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これからの時代の顧客との向き合い方を問い直す

私たちは現在、経済のパラダイムシフトという重要な変曲点に立ち会っている。

先日、山口周さんの『ビジネスの未来』を読んで、驚きとともに、最近違和感を覚えていた内容に対する答えを得たような感覚をもちました。

人類の歴史上、初めて経済成長率が上昇から下降へと反転する、まさにその瞬間を私たちは生きている」。

そして、その本の中にはさらに、ロナルド・イングルハート(ミシガン大学・政治学教授)によると、「経済成長と所得上昇が何よりも優先された『近代社会』から、生活の質や幸福実感がより優先される『ポスト近代社会』へとすでにシフト」していると指摘されています。

この本の一部の内容ではありますが、私自身も歴史的転換点に立たされている実感があり、すぐにそのとき連想されたのが、企業と顧客の関係も大きく転換しなければならない局面に来ているのだということ。

わたしたちがいるSaaSの世界では、顧客をデータでトラッキングする能力は確かに向上し、コンバージョンや解約率など数字は語られるけど、その先にいる顧客の顔はぼんやりとしか見えていない状況が散見されます。

私自身、他社のスタートアップの顧問をやる中で、自社プロダクトやサービスを使いこなしていただいている顧客に張り付いて、深い顧客解像度を持つべしというアドバイスを何度もしていて、そこから事業が大きく進捗することが多いです。

顧客との関係をより深くしていく重要性に気付かず、機会が放置されているなんとも勿体無い状況がそこにある。

私たちの事業領域でもあるカスタマーサポートにおいても、採用の困難さからテクノロジーの導入が進むことは非常にポジティブですが、顧客の体験は度外視され、問題解決とは別に問い合わせのしにくさを作ることで問い合わせが減少するようなテクノロジーの活用が蔓延しています。

これは、短期の問題を表面的に処理し、顧客が直面する実際の困難から目を背けることを助長しており、顧客体験の低下を招いています。

この誤った方向性から、そうした企業が長期的に顧客からの信頼を大きく失う未来が容易に想像できてしまうのです。

自分がビジネスをするにあたって当たり前に大事にしていることと現実は大きなGAPがあり、時代が求める顧客との関係性にはかなり距離がある。

そんな危機感から、これから変わりゆく時代に企業、特にスタートアップはどう顧客と関係を構築していくべきかをこのnoteでは考えていきたいと思って、筆を取りました。

1. SaaSのビジネスモデルの出現は、顧客との向き合い方を変えたのか?

SaaSの登場は、ビジネスと顧客の関係を根本から変える可能性を持っていました。

これまでのソフトウェアの売りきりモデルとは異なり、SaaSは月額や年額でのサービス提供を可能にし、顧客にはいつでも解約する自由が与えられています。

この契約の柔軟性から、企業は顧客のニーズに敏感になり、その満足度を維持するために継続的な努力が求められるはず。

理想的には、顧客一人ひとりのニーズに、日々updateされるSaaSモデルでのソフトウェアの提供により、顧客との長期的な関係が強化されると期待されていました。

SaaSモデルでは経営的にもchurn rate(解約率)やNRR(売上継続率)がKPIになっており、さらにはログイン数やトランザクションなど顧客の状態をトラッカブルなところもメリットと言えます。

顧客に向き合うスタンスは変化した一方で、トラッカブルになった弊害、つまり顧客をリードxx件、churn rate x%など数字で捉えすぎるきらいが一方で出てきてしまっているのではないか。

顧客の声は数値データに埋もれがちになり、企業は表面的な数字の改善に注力する一方で、本質的な顧客理解は二の次になっていく現状

結局のところ、SaaSのビジネスモデルは顧客に対する姿勢の最低限のラインの底上げの話であって、企業にとって顧客の価値を本質的に引き出す向き合い方とは程遠いと思っています。

むしろ数字に捉われすぎていて、本質からより遠のいた危機感すらあります。本来は、数値の先にある、数値に表れないところに、顧客の本当の価値があるのにも関わらず。

2. 顧客の向き合い方はRightTouchの創業で固まった

このような危機感が近年発生しているのは私の原体験からで、特にRightTouchの創業を経て、顧客の向き合い方が自分の中で確立していったところから、世の中とのgapを強く感じるようになりました。

