Googleの在宅25%減給は出社推奨ではない
かつて、日本社会は外圧に弱く、変化の多くは外圧によって生まれたと言われた。しかし、現代日本社会の硬直性は外圧があっても簡単には変わらないほど凝り固まってしまったようだ。特に、日本企業のデジタル嫌いは筋金入りだ。8月18日に、菅首相は何度目かわからないほどの回数となったテレワークの要請を経団連に行った。
しかし、テレワークの実施率は昨年4月に増えてからはほとんど変化がない。3割弱という低空飛行を依然続けている。この水準は、コロナ前の欧米以下である。コロナ禍という黒船の外圧では、日本企業のDXを劇的に変化させるには力不足だったようだ。
そのようなテレワーク嫌いの日本企業の溜飲を下げるようなニュースが舞い込んできた。Google が、遠隔地の在宅勤務者の賃金カットを検討しているという。しかし、このことは「出社を推進したいから、在宅勤務者の賃金をカットしたい」というメッセージではないことに注意が必要だ。
欧米の労働条件は個別契約が基本
米国はテレワークの導入率が、2015年時点で85%超である。間違いなく、世界で最もテレワークが進んだ社会だ。しかし、だからといって出社を軽んじているわけではない。デルタ株の流行によって延期されたが、Google も Amazon も9月から、現在は閉鎖しているオフィスを再開させる予定だった。
さて、ここで疑問が出てくるだろう。なぜ、テレワークの導入率が85%なのに、わざわざオフィスを再開させる必要があるのか。これは制度があっても、運用されていないだけなのではないかと。
ここに日本と欧米の人事制度に対する基本的なスタンスの違いがある。
日本企業の人事制度のスタンスは、基本的に「1社1制度」と呼ばれる。正社員のすべてが同じ人事制度の下、給与や処遇、労働条件が決まる。典型的なものが給与テーブルだ。等級に応じて支払われる給与幅が決まっており、正社員は割り当てられた等級で給与が支払われる。最近では、エンジニアなどの特定職種で水準の高い給与テーブルが使われることもあるが、それでもエンジニアという職種の中で共通の給与テーブルが用意されることが多い。
それに対して、欧米企業の人事制度のスタンスは、従業員個々人に応じて異なる個別人事だ。全社的な人事制度の大きな枠組みや基本方針が作られるが、具体的にどのように運用するのかは現場レベルに任される。特に、現場の責任者の権限が大きく、労働条件や解雇などの人事権を持つ。そのため、給与や労働条件は、基本的に従業員が交渉可能なものだ。もちろん、現場の責任者は権限を持つものの、人事の専門家ではない。現場のサポートとしてHRBP(ヒューマン・リソース・ビジネス・パートナー)という専門家が存在する。
このような構造に対して、大手前大学の平野光俊副学長は著書『日本型人事管理』の中で以下のように語っている。日本型の人事管理の特性は、情報処理やコミュニケーション、意思決定等の情報システムが現場に分権化されている一方で、人事管理は本社人事部に集権化される。一方、米国型の人事管理の特性は、情報処理やコミュニケーション、意思決定等の情報システムが本社人事部に集権化されている一方で、人事管理は現場に分権化される。
つまり、日本企業は人事制度の運用の方針は現場で決めることができる裁量の幅が大きいが、最終的な決定権は本社人事部に委ねられる。それに対し、米国企業は、人事制度の基本方針は本社人事部で決められ、現場は提示された枠の中で運用することが求められる。しかし、給与や労働条件などの人事管理の権限は現場の責任者の裁量が大きい。
この構造を在宅勤務の決め方に当てはまると以下の図のようになる。
欧米企業では、給与を決めるときに給与テーブルのような一律の基準が存在しない。それではどうやって決めるかというと、従業員に遂行して欲しい職務の内容に応じて給与が設定される。当然、すべての職務に対して値付けをしなくてはならない。しかも、競争力のある給与を支払わないと期待に見合った人材を獲ることができない。そこで、報酬設計チーム(Compensation team)という専門家が、〇〇という職務で、△△という地域で働くのであれば、××という労働条件が最適であるというように給与の設計を行う。以下の引用先は、Amazonにおける報酬チームの求人内容だ。そこでは、データ・サイエンティストやエコノミストといった高度な専門人材が雇われていることがわかる。
在宅勤務の話に戻すと、出社が前提であった従業員への報酬は米国で働くことを前提に設計されている。しかし、もし在宅勤務でインドや東南アジアなどの所得水準の低い国から勤務することになったとき、米国で勤務することを前提に作った報酬水準は相応しいものではなくなる。とくに、Google のようなグローバル企業は全世界から従業員が集まっている。そのため、在宅勤務の有無により、どの国や地域で勤務するかによって給与を再設定する必要が出てくる。
また、欧米企業では、在宅勤務が可能かどうかを決めるのは人事部ではない。現場の責任者が決めることであり、従業員からすると交渉可能な条件でもある。
例えば、Google の社内では、本社で雇われた日本人従業員が、東京とマウンテンビュー本社、それに配偶者の住むボストンの3都市で働くことを希望することもできる。現場の責任者が許可を出せば、その従業員は3都市で勤務が可能だ。反対に、情報漏洩のリスクが高い業務や物理的な業務が発生する業務のある従業員には、テレワークの希望が出たとしても上司が出社を義務付けることもある。
つまり、現場の責任者に権限移譲をするときには、テレワーク可能かどうかを選択できる自由度が重要になる。そのため、本社人事部としては、現場の責任者が選択できるように両方の選択肢を整備することが求められる。
日本でも、ジョブ型の導入がグローバル企業を中心に進められている。ジョブ型になるということは、本社人事部で従業員を一括管理することが難しくなるだろう。Google の記事は、権限移譲するときには、現場の責任者が意思決定の際に取ることのできる選択肢をしっかりと整備することの大切さを教えてくれている。選択肢がない状態で責任だけ押し付けられると、それは竹やりで爆撃機を落とせと言っているのに近しい状態になりかねない危険性を孕んでいることを、制度設計者は留意すべきである。