生鮮品の劣化を防ぐ農作物コーティングと腐敗防止テクノロジー
2020年の夏は、日照不足の影響で野菜の価格が高騰した。キャベツ、レタス、ジャガイモ、なす、キュウリなどの主要野菜は、平年と比べても1.5~2倍に上昇している。異常気象が農作物の作柄に与える影響は大きく、梅雨の長雨や台風の他に、35℃以上の猛暑日が続くことでも、野菜は高温障害を起こして、発育不良や花粉の機能低下により受精ができなくなってしまう。
異常気象は世界に共通した問題であるため、途上国の人口増加も伴い、今後の食品価格は上昇していくことが予測される。その一方で、世界では年間に約13億トンもの食品が廃棄されている。これは、人が消費するために生産された食料の3分の1が廃棄されていることを示しており、フードロス対策を各国政府が法制化するようになっている。
日本でも、食品ロス削減推進法が施行されて、消費者と食品業者に対して食品ロスを減らすための啓蒙活動や、食品ロスの実態調査などを行うことが決められている。最初は緩やかな取り組みだが、2030年までには食品業者に対して食品廃棄量を半分にまで減らすことが義務化されていく見通しだ。
それに伴い、不要な食材をリサイクルするサプライチェーンの構築(フードバンク等)や、食材ロスが起きやすい容器の廃止など、具体的な規制も強化されていくことになる。買い物では、レジ袋の無料配布が禁止されてエコバッグを持参するようになったのと同様に、消費者の食生活にも変化が起きるだろう。
《フードロスを減らすための対策例》
○売れ残り食品のリサイクル(値引きによる再販や寄付)
○食べ残し持ち帰り容器の持参
○容器包装の改善
○量り売りサービスの実施
○食品賞味期限の管理と延長
フードロス対策としては、上記のような具体例が考えられるが、その中でも「賞味期限の延長」については、食品テクノロジー(フードテック)の面からも新たなビジネスが登場してきている。これまでにも、食品の鮮度を保つ方法として化学薬剤が使われるケースは多かったが、健康面への配慮から「安全に食品の鮮度を保つ技術」へのニーズが世界的に高まっている。
【農作物コーティングが生み出す新市場】
農業生産者から野菜や果物が出荷されて、スーパーなどで販売されるまでのリードタイムは、作物の種類によっても異なるが3~7日と言われている。それを過ぎれば商品価値が落ちるため、売り場から撤去されて廃棄への道を辿ることになる。
鮮度を保つために物流ルートを短縮化する工夫は色々とされているが、「農産物コーティング」という別のアプローチにより、生鮮品の保存期間を長期化する技術が投資家からも注目されている。農産物コーティングは、化学的な薬剤は使わずに、自然素材から抽出された成分を出荷前の作物に吹きかけたり、浸したりすることで、腐敗するまでの期間を2~3倍に伸ばすことができる。
カーネギーメロン大学で、様々な材料の特性を原子、分子構造から分析するマテリアル科学に取り組んでいた研究者が、2012年に創業した「Apeel Sciences」は、スーパーなど小売店舗で廃棄される農作物から抽出できる、腐敗防止コーティング剤の開発に取り組んでいる。
多くの野菜や果物には、自身を乾燥や腐敗から保護するための「皮」が存在している。この皮部分にはクチンという成分が含まれており、腐敗の原因となる細菌の侵入をブロックする役割を果たしている。
クチンの構造については、まだ解明されていない事も多いが、Apeel Sciencesでは実験を重ねる中で、熟成したアボカドの中からクチン成分を水溶液として抽出することに成功した。それを収穫したばかりのアボガドにコーティングスプレーすることで、腐敗までの日数が2~3倍に伸びることが実証されている。
アボガドの成功例は、開発段階の第一歩に過ぎないが、さらに研究を進めていけば、アスパラガス、レモン、リンゴ、イチゴなど、他の作物でもコーティング剤を商品化できる見通しだ。こうした農作物コーティングの技術は、従来の防腐剤や殺菌剤よりも安全であるため、生鮮品流通に革命を起こせる可能性がある。また、コーティング剤は、売れ残りで廃棄される野菜や果物を原料にできるため、フードロス対策の面から期待されている。
Apeel Sciences社のビジネスは、コストコのような大手スーパーチェーンとの提携により、独自のコーティング技術を施した野菜や果物をブランド化して販売することを目指している。
Apeel Sciences社に対しては、ビルゲイツの財団基金が創業期(2012年)に10万ドルの資金を提供している他、大手のベンチャーキャピタルも次々と出資をして、未公開企業ではあるが、2019年の時点で1億1000万ドルの資金を調達している。
日本では今のところ、事業者に対する食品廃棄量の削減は「努力義務」に留められているが、近い将来には強制力の高い法律へと改正されていく可能性が高い。販売者の努力だけで、廃棄ロスを減らすことには限界があることから、環境や健康面でも問題の無い自然素材を活用して生鮮品の賞味期限を延ばせる技術には、投資家、農業生産者、食品スーパーなどからの注目と期待が集まっている。
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