ご都合主義極まるEUのエネルギー政策~基本的事実のQ&A~
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ご都合主義極まるEUのエネルギー政策~基本的事実のQ&A~

欧州委「天然ガスと原子力はクリーン」

1月1日、欧州委員会が脱炭素に寄与するエネルギーとして天然ガスと原子力に関する活動(gas and nuclear activities)を公式に認定する方針を発表しました。これにより天然ガスや原子力に対する投資がEUの行政府である欧州委員会のお墨付きを得るため、民間部門からの投資も促進されることが期待されます:


日本でも大変注目されているテーマでありますが、論点が混み入っていますので以下、Q&A方式で基本的事実だけ確認しておきたいと思います:

 Q1:そもそも「お墨付き」とは何か?

A1:正確には「EUタクソノミー」というEU独自の枠組みにおいて、当該事業が脱炭素社会に照らして「持続可能」と認めて貰えるという意味です:

周知の通り、EUは2050年までに域内の温室効果ガス排出量を実質ゼロとすることを目指しており、この目標が「欧州グリーンディール」の中核と位置付けられています。この野心的な目標を念頭に置いた上で、あらゆる経済活動が「環境目標に照らして持続可能か」というEU独自の基準で評価されます。この評価枠組みが「EUタクソノミー」であり、EUは将来的に企業の情報開示対象としてEUタクソノミーを求める意向と言われております。今回、欧州委員会は天然ガスと原子力に関する活動をタクソノミーに従い「持続可能」な事業と評価したわけです:

なお、EUタクソノミーは域内で一次法(条約)を根拠に制定される二次法としては最も重い扱いとなる「規則(Regulation)」であり[1]、これにより加盟国は国内法に優先して従う義務が生じます。

 

Q2:「お墨付き」を得るとどうなるのか?

A2:最も分かりやすいメリットとして、資金調達が容易になるという点が挙げられるでしょう。もちろん、EUタクソノミーに分類されない事業が禁止されるわけではありませんが、EUタクソノミーに照らして「認可された事業」と「認可されていない事業」では投資家の抱く安心感は当然異なるはずです。結果、資金調達上の有利・不利に直結すると考えるのが自然です。欧州委員会はEUの行政府なのだから、行政府の方針に抗うような事業にわざわざ投資する向きは少数派でしょう。上述したように、EUは将来的に当該事業がEUタクソノミー関連情報の開示を企業に求める意向であり、それが域内で経済活動を営むためのルールになりそうです:

とすれば、望む望まないにもかかわらず、企業はEUタクソノミーへの適合を急がざるを得ないのが実情と言えそうです。もちろん、財・サービスの提供において表面的に環境配慮を謳いながら実態を伴わないグリーンウォッシング行為が横行する世相を踏まえれば、これをけん制する枠組みとしてのEUタクソノミーは実務的にも必要と言えます。しかし、後述するように、今回の天然ガスや原発を巡る決定は政治的なご都合主義の産物であることも否めません。

ちなみにEUは2050年の目標(温室効果ガス排出量が実質ゼロ)の中間目標として2030年の温室効果ガス削減目標を1990年対比55%と設定しています。欧州委員会の試算では、その目標を実現するためには、2021年から2030年の10年間は過去10年間(2011~2020年)と比較して毎年約3500億ユーロの追加投資が必要になるとされています。これは2020年のEUの名目GDP(約13.4兆ユーロ)の3%弱であり、公的部門の支出だけで賄うには大きな額です。よって民間部門からの資金調達で補完するためにもEUタクソノミーのような動機づけが企図されている面もあるわけです。

なお、EUタクソノミーは域内で事業展開する企業が対象になるので、日本企業にも影響は及びます。タクソノミーで認められない事業の価値は劣化するでしょうから、欧州市場から撤退するか、EUの土俵に乗って戦うかしかありません。

Q3:天然ガスと原子力の「お墨付き」はEUの総意なのか?

A3:総意ではありません。EU内部でも足並みは相当乱れています。EUタクソノミーは自動車における二酸化炭素(CO2)排出量の基準に関し、25年末までは50g/km未満、26年以降はゼロという基準を掲げ、これは意見集約の上、一部適用が始まっています。しかし、天然ガスや原子力は欧州委員会の方針が開示された今も意見集約が上手くいっていません。

そもそも、天然ガスや原子力を「持続可能」と評価することに関し、そのロジックに相当怪しさがあることは誰しもが感じるところでしょう。例えば、原子力発電はCO2を排出しないという点でクリーンですが、放射性廃棄物という点でクリーンではありません。温暖化だけが持続可能性の評価軸ではないのだから「脱炭素を実現するために放射性廃棄物は許容する」というのは、今冬の電気代高騰に疲弊したEUのご都合主義と言われても仕方ないでしょう