顧客の力を知った原体験

社会人のキャリアをスタートさせたワークスアプリケーションズでのカスタマーセールスチームの立ち上げは、私にとって顧客の力を知る重要な原体験でした。

当時ワークスでは珍しく、顧客の要望を一切カスタマイズせずに製品の標準機能にしていくSaaSモデルに近いアプローチが取られていました。

まだ当時少ないスタートアップで、かつ新しいビジネスモデルを持った会社が、大手企業に契約を獲得していくには、セールスの新規顧客の獲得に重点を置くのは極めて自然なこと。

ただ、会社として新規獲得に比重が傾けられるが故に、既存顧客の満足度は低く、新規プロダクトの売上はほぼ新規顧客からのみで構成されていて、既存顧客の数が相当数になってもupsell, crosssellの割合は異様に低かった状況が長年放置されてしまっていたのです。

そこにビジネスとしての違和感を覚えた私は、既存顧客向けのセールスチームの立ち上げを企画し、サクセスチームとの連動性を高めることによって、満足度向上→cross-sellの爆増→新規プロダクトの採用、というサイクルを既存顧客に向き合うことで実現できることを知ったのでした。

満足度向上を図る中で、この会社なら何かやってくれるという既存顧客の期待が、実績のない新規プロダクトの採用に繋がり、製品への建設的なFBを生み、既存顧客から新規プロダクトの早い立ち上がりを作る基盤となる、これがカスタマーセールスを提唱するきっかけとなった原体験です(カスタマーセールスの詳しい内容は下記のnoteをご覧ください)。

創業のきっかけも既存顧客から

転職したプレイドでは、この原体験でRightTouchの創業に至りました。こんな流れです。

RightTouch創業のストーリー(筆者作成)

①プレイドで、新たなユースケースで大企業3社同時期に契約ができ、新しいユースケースに何か可能性がありそうな違和感を覚えたのがきっかけ。

②その3社の顧客で半年ほどで成果が出始め、可能性は違和感から確信へと変わっていきました。より深いニーズを知るために、early adopterである初期顧客のchampionと何度か議論する時間をもらい、下記の流れでより広い範囲での実証実験をすることに発展していったのです。

1. 製品に関わらないエリアも含め、部門全体で重要な課題は何なのかを聞く
2. 自分たちが多少背伸びしたら届きそうな課題とそうでない課題を整理する
3. 整理した課題に対するラフ提案を作って、再度ディスカッションする
4. championが賛同し、この取り組みをやろうと上申する
5. 上申が通り、実証実験をやり、更なる成果が出る

このプロセスを経て、よりカスタマーサポートという市場の解像度を上げて、どんな広がりがあるのかを検証しにいく必要があると、もはやここで止まることはできないくらいの大きな可能性を感じていました。

③マーケットの解像度が低かったため、調査レポートを買ったり、有識者にヒアリングをしたり、マーケット全体を俯瞰して捉える努力をしました。

また、実証実験を経て得たものをベースに、その他の顧客に提案したり、展示会にスモールで参加して、より多くの顧客にあてた時の反応も合わせて取りに行くようにしました。

その結果、契約した3社だけの反応ではなく、市場のバーニングニーズを捉えていることがわかってきたのです。創業までの詳細は割愛しますが、顧客からの着想を経て、こうした変遷でRightTouchを創業することになったのです。

改めて顧客とは何なのか

こうした原体験から、顧客と正しい形で向き合えば、顧客は自分たちのcapabilityを引き出してくれたり、引き上げてくれたりする存在であることがわかってきたのです。

マッキンゼーの調査でも、「最も成功した成長企業の価値創造の80%は、既存顧客から新たな収益を引き出すことで達成」ということが言われています。

(出典)Experience-led growth: A new way to create value

多くの企業が短期での「獲得トラップ」にはまり、逆に中長期目線を持つCXリーダーは既存顧客に投資をして、下記のようなクロスセル・顧客企業内での取引シェア・顧客満足度など多くの数字で優位な結果を実現しているのです。

