人間以外の「アクター」と合意する ー気候変動について考えるヒント
「梅雨が長い」と感じませんか?
もう8月になろうというのに、蝉の声をまだちゃんと聞いていません。気温も安定しない。昨今の豪雨災害について、いちはやく復興を願うとともに、次にいつ大雨が降るのか、不安な気持ちになります。
こうした状況をとらえながら、「気候変動(と、COVID-19の感染拡大)後の地球のうえで、ぼくたちはどうやっていきていくべきなのか?」という問いについて考えざるを得ない状況になっています。
環境問題に興味が持てない・・・
しかし、気候変動や環境問題といわれると、どうしても説教くさく、なかなか関心を持てないという方も多いのではないでしょうか?ぼくもその一人でした。
気候変動の問題は、ビジネスの問題でもあります。環境・社会・企業統治に配慮した投資を行う「ESG投資」がトレンドとなっており、温室効果ガスの排出抑制や海洋プラスチック問題への取り組みを行うかどうかが時価総額に影響するからです。
とはいえ、なかなかとっつきにくい問題でもあると思います。この問題にぼくが関心を持てるようになったきっかけに「アクターネットワーク理論」という考え方があります。
ブルーノ・ラトゥールやミシェル・カロンといった哲学者が提唱するこの考え方の魅力について、今日は書きたいと思います。
アクターネットワーク理論の面白さ
「アクターネットワーク理論」とは、人間だけでなく、人工物や自然物も「アクター」とみなし、それらが絶えず変化するネットワークを生み出すという考え方です。
この考え方の面白さを感じ取るのにもっともわかりやすかった事例が、この本に書かれている以下のエピソードでした。
風車、強風、トウモロコシ
たとえば、次のような例を考えてみよう。ある山の麓の農村では、長い間トウモロコシをすりつぶすのにすりこぎが使用されてきた。
あるとき、他の地域を旅した村人Aが、風車と粉ひき機が使用されているのを目撃し、製作方法を学んで村に帰ってきた。彼は、簡素な風車を試作したが、山間から強い風がふきすさぶこの地域では風車の帆や翼板はしばしば吹き飛ばされた。
試行錯誤を経て、彼の風車は回転する先端部を持ちクランクと歯車が複雑に組み合わさったものとなった。今や風は安定して風車を回転させ、粉ひき機はすりこぎの何倍もの速さで作業を行うことが可能になる。
村人たちの多くはすりこぎを捨て、粉ひき職人のもとにトウモロコシを持ち寄るようになった。昔ながらのやり方を守ろうとする村人も少なくなかったが、村の生産量を向上させようとする尊重によって、自宅でトウモロコシをひくことは禁じられた。
最終的に、村人Aはその地域特有の強風に耐える風車を開発し、イノベーションを起こしたと言えます。
人間以外の「アクター」たち
さて、このエピソードに登場する「アクター」を整理します。
村人A :他の地域で学んだ風車の技術を持ち込む
村人たち :すりこぎから風車へ、手法を乗り換える
村長 :生産量を向上させるため、すりこぎの使用を禁止する
トウモロコシ:村の主要生産物
風車の技術 :他の村から持ち込まれる
強風 :最初の風車を壊し、のちに動力となる
風車 :強風を動力に変換し、トウモロコシを粉にする
禁止令 :すりこぎを禁じ、風車を用いるよう強制力を持つ
このように、人間以外にもさまざまなアクターが存在します。
技術が持ち込まれたばかりのとき風車が壊れてしまうため、これらのアクターはうまくネットワークを生成できませんでした。しかし、ひとたび風車がまわりはじめたとたん、風車を起点にそれぞれのアクターが有機的なつながりをつくりはじめます。
非人間存在との「合意」とは?
この考え方が面白いのは、「合意形成」のあり方を根底からゆさぶるところです。
ぼくたちが考える「合意形成」とは、人間同士の意見を合わせることと考えがちですが、アクターネットワーク理論の世界観では、「風車」をうまくつくることによって「強風」という存在と合意していく過程が描かれます。
非人間存在とも合意を図っていく必要があるのです。
ここで、気候変動の問題に視点を戻してみます。気候変動によって引き起こされる「豪雨」のようなアクターとは、ぼくたちはまだよいネットワークを築くことができていません。
この「風車と風」のようにポジティブなものに転換できるかはわかりませんが、これらの環境要因を一つの「アクター」として捉えることが気候変動の問題への対応を考えるうえでのヒントを生むと考えています。
身近な「人間以外のアクター」を思いやる
このような「非人間存在との対話・合意」という考え方をスムーズに行うためには、身近なものを「アクター」と捉えてみることから始めると面白いのではと思っています。
たとえば、食材や香水、街路樹、あるいは家庭菜園の土の中に存在する微生物など、非人間存在を見つけてみて、かれらとどのような「合意」ができているかを考えてみることから、気候変動によって変わってしまっている地球への想像力を培うことができるのではないでしょうか。
参考図書
上述したブルーノ・ラトゥールの著書。挑発的な文体が魅力的です。
気候変動の問題は、アートの世界でも重要なイシューの一つになっています。現在東京都現代美術館で開催中のオラファー・エリアソンや長谷川祐子キュレーターの文章など、充実のコンテンツです。