくプロセスを遡ってやり直すべきだ。

こういうこともある。
他でも書いたことなので詳述は避けるが、小売の企業でリブランディングを実施したとき、ターゲットユーザーを設定するやり方をしたことによって、品揃え・棚割などとの整合が取れなくなりそうになり、プロセス全体を見直したことがあった。
ブランディング施策を進めていく中で、ターゲットユーザの設定や彼らにとっての便益・価値の設計はフレームワーク・法則の流れの中では一丁目一番地のように感じられるが、それがうまく機能しなかったわけだ。

この時は、ターゲット設定は、人単位ではなく、人の中にある買い物意図にある、という考え方でプロセス設計がうまく行った。この時の学びは筆者の中で「人より意図」という座右の銘になっているのだが、もしフレームワークに固執していたら、このような学びは得られなかった。

ビジネスにおけるフレームワーク・法則の類は、解釈や観察を理論化したものであり、最大公約数的であり、数学のそれとは、だいぶ厳密性が異なるようだ。
絶対則、と捉えるのではなく、あくまで補助線として活用すべし。



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