ポイントは、「顧客と正しい形で向き合うこと」です。下記のような理想の顧客基盤を築くには条件があると思っています。「顧客の中で我々の重要性が上がる」「自社への将来の期待値が上がる」こと。

そのためには、自社からのgift、つまり顧客の成功が先で、顧客の期待は後からついてくるものということを理解する必要があります。下記のような事業の総合力が基盤となって、顧客への信頼貯金ができるわけです。

・セールスは顧客の成功をもたらす提案を心掛ける(効果が出ないと判断するものは、提案しない)
・サクセスは顧客の重要テーマを捉え、そのテーマにアラインして顧客の事業に貢献する
・エンジニアはプロダクトを通じて、顧客の課題の根本解決をする

その上で、顧客の成功が第一歩目で作れたとするなら、自分たちの成功は二の次で、顧客の次の成功をどこで作れるのか探りましょう。次の成功の場所に自社が合致するところがあれば、下記のいずれかを実行します。

・既存の機能の活用を促す
・まだ採用していないプロダクトを提案する
・今後のアップグレード予定にある機能をあてる
・今後の構想にあるプロダクトを議論してみる

こうした活動の蓄積によって、顧客は自分たちの未来をかなえてくれるパートナーだと認識してくれる訳です。

クラシコムの青木さんが表現されていた「お客さまにもできる限りのことをしてあげられるのがベストだとしたら、損得とか、良し悪しを一旦忘れられるような、そういう合理的な判断を忘れられる」顧客との関係こそが顧客のパートナーとしての理想だとも思っています。

私の持論として、顧客との特別な関係が構築できると、パートナーとして認められ、顧客は勝手にわたしたちの力を引き出してくれる存在となります。

RightTouchの事業でも、新プロダクトを構想段階から、ヒアリングや壁打ちに積極的にご協力いただき、リリース前から有償でご利用いただくなど、事業立ち上げの加速度を向上してくれているのです。

RightTouchでは『Co-creation Cycle』として、一つの新規プロダクト / 事業の立ち上げモデルを確立しています。

Co-creation Cycle(RightTouch共同代表・長崎作成)

こうした顧客基盤を年輪のように蓄積していけることが、自分たちが創りたい未来の実現に近づいていくための大きな資産であり、勝手ながら会社を越えた強力な仲間が増えていく感覚で顧客に接しています

3. 顧客の向き合い方そのものが事業だった

このような顧客の向き合い方がRightTouchの創業に繋がった訳ですが、そもそも事業は何をしてるのか、というとこれも顧客の向き合い方そのものだった訳です。

知られざるカスタマーサポートがもたらす経営へのインパクト

カスタマーサポートと言ってテンションが上がる人はいない。ネガティブな印象がつきまとう言葉ではあるんですが、実はカスタマーサポートは、企業にとっての唯一の顧客接点

そう見方を変えると、重要じゃないとは言えないはず。

モノやサービスが高度化して、コモディティ化している今、カスタマーサポートの良し悪しがダイレクトに事業成長に跳ね返る時代がきているのです。

『デジタル時代のカスタマーサービス戦略』より作成

こうした時代を先駆けるような経営改革の有名な事例がいくつかあります。

Steve Jobsが復帰したAppleは経営がガタガタで、まず立て直しで最初に着手したことはカスターサポートだということはあまり知られていない事実です。これによって、Apple Store、そしてその中でGenius barが誕生しました。

実際に自分もGenius barの体験で、Apple製品の一顧客からファンになったわけですが、Apple製品が故障しても、Genius barでの店舗体験は一切の無駄がなく、最初から最後まで自分の課題を解決できるスタッフの方が対応してくれて、完全にパーソナライズされたWowな体験だったのです。

『How Steve Jobs modeled the Apple store on the hospitality industry?』より作成

もちろんAppleの製品力によるところも大きいですが、故障してもこうした素晴らしいカスタマーサポートでの体験が、Appleコレクターを生んでいる訳です。

また、T-mobileにおけるカスタマーサポートを起点とした変革で、業績が急回復した事例もあります。

T-Mobileは業績不振に陥り、既存顧客の他社への流通が相次ぎました。これを機に、顧客への向き合い方を大きく変えました。

処理時間のような昔ながらの指標に縛られず、電話をくれたそれぞれの顧客の問題を解決するには、どうするのが一番良いか、そして顧客の維持率、ウォレットシェア、ロイヤリティを改善するにはどうするべきかを考えはじめたのです。

