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提言②:前編 地方発、新産業に重要な3つの志向性

新産業創造では「大企業志向」を強く推し出す

日本は中小企業大国であり、人々の生活を支えてきた。特に、地方都市では中小企業こそが経済基盤を作り、都市の活気や原動力となってきた。「中小企業こそ大切にすべきであり、守るべきだ」という論調は日本経済の一側面を捉えているが、同時に足かせにもなってきた。

近年、「中小企業を守ろう」という論調に意を唱えているのは、小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が代表的だろう。

また、同様の議論は他の経営者からも聞かれる。ファーストリテイリングの柳井正氏は、企業規模を大きくすることに対して、創業経営者はもっと強い志向性を持つべきだと警鐘を鳴らしている。

同じく、ソフトバンクの孫正義氏も過度の中小企業保護と小さいことを美化する風潮に危機感を持っている。「非常にまずい。一番の問題は、戦前戦後や幕末に比べて起業家精神が非常に薄れてしまっています。「小さくても美しい国であればいい」と言いだしたら、もう事業は終わり。縮小均衡というのは、縮小しかありません。」という孫氏の言葉は、聞き流して良い言葉ではない。

これら日本を代表する経営者からの警告は、生産性を直ぐにでも高めなくてはならないという危機感が共通認識として基盤にある。20年前であれば、現在のビジネスから移行していこうという悠長なことを言えただろう。しかし、現状ではそのようなことを言う余裕がない。日本の国際競争力が急速に落ち込み、新産業創造に関する分野で後進国とまで呼ばれているのが、日本の置かれている現状だ。「高付加価値を生み出す事業」と「優れた労働生産性を達成する組織」の双方を満たす大企業が生まれるか否かが、分水嶺となっている。そして、首都圏よりも待ったなしの状況に置かれているのが、地方都市だ。


何もないところに突然、大企業はできない

まず前提となる「そもそも論」を述べると、大企業を生み出すことを志向するだけであれば地方都市で挑戦する必要はまったくない。資金や人材といった資源が揃っている東京で行った方が成功確率は高い。それでも敢えて、地方都市から大企業を生み出すことに拘るのは、そうしなくては地方都市が破綻することが明らかであるためだ。

特に、地方都市の中小企業は大企業ありきのビジネスで成り立っているところが多い。大企業の製品やサービスを販売する代理店、アウトソーシングやニアショアによる外注先などの、いわゆる下請けビジネスを生業にしている企業が多い。そして、下請けビジネスは、その構造上、財務状況の安定化と収益性に課題を抱え続ける。生産性を高めるためには、自分たちで独自の事業を創り出す必要がある。

しかし、独自の事業を創り出すことは容易なことではない。加えて、規模を拡大させるためには、事業が成功したときに更なる資金調達や人材の確保が必要となる。そのため、地方都市で成功を収めても、資源の豊富な首都圏に本社移転する企業も多い。ファーストリテイリングやDMM.comなど、創業地は地方都市であっても企業成長とともに本社移転した企業の例を挙げるときりがない。

大企業化のためには資源が必要であり、地方に残り続けてもらうためには、残り続けるという経営判断を下すための根拠が必要になる。資源のないところでは、大企業は生まれない。創業経営者の地元愛だけでは乗り切れない問題がそこには存在する。


成長企業に残ってもらうためにできること

事業に成功した企業が東京へ本社移転してしまうことはよくあることだが、地方都市に留まる事例も数多い。代表的なのは、豊田市のトヨタや浜松のスズキ、広島市のマツダなどが挙げられるだろう。このような歴史ある企業のほかにも、この約20年間で急成長を遂げた企業の中にも同様の事例を見つけられる。長崎県佐世保市のジャパネットたかた、福島県いわき市のハニーズ、宮城県仙台市のアイリスオーヤマが、その代表的な企業だろう。

