【日経COMEMO投稿募集】目的で設計する「出向」の4象限
日経電子版COMEMOにて、「出向」を題材とした投稿募集がされている。
目的に応じて内実が変わる「出向」の多様さ
出向というと、会社員人生にとって転機となる一大イベントだ。そこにはポジティブな意味が内包されることもあるし、ネガティブな意味が内包されることもある。
例えば、出向と聞くと「出世コースから外されて、飛ばされた」とみられることもあるだろう。これはネガティブな意味だ。反面、地方公務員が中央官庁へ人材育成を目的として出向することもあり、この場合はポジティブな意味で使われる。
また、最近ではコロナ禍で業績の苦しい企業から出向を命じられる場面も出ている。旅客数が激減したことで経営に苦しむ航空会社が、パイロットやキャビンアテンダントを外部へ出向させて糊口をしのぐというニュースは、この2年間で何度も見かけた。このような出向の使い方は、雇用の調整弁だ。
出向と一口で言っても、その在り方は様々だ。そして、在り方は出向によって組織が何を得たいのかという目的によって異なる。経済ドラマ『半沢直樹』では、主人公が銀行から関連証券会社に出向する場面がある。出向する半沢本人や周囲の人間は「飛ばされた」というネガティブな意味で捉えていたが、出向を命じた頭取は「人材育成」を期待していた。それでは、出向にはどのような類型があるのだろうか。本稿では、出向について、組織が構成員に何を期待しているのかという目的の視点から考察する。
「育成」と「雇用調整」という2つの軸
出向の目的を整理すると、「育成」と「雇用調整」という2つの軸が見えてくる。
1つ目の軸である「育成」を目的とした出向では、組織は出向を命じられた構成員に対して出向での経験を通して能力開発し、出向後に組織に還元することが期待される。そこで期待される能力開発は、主に2つの方向性を持つ。
1つは、ゼネラリストとしての能力開発だ。多くの自動車メーカーが、新卒総合職に販売ディーラーでの出向を命じる。これは「製造→販売」という自動車メーカーの基本となるサプライチェーンを学び、ゼネラリストとしての能力を開発することが期待されているためだ。
一方、ゼネラリストの対極に位置するのはスペシャリストとしての能力開発だ。組織内での職務経験やOJTでは学ぶことが難しい専門性を身に着けるために、組織外へ出向することによって、スペシャリストとして成長が望める。前者と同じく自動車メーカーの例で言うと、自社にはない製品開発の技術を学ぶために、提携関係にある別の自動車メーカーに出向して技術を学習するということはよく見られる。
2つ目の軸である「雇用調整」は、人件費や人材育成のコスト、年齢構成などの雇用の問題から発生する出向の目的だ。出向は、将来の転籍を想定したものもあるが、基本的には一定の期間が定められている。その一定の期間、組織外に構成員を貸し出すことで、その間の人件費や人材育成のコストを抑えることができ、組織内の年齢構成比を調整することも期待される。
雇用調整を目的としたとき、軸の一方に立つのは「高度な専門性が必要な職務」での出向だ。例えば、海外現地法人の経営者として、本社の従業員を出向させるときだ。海外現地法人が経営者として相応しい人材を社内外から登用しようとすると莫大なコストがかかるために、本社の従業員で専門性を有した人材を出向させて雇用を調整する。
軸の対極に位置するのは「専門性があまり求められない職務」での出向だ。この目的では、出向する人材にも出向先で任される職務内容にも、特別高度な専門性は求められない。比較的誰でもできる仕事内容だ。それによって、出向者が現場を知って見分を広げたり、一時的な経営難を乗り越えるために出向で人件費を抑制する。先述した航空会社のコロナ禍での出向でも、出向先は特別な専門性が求められないコールセンターが多い。
出向の4類型
「育成」と「雇用調整」という2つの軸で整理したとき、出向には目的に応じて4つの類型が見えてくる。
第1象限が、育成目的「スペシャリスト」と雇用調整目的「高度な専門性が必要な職務」を掛け合わせた「プロジェクト型出向」だ。プロジェクト型出向では、特定の専門分野での熟達や専門性の発揮が期待されて出向される。例えば、トヨタとスバルが共同開発している「GR86(トヨタ名)」「BRZ(スバル名)」では、両社のエンジニアが出向して共に開発することで相乗効果を生んでいる。特定のプロジェクトを完遂させるために、一時的に複数の組織からメンバーが出向して1つのチームを作っている状態だ。ITの開発現場でも似たような出向の状態をよく見かける。
第2象限が、育成目的「ゼネラリスト」と雇用調整目的「高度な専門性が必要な職務」を掛け合わせた「関連会社経営型出向」だ。前述した海外現地法人に経営者として出向するケースがこれに当たる。また、その他のケースとしてよく見かけるのがシニア人材の活用とされる役職定年後の子会社出向だ。特に、高齢化が進む日本社会で、定年退職の年齢が引き上げられることは確実だろうが、役職定年の年齢まで引き上げることができるかというと、組織の新陳代謝との兼ね合いで難しい経営判断が求められる。そうなると必然、第2象限での出向は今後増えていくだろう。
第3象限が、育成目的「ゼネラリスト」と雇用調整目的「専門性があまり求められない職務」を掛け合わせた「関連会社研修型出向」だ。自動車メーカーや総合建設業者など、新入社員や若手社員に現場を知ってもらうために研修の一環として出向を使う企業や業界は多い。また、グローバル化に伴って、従業員の国際化を促すために海外現地法人へ若手人材を出向させる企業も見かける。NPO法人クロスフィールズが推進している、派遣元企業から海外のNPOや企業に飛び込み、本業のスキルと経験を活かして、社会課題の解決に挑む「留職プログラム」もある。
第4象限が、育成目的「スペシャリスト」と雇用調整目的「専門性があまり求められない職務」を掛け合わせた「転籍想定型出向」だ。このケースでは、定年後再雇用制度でシニア社員が関連会社に役職無しで出向するときなとが当てはまる。また、経営難などで人件費をコントロールするために、一時的に組織外に出向させるケースも含まれる。この象限では、出向として一時的に送られることもあれば、そのまま転籍となることも多い。例えば、リーマン・ショックで経営危機に陥ったインテリジェンス(現パーソルキャリア)では、当時親会社であったUSENグループに従業員の何割かを出向・転籍とすることで乗り切ったことがある。
出向の目的を伝えているか?
このように、一言で「出向」と言っても、その目的によって異なる様相を呈している。しかし、ドラマ『半沢直樹』でもあったように、出向を命じられた従業員に出向の目的や意図、期待がしっかりと伝わっているかというと疑わしいことも多い。そのため、出向先でやる気がなくなってしまったり、仕事に対して熱意を持って取り組めなくなったり、自身のキャリアを見失ってしまうという好ましくない状態に陥る従業員も少なくない。
出向を命じるときには、人事や直属の上司が「何を期待して出向を命じているのか」「出向先ではどのような仕事をしてもらい、そこから何を学んでほしいのか」という目的を伝えることが肝要だ。米国ミシガン大学の教授 デイビッド・ウルリッチは、人事にとって重要なことは「人事が従業員に対して、どのような価値を提供できるのかを明確に伝えること(HR Value Proposition)」だと述べている。意図や目的が伝わっていない出向は、組織にとっても従業員にとってもリスクのある意思決定なことを忘れてはいけない。
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