「危機を食う」メルケルの本領、再び
前回の拙稿「新規感染者数を巡る情報発信について思うこと~素朴な疑問」は大変な数の人に読んで頂いたようで恐縮するばかりです。あれから東京の新規感染者数は趨勢的に減少しており、何よりです。一応、本稿執筆時点の最新データを付けておきます:
なお、既に論じましたが、私はあくまで経済・金融分析の専門家でありますゆえ、感染症対策や現在起きているコロナ対策の医療的な実情は仔細に存じ上げません。よって検査数が少ないであるとか、政府が隠しているであるとかいった議論に加わるつもりはありませんので、そのあたりは諸賢の論考に任せます。とりわけ政府が隠しているとか、数字を操作している、というのであればそれを暴く!というのがジャーナリストたるものの本領でしょう。どうもその手合いはそこまで至らない人が多いように見受けられますが、新しい情報があれば是非参考にさせて頂きたいところです。
メルケルの復活、「危機を食う魔女」
ところで、コロナにまつわる関係では足許でドイツの外出規制が大幅に解除され、先進国でいち早く正常化に向かい始めたことが話題です。
危うさは指摘されながらも、感染症拡大に備えたコンチプランも7年前から議論されていたという報道もあり「さすがはドイツ」という評価も間々見られます。
元よりメルケル首相は博士号を有する優秀な科学者(物理学者)ということもあり、今回の危機において状況把握能力は各国首脳とは格差があって当然かもしれません。それよりも私が感じるのは危機を乗り越える度に強くなると言われてきたメルケルの神秘性のようなものがここでも発揮されたことに驚いております。
かつてコール前首相が献金疑惑で非難にさらされキリスト教民主同盟(CDU、当時は野党。※与党はキリスト教社会同盟で首相はシュレーダー)の支持率が大打撃を受けていた時、メルケルは新聞紙面にコールを批判する寄稿を行い、コールを辞任に追い込みCDUを再建に導きました。周知の通りではありますが、東ドイツ出身・科学者・女性・浅い政治経験のメルケルを表舞台に引っ張ったのは他ならぬコール前首相であり、それゆえ、このメルケルの一撃は「父親殺し」とも言われたそうです。それほどの一撃を新聞社に電話をして独断専行で行ったと言いますから、その政治的嗅覚と果断な行動力は半端ではありません。なお、ドイツにおける史上最長の宰相はコール前首相の4期16年ですが、来年メルケルがこれに並ぶというのは皮肉な話です。ちなみにコール前首相は2017年6月に亡くなられておりますが、その3か月後の同年9月の総選挙を経て、メルケル首相は現在の地位にあります。
2015年9月、メルケルが難民無制限受け入れによりEUは難民危機に見舞われました。この難民危機を境として、メルケルは自国経済が盤石であったにもかかわらず、支持率を劇的に落とし(21年の任期満了後)政界引退を表明するにまで至っているのですが、下の記事にもあるように、最近ではコロナ危機によって復活を遂げつつあります。メルケルに近づいた権力の殆どがその後表舞台から姿を消すことになる魔性のような一端は比較的よく言及があるものですが、さながら「危機を食う魔女」のようだという形容もこれから出てくるかもしれません。魔女と言うと仰々しいですが、これはメルケルの政治家としての優秀性を示すものに違いありません。危機で失脚する政治家が多い中、危機の度に強くなるという事実は本当に恐れ入るものがあります。危機に強いリーダーの方が国民は幸せに決まっています。
欧州債務危機も糧になった
ちなみに、多くの人々にとっては2009年から2014年にかけて勃発した欧州債務危機とドイツの振る舞いが思い返されるでしょう。財政支援を巡って頑なに首を振らないメルケルの姿勢は「マダム・ノン(ノーと言う女)」とも揶揄されてきました。危機の最中、2009年、2013年とメルケルは総選挙に挑んで勝利しています。域内を救った債権者としてのメルケルの地位は盤石であり、ユーロ瓦解の危機も結局はメルケルの足場を固める契機になったという評価は目立ちます(もっとも、周縁国の窮乏がユーロ安に繋がり、元々輸出強国であるドイツの背中を押したことも忘れてはならないでしょう)。
アフターメルケル
こと政治的嗅覚という点に関し、メルケルが他の政治家の中でも白眉であるというのは間違いなく、そのエピソードはまだ沢山あります。世界には非常に優秀で特異な女性リーダーが沢山いらっしゃいますが、恐らくその筆頭がメルケルであることに異論は多くないのではないかと私は思っています。
しかし、そのメルケルの時代も来年で終わりです。ユーロ圏の発足から現在に至るまで酸いも甘いも嚙み分けてきたメルケルの退場後、ドイツにはその跡継ぎが居ないことが懸念されています(これはその途上でメルケルに葬られてきたからですが・・・)。アフターメルケルがどうなっていくのか。特に経済・金融への影響に関し、曲がりなりにも欧州研究に携わらせて頂いている身として次の考えるべき宿題だと思っております。