これらの東京に本社移転をしていない企業に共通してみられるのは、首都圏などの大都市部の商圏に依存したビジネスモデルを構築していない点だ。例えば、自動車は最も大きな商圏は愛知県であり、東京は販売数では第2位だが人口一人当たりの保有台数は約0.32台と愛知県の半分以下(約0.70台)だ。人口一人当たりの保有台数で言うと、茨城県は約0.89台でほぼ人口と自動車が同数あることになる。人口一人当たりの保有台数は営業効率や生産性に直結する。地方都市に本社を置くことは、最も生産性の高い市場の声を反映しやすいメリットがある。

同様に、ジャパネットたかたのテレビショッピングというビジネスモデルも首都圏に依存しない収益構造を持っている。ジャパネットたかたの顧客層は8割以上が50代だ。この年齢層は、流行を追いかけることを好まず、買い物に労力を割きたくないがインターネットに抵抗感のある顧客層であるとも言える。特に、店舗数の少ない地方都市では、慣れ親しんだテレビという媒体で、店舗のように使用感を知ることのできるテレビショッピングは効果的な販売チャネルとなった。テレビショッピングという媒体も、市場の声を事業に反映させるために東京に本社を移転させる必要性はない。つまり、首都圏の市場規模を求めず、顧客や市場の声を事業に反映させることに支障がないのであれば、無理に本社移転させることはない。

ひろしまスターターズのインタビューで、ジャパネットたかた創業者の髙田明氏は、「なぜ、佐世保なのか?」という問いに対して、「どうして佐世保を離れる必要があるのか?」と答えを返している。

「情報もアクセスも決済の面でも、すべてのインフラが十分すぎるくらいに整っているでしょう。出ていく必要がどこにありますか?私は、地方の人が「地方の格差」を言い訳にした時点で負けだと思っています。重要なのは、“できる!”というエネルギーを持つことです。地方には、デメリット以上に良さもあり、それを強みに変えることも可能なはずです。」

髙田氏の言葉に従うならば、地方で新産業を生み出すために「地方の格差」を言い訳にしてはいけない。逆に、その地方の強みを活かして、ビジネスモデルを構築することを、これから新規事業を立ち上げる人々や支援する行政や大学教員は志向しなくてはならないと言える。


3つの志向性

これまでの議論をまとめると、地方都市から新産業を生み出すために、3つの志向性を持つことが重要であると言える。

第1に、大企業志向が求められる。労働生産性と付加価値の低さは日本全体の課題とも言えるが、地方都市での深刻度は危険水域にある。高付加価値と優れた労働生産性を生み出すためには、大企業の下請け事業に終始しがちな中小企業ではなく、大企業化を目指したベンチャー企業を生み出すことが求められる。

第2に、脱首都圏型の市場志向が挙げられる。首都圏は人口も企業数も多く、魅力的な市場だ。しかし、収益構造の首都圏に対する依存度が大きくなるにつれ、顧客や市場の反応を事業に反映させるために、地方に本社を置くことが制約になってくる。そのため、地方都市で新たに事業を興すのであれば、首都圏の市場規模に左右されないビジネスモデルを構築することが望ましい。

第3に、地方格差を強みと捉える志向性だ。幸いなことに、日本は世界最高峰のインフラ設備と物流システムがあるため、買い物や情報収集の面で首都圏と地方の格差はなくなってきている。日本のどこで起業をしても、東欧や東南アジアのどこで起業するよりも充実した支援を受けることができる。それでも、東欧や東南アジアからはユニコーン企業が生まれているのに日本から生まれていないのは、志向性や常識と言った自分で自分の可能性に枷をかけている人材の内面に原因があるのだろう。

そもそも、ビジネスの種は課題から生まれることが多い。課題に溢れた地方都市は、新たなビジネスを生み出す可能性の宝庫と言えるだろう。それでは、地方の課題を機会と捉え、強みとするためには、どのようにすべきだろうか。後編では、地方の強みの活かし方について考察していきたい。

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