こうした新しいコールセンターのモデル導入から3年でTモバイルのサービスコストは13%減り、NPSは50%以上アップ、顧客解約率は過去最低レベルになり、業績の急回復を果たしました。

『Tモバイルは顧客対応の現場を知識労働に変えた』より作成

世界的にも、顧客の唯一のタッチポイントであるカスタマーサポートが経営の中心になって、既存顧客の満足を作っていくことが経営に大きなインパクトをもたらす証明になっているのです。

わたしが直接出会った顧客が教えてくれたこと

事業初期の探索期間中に、読んでいた本の中にICMIという国際的なカスタマーサポートの研修機関のfounderが書いた”Contact Center Management on Fast Forward”があって、Contact Centerが提供する価値には下記のような3つのレベルがあるとされていました。

Lv1: 効率性
Lv2: 顧客満足度とロイヤルティ
Lv3: 戦略的価値

Contact Center Management on Fast Forward

探索期間中に出会った先進的なユーザーたちは、まさにLv2を超えて、Lv3の戦略的価値を体現しており、自身がBtoBで得た顧客との向き合い方とカスタマーサポートの構造が類似していることに気付くきっかけとなりました。

経営が既存顧客と向き合うコールセンターをコストセンターと見ておらず、顧客の声を経営へのフィードバックと位置付けて、戦略的な位置付けに置かれているのです。

つい先日も弊社のユーザーであるauじぶん銀行の社長・田中さまにインタビューをした時(下記のHarvard Business Reviewの記事を参照)にも「お客さまとの接点を通じてお客さまの声を聞き、反応を感じ取り、それを会社全体に行き渡らせるのが当社のCS本部の役割」とおっしゃっており、顧客を大事にする姿勢と会社の強さは連動すると改めて感じたものでした。

自分が大事にしてきた顧客に向き合うスタンス、そしてRightTouchの事業でこれからも大事にしていこうとしていることは間違いないという確信が日に日に強まっています。

加えて、私が出会った顧客のような特別な関係を築ける素敵な企業を増やしていくことが自分の事業を推進していく大きなモチベーションになっていることにも気付かされました。

4. 変わりゆく時代に顧客との特別な関係をいかに創れるのか?

冒頭にも触れましたが、「生活の質や幸福実感がより優先される『ポスト近代社会』へとすでにシフト」しています。

身近でも、マーケティングは企業側が行うBtoCから、消費者同士で行うCtoCに変容するうねりを感じます。

モノに満たされてもなお物欲に訴えかける獲得偏重の時代の終わりを意味している。顧客の満足や成功する姿が伝播されていく世界に突入しているのです。

私たちの顧客はBtoBで企業ではあるけど、その先には顧客の顧客がいて、BtoBtoCの意識を強くもっていることは、実はここに起因しています。

自分たちの事業もそうですが、顧客の事業においても顧客の解像度を深く持てることが重要になるからです。

顧客の満足度をつくるのは最低限、その先に顧客とどう損得を忘れられるような特別な関係を築いていけるのか、が今以上に事業には不可欠になっていく未来は間違いなくなるでしょう。

顧客との特別な関係性を築ける会社を1社でも多く増やしたい。そんな素敵な企業が激増すれば、それがカスタマーサポートの変革になる。これが、RightTouchの事業に自分の人生の時間をフルベットする理由なのです。

さいごに

こうした想いを実現すべく、RightTouchの事業推進に奔走しています。いまRightTouchはエンタープライズ市場で急速に事業成長しており、一緒に働ける仲間を熱烈募集しています。

今回のnoteを読んでいただき、少しでもRightTouch自体に興味を持ってくれた方、ざっくばらんな雑談やカジュアル面談からでも大歓迎です。下記からお申し込みください。ぜひ話しましょう!


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野村修平
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