麻しん報道に思うことー歴史的背景から紐解く冷静な判断ー
先月報道された「はしか」関連の報道がまだくすぶっているようなので、過剰な不安を抱くことのないように流行状況やワクチンの歴史的な背景などを踏まえて概説したいと思います。
一般的には「はしか」と呼ばれることが多いですが、病名は「麻しん」です(「疹」が常用漢字ではないので平仮名を用いているようです)。麻しんの最初の流行地は紀元前3000年頃の中近東地域であったと考えられています。日本では平安時代以降文献に登場する疫病の一つである「あかもがさ(赤斑瘡・赤瘡)」が現代の「麻しん」に該当するというのが通説といわれています。江戸時代には13回の大流行が記録されており、1862年の流行では
江戸だけで約24万人の死者が記録されています。徳川綱吉の死因が麻しんであったとの記録もあるようです。NHKドラマで架空の「赤面疱瘡」という疫病が出てきましたが、これは麻しんの流行を描写していたと思われます。
麻しんワクチンの歴史的背景ですが、1966年に不活化ワクチンと生ワクチンの併用(KL法)による麻しんワクチンの接種が始まりましたが、1969年から新たに開発された弱毒生ワクチンに切り替えられました。その後1978年10月から定期予防接種に組み入れられ、1989年からはMMR(麻しん+風しん+おたふくかぜ混合)ワクチンが導入され、定期接種のワクチンとして麻しんワクチン、MMRワクチンのどちらを接種してもよいことになりました。しかし、MMRワクチン中に含まれるおたふくかぜワクチン株による無菌性髄膜炎の多発から1993年にMMRワクチンの接種が中止となり、2001年の流行を契機に2006年度よりの第2期接種の開始、2008年度よりの第3期・第4期接種が開始されたことで感染者が大幅に減少するようになりました。さらに2010年以降は日本古来の土着ウイルスはなくなり、海外からの輸入症例のみとなったことを受け、厚労省は2013年9月に排除状態と宣言し、2015年にWHOによる排除認定を得ています。すなわち、日本における麻しんは、もはや子どもの感染症ではなく「成人」の「輸入感染症」であるということです。
このような歴史的背景を踏まえると、1978年以前に生まれた人は定期接種の対象外となっており、未接種であった可能性があります。しかしながら当時、麻しんは小児の感染症としての流行がみられており、罹患している人も少なくありません。麻しんは一度罹患すれば修正免疫が得られるので再感染することはありません。また1978年~2006年に生まれた人は1回しか接種していない可能性がありますが、こちらも「1回接種では無効」という訳ではなく「十分な抗体価が獲得できていない(=発症する)」可能性がある(但し症状は軽い)ということで、言い換えれば「1回でも十分な抗体価を獲得できている(=発症しない)人もいる」ということです。
私が研修医の頃は「生ワクチンは1回接種すれば修正免疫が得られる」という認識でしたが、周囲に流行がありウイルスが体の中に入る(感染する)ことで発症はせずに免疫が増強される環境であればの話であり、ほとんど発生のない環境では、いくら生ワクチンでも十数年経過すれば効果は減衰してきます。したがってより抗体価を上昇させる(=免疫を強化する・発症させない)ために2回接種が推奨されている訳です(ちなみに同じ生ワクチンでも黄熱ワクチンは1回のみの接種で一生涯有効であるとされています)。
麻しんは空気感染する感染症ですので、感染力が強く免疫のない方はほぼ100%発症します。これは教科書的なことで誤りではないのですが、本日気になった記事には新型コロナと掛け合わせて「コロナの次は…『はしか』3年ぶり流行“兆し” 免疫ない人は“ほぼ100パーセント”うつる強い感染力」などとあたかも「瞬く間に拡がる」「大流行が起こる」「怖い感染症」のような印象を与えてしまうような書きぶりです。2016年8月にも中国からの輸入事例を発端に関西空港での集団発生がありました(関西国際空港内事業所での麻疹集団感染事例について (niid.go.jp))が1か月で終息しており、当時は私自身も講演会でこの麻しん事例を取り上げた記憶がありますが、今回のような過剰な報道振りではなかったと記憶しています。確かに免疫がまったくない場合で近くに麻しんの人がいた場合にはほぼ間違いなく感染するでしょう(今回の新幹線での事例)。しかし上記のワクチンの歴史的背景からすれば、麻しんに対する免疫がまったくないのは保護者がワクチン忌避などの理由で定期接種ができなかった人、接種中断などで機会を逃した人、病気などで接種できなかった人、(調査はされていませんがもしかしたら)不適切な管理下にあったワクチン製剤を接種された人(これは新型コロナワクチンでも相次いでみられた事象です)などが中心と考えられますので、新型コロナのように大流行が起こることはまず考えられず過剰な心配をする必要もない訳です。多くの方はこのことを理解されていると思いますが、ただでさえコロナ不安がまだ払拭しきれていない状況の中で(注意喚起の意図があるのでしょうが)さらに不安を煽るような見出しをつけた記事を掲載するのか、きわめて理解し難いところです。ちなみに2022.8の日経新聞の記事では麻しんに関する内容を以下明記していました。
とはいえ、開発途上国ではワクチン接種率が高くないことから麻しんの患者さんが少なくはありません。特に開発途上国への海外渡航の予定がある方はワクチン接種歴の確認と必要に応じた追加接種、ワクチン接種歴や罹患歴が不明確な方は抗体検査による免疫状態の確認をお勧めします。
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