能太鼓を習って気付いた欧米と日本との働き方の違いとは
こんにちは、電脳コラムニストの村上です。
伝統芸能と言えば何を思い起こしますか? 歌舞伎や文楽、そして能といったものが出てくるかもしれません。多くの方にとってはなかなか鑑賞する機会がない縁遠いものと思われるかもしれません。わたしも以前はそのような存在として認識していました。
風向きが変わったのは、奇しくもグローバル企業で働き始めてからです。外資の日本支社にいると、定期的に本社からお偉いさんがやってくるというイベントが発生します(笑)。これは日本支社にいるものとしては大事なお仕事で、日本のお客様とのミーティングのみならず、日本市場をより理解してもらうための会食やアクティビティなどをつつがなく設定します。この成否によって予算がきたりこなかったりということがありますので、気が抜けません(外資系というとドライな印象がありますが、実態は現代の日本企業よりもウェットかもしれません)。
特に日本文化についてはどのエグゼクティブも興味津々で、特にシリコンバレー界隈では瞑想ブームと関連して「禅(ZEN)」への興味が深まっています。わたしも禅寺での瞑想体験に連れて行ったり、能や歌舞伎などの観劇を手配したりもしました。そこで気づいたのは、日本人である私自身が全然知識がないなということでした。
これはいかんということで、詳しい友人の手引で歌舞伎・文楽・能を定期的に見るようにしたのですが、そのときに出会った文楽の人形遣い(三代目 吉田簑助先生)に衝撃を受けてよくよく見るようになりました。その後、長年やりたかった茶道も稽古することになり日本文化を体感する機会が増えていきました。
お茶をやり始めると避けては通れないのが、禅と能。禅宗と茶の湯との関係は深く、茶会の床の間には禅語が掛けられることが多いです。なので、次第に禅語やその背景についても勉強することになります。能は最古の芸能であり、町人にまで広がった一大エンターテイメントです。道具の銘(名前)などは能由来のものも多く、読み解くためにはやはりその知識が必要です。ということで、芋づる式につながって学ぶことも増えていきます。
その背景を深く理解するには、実際にやるのが一番良いと考えているため、能も謡や仕舞くらいは学びたいなと思っていたところ、国立能楽堂主催の体験教室「楽しもう!能の世界」を見つけて全4回の講座に行ってきました。
太鼓方金春流の姥浦理紗先生がイチから丁寧にご指導してくださり、最終回にはちょっとした発表会も行いました。大小の鼓の先生も入り、本格的な演奏でした。姥浦先生は伝統芸能伝承者養成事業(研修制度)のご出身で、世襲が多い伝統芸能の中、研修生からプロとなった方です。少子高齢化の波は伝統芸能にも押し寄せており、今や伝統芸能の舞台には研修生が欠かせない存在となっているそうです。
わたしは小学校から吹奏楽、オーケストラ、バンド活動などで打楽器に親しんでいます。いずれも西洋音楽なので、基本的に五線譜のある世界です。ところが、和の音楽、特に能楽の囃子には楽譜というものがありません。どう叩くかというざっくりとした決まり事(手組)はあるはあるのですが、全体を表したスコア(総譜)がありません。では各パートをどう合わせていくのかというと、気合いです(笑)。根性という意味の気合いではなく、気そのもの。お互いの呼吸や間を読み合いながら、ポン!とやるわけです。もちろん、謡と舞に合わせるために楽器(囃子方)がいるので、そちらとも合わせなくてはなりません。自身の経験に照らし合わせると「ジャズ」の演奏に近いなと思いました。
このように西洋音楽と能楽のあまりの違いにびっくりしたわけですが、似たようなことを他でも感じたことがあるなと思い考えてみました。
1つはレストランでの体験です。特にフレンチと和食が似た構図だなと思いますが、フレンチの厨房はシェフが指揮者のように君臨しており、調理の工程やセクションによって役割分担が明確にあります。パティシエという名前はデザート担当として有名ですが、ソースを担当するソーシエであったり魚料理を担当するポワソニエであったりです。レシピというスコアもあり、シェフは見た目や味付けの最終確認をするものの、マネジメント職に近い存在でしょう(厨房にいる人数も多い)。
一方で和食の場合は大将が味のチェックは行いますが、本人も刺し身をひいたり盛り付けたりと調理も行います。カウンターで他のメンバーと並んで仕事をすることも多く、ちょっとした声かけや阿吽の呼吸で調理が進んでいきます。焼き方などの担当はありますが、ベテランの方はどの工程にも入っていく感じがします。
こうしてみると、まさに日本型とジョブ型雇用の話に近いものがありますね。役割分担を明文化してプロセスを整備してからチーム運営をするジョブ型と、現場のジェネラリストが活躍する日本型。このような形式は古来からの文化と深く関連があるのだなということを体感した貴重な経験でした。
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※ 画像は筆者撮影(国立能楽堂研修舞台にて)