一方、天然ガスはどうでしょうか。石炭と比較すればCO2排出量が少ないですが、CO2を排出するという点に拘るならばクリーンではありません。「相対的にまし」なものを「持続可能」と呼べるなら、CO2回収・貯留(CCS)機能付きの火力発電を念頭に石炭もタクソノミーに分類される余地は残ります(この辺りは専門家の議論に譲ります)。また、政治・外交的に言えば、天然ガスの利用を認めるその先には「ノルドストリーム2」の活用、すなわちロシアへのエネルギー依存を許容するという意味も孕みます。「脱炭素社会を実現するためにロシアにエネルギー依存する」という点も今一つ釈然としません。欧州委員会はそういう外交姿勢を許さない姿勢だったと記憶しますがエネルギーの話になると許されるということでしょうか。

こうした怪しいロジックに基づいていることもあって、実際、加盟国の思惑は一致していません。周知の通り、盟主ドイツはメルケル前政権からの既定路線を貫き、過去最悪の電力不足(かつ電気代高騰)の真っ最中にもかかわらず「2022年末までに原子力発電の完全廃止」の旗を降ろしていません。昨年12月31日には計画通り、3つの原子力発電所が運転停止に至りました。そのほかEUではイタリア、デンマーク、オーストリアなどが反原発陣営ですが、原発も火力も封じれば必然的に天然ガス(≒ロシア)の利用に依存せざるを得なくなる実情があります。その危うさを指摘する声は大きくなっており、「2022年末までに原子力発電の完全廃止」はドイツ国内でも修正を求める声が上がっているようですが、ショルツ新政権において緑の党が隠然たる影響力を持つ以上、一筋縄ではいかないでしょう。

片や、EUではフランス、オランダ、フィンランド、東欧諸国などが原子力の活用を訴えており、今回のグリーン認定に執心していたと言われています。昨年11月、マクロン仏大統領は国内で原発の建設を再開すると表明し、次世代型の小型炉開発にも注力する姿勢が報じられています。東欧などは電源構成の主力が火力発電なので天然ガスや原子力がなければ経済が立ち行かなくなります。EUはどのような分野の議論でも中途半端な折衷案が最終案として生き残りやすい場所です。今回もそうでしょう。「脱原発のために天然ガスが必要なドイツ」と「原発ビジネスに旨味を見出すフランス」の間を取った結果が天然ガスと原子力をグリーン認定するという着地なのです。

こうした政治的な意図が見え透いた議論自体、「グリーンウォッシュ」に思え、そう感じるのはもちろん筆者だけではないでしょう。欧州委員会は1月中にも最終案を公表し、その後欧州議会に諮られることにあるが、ドイツ、イタリア、スペインなど大国を擁する脱原発陣営の抵抗は予想されます。しかし、上述したように、天然ガスのグリーン認定と引き換えに脱原発陣営も押し黙る公算は大きいと言えます。そもそも原子力に反対する勢力自体が少数派であり、数の力では全く及ばない現状があります。今や欧州では「原発回帰」が一つの潮流になっているようにも見えます:

 Q4:日本のエネルギー政策への影響は?

A4:上述したように、EU域内で事業を展開したいのであればEUタクソノミーに乗るしかないという雰囲気が醸成されつつあります。 もっとも、今回のEUの動きは、東日本大震災以降、日本ではタブー視されてきた原発利用の議論を再考する契機として注目度は高いと言えます。

今回の欧州委員会の挙動は「脱炭素と脱原発は両立不可」という現実を認めた結果でもあり、当然、日本も避けては通れない争点です。ご都合主義のEUに倣うことなく脱原発を進め、脱炭素には追随しないという道も論理的にはあり得るでしょう。しかし、今の国際情勢に照らすとそれは相当の胆力を要するものです。だとすれば、原発の位置づけはどうしても議論が必要になる。昨年9月の自民党総裁選では次世代原発の小型炉に関し新増設を進めるべきだとの意見も見られましたが、現状ではその是非すら議論されません。

EUの決断は確かにご都合主義ですが、同時に現実主義でもあり、電力事情がひっ迫している以上、早めの決断が必要であったのも事実です(もっともそういう状況を作ったのは他ならぬEUですから自業自得ですが)。

いずれ決めなければならない難しい論点に関し、EUが先陣を切ってくれたこと自体、ポジティブな話とも言えません(本来は自分で決めて欲しいと思うものの)。結論をどちらに振るにせよ、現在の中庸路線が解決策にならないことは見えており、今回の一件を受けて止まっていた日本のエネルギー政策に関する議論が動き始めるならば不幸中の幸いでもありましょう


[1] EU域内で一次法(条約)を根拠に制定される二次法は、域内で直接的・間接的に企業や個人を規制する法令は規則(Regulation)、指令(Directive)、決定(Decision)、勧告(Recommendation)、意見(Opinion)がある。加盟国の国内法との関係や法的拘束力はそれぞれ異なるが、規則は国内法に優先するため最も重いものである。

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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)
04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です