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フリーランス新法を下請法とは別に立法する意義

今年5月、いわゆるフリーランス新法が公布され、フリーランスと発注事業者との取引適正化が期待されています。

ところで、しばしば「フリーランス新法は下請法の引き写しに過ぎない」と言われることもあります。実際、ある時「下請法改正!」という記事が出たこともあります。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA137C90T10C22A6000000/

確かに遵守行為は下請法の禁止行為と類似

確かに、フリーランス新法が対象とする取引の類型は下請法と同じといってよく、また、遵守行為(第5条)は、下請法が定める禁止行為(下請法4条)とほぼ同じです(有償支給原材料等の対価の早期決済禁止、割引困難な手形の交付の禁止はフリーランス新法にありませんが)。

上記の「フリーランス新法は下請法の引き写しだ」というのはこの点を捉えての主張でしょう。

なお、「フリーランス新法には報酬支払遅延の禁止の定めがない」という主張があります。

https://roudou-bengodan.org/wpRB/wp-content/uploads/2023/04/%E3%80%904%E3%80%91%E7%89%B9%E5%AE%9A%E5%8F%97%E8%A8%97%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E8%80%85%E3%81%AE%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%81%AE%E9%81%A9%E6%AD%A3%E5%8C%96%E7%AD%89%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%A4%9C%E8%A8%8E%E3%83%A1%E3%83%A2.pdf

確かに、フリーランス新法の遵守行為の中には上がっておらず、分かりにくいですが、報酬の支払遅延については、第4条5項に規定されているので、誤解といえるでしょう。むしろ、フリーランス新法では、再委託の場合に特別の規律を置いています。

下請法と異なるところも多い

もっとも、当然ながら下請法と異なる点も多く、まさにその点がフリーランス新法の肝とも言えます。

①対象範囲の拡大

なによりも重要であるのは、対象範囲の拡大です。
フリーランス新法は、基本的に「特定業務委託事業者」から「特定業務受託事業者」に対して「業務委託」する際に適用されます。
これは簡単にいえば「従業員のある者から従業員のない者への発注」に適用されるということであり、下請法のような資本金要件はありません

ただ、これだけであれば「下請法を改正して資本金要件を廃止すればよいのではないか」ということになります。

ただ、対象範囲の点でもう一つ重要と思われるのは「業務委託」の範囲です。

すなわち、下請法の場合には、法律の名のとおり下請け構造にあることが必要になっているのですが、フリーランス新法の場合は、そうした構造あることは要件となっておらず、法律に定めらた類型の取引であれば広く「業務委託」として規制の対象となるのです。

ここが下請法改正ではなく新法としてフリーランス新法を制定した意義のひとつともいえるでしょう。

② 「取引」条件の明示義務

また、フリーランス新法固有の意義として、「取引条件の明示義務」があります。
「下請法にも『発注書面の交付義務』があるではないか」と思われますが、フリーランス新法では「取引条件の明示義務」となっております。

どういうことかというと、取引条件の明示にあたっては、必ずしも書面を交付する必要はないということです。
下請法でも電磁的方法(メールなど)による交付も認められていますが、下請事業者の同意が必要ですし、要件が細かく決められており、「例外」として位置づけられています。

フリーランス新法では電磁的方法による明示が「例外」ではなく、一般的に可能としています(ただし、書面交付が求められれば交付義務があります)。

この点はまさにメールやメッセンジャー等での受発注も多いフリーランス取引に合ったものといえ、フリーランス新法固有の意義と言えます。

③就業環境整備の規律

さらに、大きな特徴と言えば、就業環境整備に関する規律として、解約予告やハラスメント防止措置、育児介護等との両立への配慮義務等が課されている点です。

この点(第3章)は、厚生労働省の所管になり、まさに下請法にない規律ということになります。

何より「フリーランス」の新法を作ったこと自体に意義がある

さて、上記のようにフリーランス新法には、下請法と別個に制定する固有の意義というのがあるといえます。

とはいえ、上記①〜③については、下請法改正、労働関係法令改正だけでもやり切ろうと思えばできるでしょう。

しかし、トートロジーのようですが、何よりも「フリーランス新法」という法律を制定したこと自体に政策的意義があるといえます。

すなわち、これまでもフリーランスには下請法の適用はあり得ました(資本金要件の関係で外れることもありますが)。また、実態に照らして労働者性が肯定される場合には労働関係法令による保護もあり得ました。

したがって、やや不十分なところもありつつも、現行法においてもフリーランスとの取引は無法地帯ではなかったのですが、その点があまり認識されず、法律の執行も不十分ということがフリーランス政策のひとつの課題でした。

そのなかで、厳密には「フリーランス」という概念は用いられていないものの、「フリーランス新法」(政府の資料では「フリーランス・事業者間取引適正化等法」)という法律が制定され、まさに無法地帯ではないことをはっきりさせ、フリーランスに固有の規律を入れたこと自体が下請法改正ではない形で新法を制定した意義ともいえ、フリーランスが安心して仕事ができる環境整備として大きな一歩と言えると思います。

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