見出し画像

顧客フィードバックの誤用から考える、顧客志向の失敗

資本主義社会におけるビジネスは顧客の自由選択によって成り立っているため、必然的に多くの企業が顧客を大切にすることを理念や社是に明記していますが、日本経済新聞が実施した調査結果によると国内主要サイトの6割でダークパターンが確認されてしまいました。

実際に起きていることは真逆の事象で、企業の都合を顧客に押し付けている事象が散見されています。

とは言っても、経営者が意図的に顧客を騙したり、搾取しようとしているわけでもありません。

デジタルネットワークの普及で企業は顧客とつながりやすくなったこともあり、提供する体験価値を高めて顧客との長期的な関係性の構築を模索する企業が増えています。その一環で、お客さまの推奨度を指標化するNPS(ネット・プロモーター・スコア)といった顧客からのフィードバックを計測する企業も増加しています。

こういった顧客の声に耳を傾け、顧客をよりよく知り、提供価値を高めてより深く長い関係性を築くことで企業の成長を実現していこうとする姿勢は、顧客志向を謳う企業の方針と合致したものになります。

しかし、ここで厳格に注意しなければならないのは、顧客志向の方針が実際に顧客価値を生み出す結果につながっているかどうかです。

もし、顧客からのフィードバックを重視するがゆえに、数値化した指標を従業員の報酬と結び付けたら真逆の結果を生じ得ます。財務データのように監査された数値とは異なり、顧客フィードバックは質問の仕方や対象者、聞く状況によっていかようにも変化しますし、操作も可能となるためです。数値の向上を賞与や給与に結びつけ、インセンティブとして利用すれば、容易に従業員の誤った行動を引き起こす結果となり、フィードバックに関連する業務は形骸化していきます。

これは星野リゾート代表の星野さんが旅館の経営を引き継いだ初期のころの話ですが、その当時は提供するご飯は美味しくなく、サービスも悪く、社員がお客さまへの価値提供を重視していなかったそうです。その状況を何とかしたく、顧客からのフィードバックを取って社員に公開しました。

「当時、星野温泉旅館の社員は、会社に対する忠誠心はなく、誰も利益を高めようとは思っていなかったが、自分自身がサービスを提供しているお客さまに満足してほしいという気持ちだけは持っていた。それぞれ仕事のスキルに高低はあっても、どの社員も持っているこの気持ちこそ、経営者が信頼し活用すべき能力なのだと私は気づいた」

社員の力で最高のチームをつくる:ダイヤモンド社

星野リゾートではお客さまの生の声に基づいて、全員が本気でお客さまに向き合うようになったそうです。

もちろん、情報が提供されるだけで効果があったわけではなく、正しい情報に基づいて従業員が自ら考えて行動する裁量が与えられたことや、仲間と協力して活動する文化や仕組みを整えていくことも重要です。それでも、顧客志向の方針を顧客価値として結実させるための根幹は経営者が従業員を信頼することにあります。

過去の戦争で敵に遭遇し、近距離で相手の顔を見てしまった大半の兵士は、その相手を撃つことができなくなってしまったことが歴史的に検証されています。人間はメディアで喧伝されるイメージよりも実際には優しく、誰かを傷つけることを好んでいないことがわかっているのです。

ましてや、自分たちのお客さまは敵ではありません。お客さまをよく知った上でダークパターンのような顧客を傷つける行為を意図的に行える人が多く存在しているとは到底思えません。

問題はデジタルチャネルやデジタルサービスでは想像以上にお客さまの顔が見えなくなってしまっていることや、間違ったインセンティブ制度で活動が方向付けされてしまっていることです。

顧客志向を標榜するのであれば、経営者はこれまで以上にお客さまの声を正確に収集し、社員を信頼して情報を公開して、その扱いを任せていくべきなのです。

内容に気付きがあったり、気に入って頂けたら、ハートマークのスキを押して頂けると有難いです。励みになります!