コングロマリットのカーブアウト(事業切り離し)に盲点はないか
「大きいことは良いことだ」とばかりに事業ポートフォリオを肥大化させたコングロマリット(複合企業)が、シナジーの薄くなった事業を「より良い環境で育ってもらう」ために切り出すことは珍しくない。
日本企業の意識も変わったもので、利益を生み出す優良事業子会社であっても、グループの戦略に合わなければ、カーブアウト(事業切り離し)が当たり前の選択肢だ。例えば、日立グループにおける日立御三家(日立化成、日立金属、日立電線)の分離独立はそんな事例にあたる。
日本に興味を持つプライベートエクイティ・ファンドにも、カーブアウト後の新しい株主になる意欲の高いプレーヤーが多いようだ。
ただし、切り出される事業にとって経営の自由度が高まるカーブアウトには、見えないコストも伴うことに注意が必要だ。大きな傘のようなグループから出て独立するには、システムや制度の整備だけでは済まない障壁もある。カーブアウト後の事業会社は、このような事情をよく勘案して、長期のビジネスプランを立てる必要がある。
カーブアウトされた側の事業会社のCIOとして外から雇われた人材に話を伺う機会があった。彼の直属チームは、元からの生え抜きぞろいで、それは優秀だという。しかし、問題は後続世代の採用と育成だ。
まず、採用に元の親グループブランドが使えなくなったことで、優秀な人材を各段に採りにくくなったという。さらに、元のグループに属している限り、個社を超えたレベルで非公式な人材育成プログラムがあったという発見に驚いた。
巨大グループ中枢には、常に最新の技術動向を勉強し宣教する伝道師のような、彼いわく「マニアックな」IT人材が一定数いて、グループ傘下の事業会社のIT人材と横につながりながら、情報共有し、常に鍛えていたというのだ。
そのおかげで、事業会社では、中途採用によって知識をアップデートせずとも、一社内にとどまりながら社内教育によって、十分外部でも通じるような専門人材が育っていた―それが彼の直属チームというわけだ。しかし、グループを出た今、独立した事業会社で育つ若い人材にはこのような非公式な鍛錬プログラムはあるはずもない。
特に情報セキュリティなど事業運営の根本に関わり、さらに技術の変化が激しい分野での育成には苦労すると彼は語った。
複合事業体は、一社一事業に専念するピュアプレイに比べて古臭く見られがちだ。しかし、グループ全体の経済的・人的な余裕は、事業会社におけるIT人材の採用と育成のような、一見外から見えにくい恩恵をもたらすことを見逃してはならない。だからといって事業再編をしないという結論にはならないが、カーブアウト後の手当は、―特に短期志向なファンドが株主となる場合―注意が必要だ。