療養期間短縮は妥当な判断なのか?
9月に入り残暑は残るものの、しのぎやすい日も多くなってきました。お盆が終ると増える、学校再開で増えるなど、診療現場におられない一部の有識者は昨年と同様のことを公言していましたが、やはりそのような結果にはならず夏の終わりとともに新型コロナの感染者が減少傾向にあるようです。
診療をしていても9月に入ってから発熱相談センターや患者さんからの問い合わせが減り、一時期は多くの発生届を登録することが問題視されたほどですが、今週は登録した日も少なく件数も1日1件程度です。このような状況になったことを踏まえてなのか、政府は様々な方針を打ち出すようになりました。3つの要点が以下です。
水際対策緩和は諸外国に遅れをとってしまったグローバル化の再開としては必須の対応であると考えられますし、医療提供体制を維持するためにはすべての患者さんの情報を網羅することは現実的ではありません。しかし療養期間の短縮に関しては、専門家会議の報告をみてもまだ議論の余地が残されているような印象です。
これまで10日間の療養が必要であった理由として、国立感染症研究所が公表したデータがあります。
「オミクロン株感染無症状病原体保有者由来の上気道検体における感染性ウイルス検出割合の評価」によれば、診断後4-5日目まではウイルス分離陽性症例数が80%であったが、6-7日目で12.5%まで減少し、8-9日目で0%になったということです。すなわち無症状者であれば8日目以降にウイルスが分離された人がいなかったということになり、これが無症状者は7日間は隔離が必要という根拠になっていると考えられます。
また「発症日から最終ウイルス分離陽性日までの累積密度分布関数」によれば、発症日から数えた隔離解除日が8日目で少なくとも16.0%、9日目で10.2% 、10日目で6.2%の残存リスクを認め、残存リスクが10%になるのは9.0日 (7.7-10.5日)であったということです。すなわち、10日経過すればウイルスが残っているリスクは10%未満になるので許容できる範疇ではないかという判断と考えられます。
さらに「オミクロン株感染者のウイルス分離試験陽性鼻咽頭検体中の感染性ウイルスの定量」によれば、発症後7日以降は感染性ウイルスが排出されていたとしても、その量は発症早期に比べて6分の1程度に減少しており、症状軽快後の感染性ウイルス排出量は、有症状期間に比べて5分の1程度に減少しているということです。すなわち、感染者のうち一定数は感染7日後以降もしくは症状軽快後もウイルスを排出しているが感染性ウイルスの量は発症早期や有症状期に比べて低く二次感染リスクも相対的に低下しているので症状の有無などによって外出許可を検討したのではないかと考えられます。
この解析はいずれも100検体・症例未満とかなり少なく、2022年1月までの集計であるので現在主流となっているBA.5においてどこまで信憑性があるかどうかは不明確であると考察していますが、このデータに基づけば、症状があり新型コロナと診断された人が発症から8日目から隔離が解除された場合、15%程度の人は他の人にうつす可能性が残されているということになります。この数値を「15%もうつす可能性がある」と捉えるか「15%程度であれば許容範囲で大した問題にはならない」と捉えるかによって線引きが決まってくるわけです。このあたりは現場で新型コロナの診療に携わる医療者と机上でデータを解析する専門家との間に温度差があるように感じます。
米国の論文でも6日目あたりが目安になるようです。
米国のコホート研究で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後の症状持続期間と家庭用迅速抗原検査(RAT)陽性との関連性を検討した。2022年1月5日から2月11日までに40例(平均34歳、女性57.5%、ワクチン3回目接種完了90.0%)を登録し、COVID-19診断後6日目以降のRAT陽性率、COVID-19症状、ウイルス培養陽性率を比較した。配列決定した株の96-99%がオミクロンBA.1だった。6日目にRATが陰性だったのは10例(25.0%)のみで、14日目には全例が陰性となった。RATが初めて陰性となった日までの平均期間は、無症候性患者7例が8.1日だったのに対し、症候性患者33例では9.3日だった(P=0.14)。症状がないと報告した患者でも、6-14日目にRATが陽性となる頻度が高かった(68%)。17例が6日目にウイルス培養検査を受け、そのうち12例はRATが陽性で培養結果も陽性だった(前鼻腔5例、口腔1例)。両部位で陽性となった症例はなかった。6日目に症状がないと報告した9例中7例(78%)の培養結果が陰性だった。
考察として、RAT結果のみに頼ってしまうと感染性のない患者の隔離を不当に延長する可能性がある一方、症状の改善のみに基づいて隔離を終了するのも培養陽性の潜在的に感染する可能性のある患者を早期に解放するリスクがあるので、適切なマスク着用と10日目までのリスクの高い感染場所を回避させる重要性を強調しています。
結局のところ、「7日はダメで8日なら大丈夫」ということではなく、「解除されても10日くらいまではまだリスクが残存するので人と接触することを避ける、例えば「出社する場合は時差通勤をする」「社内ではマスクを外して会話する機会をもたない」「同僚とランチなどにはいかない」「食事をする時は一人で黙食をする」「家庭内でも子どもと遊んだりしない」など、「個人個人があと数日間の努力をしてください」ということなのでしょうが、この説明がきわめて重要であるにもかかわらず不十分であるように思えてなりません。一部の人たちには短くなったことだけが理解され「解除したから飲み会」とか「友達と遊びに行く」とか、何をやっても良いように捉えられてしまう恐れもあるでしょう。実際にこのような一部の人たちが拡げてしまうかもしれません。
その一方でほとんど人と接触しない行動、例えば「マスクをして自宅周辺を散歩する」などであれば他の人にうつすリスクはほぼないことから、療養期間中でも許容すべき行動であるとも考えます。これは無症状や軽症の方が療養中に新型コロナで体調が悪くなるよりも、自宅から一歩も出られないという過度のメンタルストレスによる体調不良の方が問題ではないかと思います。実際にそのように打ち明けて下さった患者さんもいるからです。
感染対策は言われたこと(出された問題)にすべて応える(正解する)だけにこだわらず、公衆衛生の維持として「周囲に拡げない」ということが重要です。すわなち100点満点をとることが一概に優れているとは限らず、60点であっても社会機能が維持できていれば成績が悪いわけではないのです。新型コロナは法律の壁(偏差値)がいまだに高く、社会全体が乗り越えることが困難(特別視)である状態のままです。許容できるところは根拠をもって許容し、歯止めをかけるための手段をしっかりと持つべきであると考えます。