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イノベーションのジレンマならぬ、問題解決のジレンマ

問題解決につながらない問題解決がなぜ採択されるのか?

行政や大企業がメディアで打ち出す施策には、第3者の目線で見ると「なぜ、この企画が通ったのだろう?」と首を傾げたくなるときがある。最近はSNSが発達したこともあって、そういった施策に対して、ネットで騒ぎになったり、有識者が疑問を呈する場面も増えている。

例えば、教員人材の不足に対して、その解決策として文科省が打ち出した施策も厳しい評価が集まった。民間企業に教員志望の学生がとられないように、採用試験を1か月前倒しし、民間に流れることを防ごうという試みだ。

それに対し、日経新聞の有識者コメントであるThink!に寄せらせた意見は厳しめだ。サイバーエージェント 専務執行役員の石田裕子氏は「教職の魅力を効果的に伝え、若い世代から選ばれる職場環境(労働条件・多様な働き方・制度・風土など)を整えていく必要があるのは、民間企業と一緒ではないかと思います。」とコメントを寄せている。また、日本若者協議会 代表理事の室橋 祐貴氏も「教員志望の学生が教職を志すのをやめる最大の理由が長時間労働ですから、採用日程を前倒ししたところであまり効果は期待できないでしょう。」と厳しい評価だ。

このようなアイデアしか出ない文科省の人たちが優秀ではないのかというとそうではない。基本的に、中央官庁で働く官僚は非常に優秀な人材ばかりだ。それでは、なぜ優秀な人ばかりが集まる組織から出た問題解決策が有効性に疑問が生じるような結果になってしまうのか。そこには、1種のジレンマがあるように思われる。

問題解決のジレンマ

組織におけるジレンマというと、クレイトン・クリステンセンによる有名な『イノベーションのジレンマ』理論がある。大雑把に解説をすると、大企業にとって、新興の事業や技術は小さく魅力がなく映るだけではなく、既存事業を破壊する可能性(カニバリズム)があるためにリソースを割くことに躊躇してしまう。そうしている間に、新興企業が顧客にとって新しい魅力や価値のある商品やサービスを提供し、大企業が後れをとってしまう。

同じように、問題解決でもジレンマがある。問題解決のプロセスは、基本原理はとてもシンプルだ。「① 問題の本質を分析」し、「② リアルな情報を収集」して、「③ 問題解決のゴールと方向性」を決め、「④ 問題解決に必要なリソースを集めて組織作り」を行い、「⑤ 問題解決の実行」と「⑥ 実行途中の経過観察と修正」、「⑦ 問題解決の評価と改善」という流れが問題解決思考理論の基本形になる。

しかし、現実にはこのプロセスがうまく機能しない。それは、問題解決のために問題以外に配慮しなくてはならない事象が多すぎるためだ。例えば、問題の本質を解決するためには大掛かりな制度やシステムの変更にまで着手しなくてはならず、そこまで手を加える「権限もリソースもなかったり」する。
また、組織の役員クラスが若い時に作った制度やシステムが機能不全を起こしているが、度々、武勇伝として語られる制度やシステムを否定するような言動を部下がとることができないなどの「マネジメント上の問題」がある。

前者の「権限やリソースがない」時には、まずはできるところから始めて、徐々に変革の規模を大きくしていく長期的な戦略を描くことがある。古代中国の『戦国策』にある『先ず、隗より始めよ』だ。燕の昭王が食客の郭隗に優れた人材を採用するにはどうすべきかを聞いたときに、郭隗が語ったのはこの言葉だ。
「もし王が、優れた人材を広く集めようとなさっているのなら、まず私のような取り柄もない人間を重用してください。私のようなものさえ抜擢してくれるという評判がたてば、より優れた人間は、千里の道のりを遠しとせず、集まってくるでしょう。」
この言葉から、大事業を始めるには呼び水となる小さなことから始めるのが肝要だという。
このときに大切なことは、小さな事業の成功の延長線上に大事業があることだ。つまり、大事業のイメージから逆算して、今できる小さな事業がなくてはならない。よくある間違いは、スモールスタートだと言って、大事業のイメージがなかったり、かけ離れているためにスモールスタートだけで終わって発展しないことだ。スモールスタートで大切なことは、そこで得た成功体験を発展させて、より大きな事業に繋げることだ。大きな事業に繋がらないスモールスタートは、ただの小事業だ。

後者の「マネジメント上の問題」として、近年、注目を集めているのが、「組織文化のデザイン」と「心理的安全性」だ。
「組織文化のデザイン」は、Netflixのカルチャーデッキが有名だ。組織文化を自然発生的に創られる暗黙知の集合として定義するのではなく、事業戦略と結び付けて、意図をもって明示的に創り上げる。組織文化を意図的に創り上げ、明示化するということは、組織における意思決定の優先順位をつけ、何を重視し、何を切り捨てるのかを決めるということだ。特に、切り捨てるものを決めることで、問題そのものに焦点を当てて、集中することができる。
「心理的安全性」は、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態で、ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソン氏が提唱した。「心理的安全性」を欠いた組織では、問題の解決よりも、その場を取り繕うことが優先されてしまう。エドモンドソン氏の著書『恐れのない組織』では、2015年に発覚したドイツのフォルクスワーゲンによる排ガス不正問題が事例として紹介されていた。叱責や責任を取ることを現場の人間が恐れた結果、耳障りの良い都合の良い情報だけが上にあがるように忖度してしまう。その結果として、問題の本質が放置され、手に負えないほど深刻化したときに表出してしまう。

問題解決への集中を阻む事象を排除すべし

組織がなぜ問題解決できないかというと、一言でまとめると「余計なことに配慮しすぎた結果、問題に集中していない」ためだと言える。現実は複雑で、さまざまな事象や事情が絡み合っている、その結果として問題解決をしたくても、それに集中できるとは限らない。特に、組織が大きく、歴史と伝統からくる硬直性が高いほど深刻だ。
経営者であるならば、現場が問題に集中することを妨害するような事象を排除し、組織を整備することが必要だ。また、現場の従業員は上司や経営陣と人間関係を構築し、自分が問題解決に集中できる環境を獲得しなくてはならない。
組織の内部人材だけで、問題への集中が難しい時には、コンサルタントなどの外部の手を借りるのも有効だ。何に集中して、何を見ないと決めるのかという取捨選択は当事者だと難しいこともある。
なにはともあれ、問題が発生した時にはできるだけ早く手を打つ必要がある。いくら問題解決に集中できない理由を並び立てたところで、放置された問題はなくならない。それどころか時間とともにドンドン問題は大きく、複雑に、深刻になっていく。大きく膨らんだ水風船のようにいつ破裂するかわからない状態になる前に、問題は早期発見と即時対処で解決していこう。

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