米国企業が取り組む「ウェルビーイング経営(健康経営)」〜テクノロジーを利用して、従業員の心身の健康をサポート
大学院入学のため渡米、そのまま米国シリコンバレーにてキャリアを積み、米国Yahoo!本社のバイス・プレジデント、ベンチャーキャピタルなどの経験を経て、現在は、シリコンバレー拠点の日米クロスボーダーの投資及び事業開発の会社、アンバー・ブリッジ・パートナーズを経営しています。米国シリコンバレーより、ウェルビーイング、テクノロジー・トレンド、ESGなど、ホットな情報を発信していきます。
「ウェルビーイング経営」を目指して〜米国大手企業の取り組み
従業員の心身の健康に着目した経営は「ウェルビーイング経営(健康経営)」と称されます。労働環境はESG(環境・社会・企業統治)投資の「S(社会)」の一部に位置づけられており、投資家の関心が高まっています。
私の住むシリコンバレーでは、Google, Apple, Facebookなどの大手IT企業が本社を構えています。これらの企業は、「人材がすべて」とし、世界中の才能高き人材を採用し、その才能ある従業員が素晴らしいパーフォーマンスを発揮できる環境を整えてきました。私自身、米国Yahoo本社に勤務していたときは、キャンパス内で受けられる歯のクリーニングサービス、ドライクリーニング、車の修理&清掃、ジム、朝昼夕食サービスなど、さまざまな特典を享受してきました。当然のことながら、これらの企業はかなり前から従業員のウェルビーイング向けサービスを提供してきています。
米国連邦防疫センター (CDC)は、2020年6月に40%の成人米国人がなんらかのメンタルヘルス問題に苦しんでいるというレポートを発表しました。もはや、メンタル・ウェルネスは、生活習慣病と並ぶ大きな課題となっています。最近は、GAFAに限らず、ジョンソン&ジョンソン、ユニリーバ、スターバックスなどの米国大手企業も、従業員の心身の健康をモニターし、予防や治療に向けてサポートするサービスを充実させています。また、これらのサービスだけではなく、企業幹部や従業員に向けて、メンタルヘルスをよりよく理解してもらうためのセミナーも開催し、ともするとネガティブに捉えられがちなメンタルヘルスに対する偏見を取り除くための努力をしています。
これらの動きはコロナ禍でさらに加速し、メンタル・ウェルネスの企業向けサービスが、昨年大きく成長しました。通常なら、3−5年かかる成長が、昨年1年で達成されたといわれています。
企業向けのメンタル・ウェルネス・テクノロジーの急成長
企業向けのメンタル・ウェルネスのサービスは急成長している証拠に、この分野のスタートアップ企業が昨年から今年にかけて大型の資金調達に成功ししました。比較的新しい分野であるにも関わらず、Lyra Health (推定企業評価額 約4,700億円)、Ginger (同 約1,000億円)、Happify Health(同 約1,000億円)など、推定企業評価額が1000億円を超えるユニコーンが出てきています。
Happify Healthの創業者兼プレジデントであるOfer Leidner氏は、Transformative Technology Conferenceで登壇されたこともあり、何度かお話させていただく機会がありました。イスラエル出身のLeidner氏は、大学院卒業後、勤務したイスラエルベースの金融会社の仕事でニューヨーク市に移り住み、その後、ニューヨークで3社を起業した連続起業家です。ゲーム会社を共同創業し8年近く経営していましたが、メンタルヘルスに興味をもち、Happify Healthを創業したのが2012年。今や、Google、Twitter、Microsoft、AirBnBなどを顧客にもち、今年3月には約72億円を調達して、ユニコーンに仲間入りしました。
Happifyは、企業の福利厚生を通して従業員にサービスを提供するB2B2Cビジネスです。2千万人の人々が利用しており、そのうち50%が一年以上アクティブにプラットフォームを利用しています。メンタル面でのサポートが必要な人々をトリアージ(分類)し、AIをベースとしたデジタル治療プラットフォームでサービスを提供し、個人個人が健全なメンタル状態に戻るためのジャーニー(旅路)をコーチングなどを通してサポートするサービスを提供しています。ポジティブ心理学に基づいたさまざまなプログラムを提供し、AIベースのテクノロジーであるにも関わらず、信頼出来るセラピストと話しているような感覚になります。これは、心理学者がセラピストやが実証実験に基づいてツールの開発をしているからです。
快活で親しげな雰囲気のLeidner氏は、落ち着いた語り口で「メンタルをやられる人々の数はどんどん増えているなかで、それをサポートするセラピストの数は足りていない。我々は、科学的に効果が証明されているアプローチをもとにAIを開発し、人々がセラピストに頼らずとも我々のプラットフォームを通して治療を受け、ストレスに対処出来るようなスキルを身につけられるようにプロダクト開発をしたんだ」と、語ってくれました。「大企業にサービスを提供するだけでなく、保険会社や製薬会社とのパートナーシップも推めており、今年から来年にかけて130名いる従業員を倍増する予定なんだよ」と淡々と語る様子に自信が伺え、ヘルスケアシステムのDX化をどのように推めていくのか、とても楽しみです。
国連、世界保健機関(WHO)が、企業のメンタルヘルスへの取り組みを促す
国連は、2020年5月の白書にて、不安や鬱などのメンタルヘルスがもたらす世界規模での経済損害はUS$1 Trillion (約100兆円)であるとし、国と企業に対して積極的にメンタルヘルスへの対策&投資を実施することを示唆しています。
世界的な経済学者であるThierry Malleret氏は、「歴史的にみても、経済的に豊かな時代にも関わらず、うつ病、不安障害、孤独感、依存症、自殺が急増している」と指摘しています。精神疾患は、世界全体の疾病負担の13%を占めるとされ、グローバルレベルでメンタル・ウェルネスに取り組む必要性を論じています。
世界保健機関(WHO)によると、約4億5000万人がなんらかの精神疾患を患っており、4人に1人が人生のどこかで精神疾患を患うと言われています。驚くべきことに、精神疾患を患う人の3分の2は、実際に助けを求めたことがありません。その最大の障壁は、偏見、時間、金銭コスト、教育の欠如、アクセスの悪さなどがあります。
この社会的課題を解決すべく、1万近くのメンタルヘルス・アプリケーションが市場に出回っています。予防や治療をデジタル化することで、低コストで手軽なアクセスを提供し、サポートを求める人々の障壁を取り除く動きが加速しているのです。今後10年で、デジタル・メンタルヘルス市場は、5000億ドルに達することが予想されています。データをもとに、これまでないレベルのパーソナライゼーションされたケアが実現されるのは、そう遠くないような気がします。
経済産業省が「企業の健康経営度」を偏差値のように数値化し、今夏公開予定
日本政府は、世界で広まるESGに遅れまいと、日本企業のウェルビーイング経営実現に向けての本格的な取り組みを開始します。
経済産業省は企業が社員の健康を維持する経営をしているかを偏差値のように数値化し、投資家向けに開示する取り組みを始め、今夏にもデータベースにまとめて公開するそうです。
人間ドック等、身体の健康面でのサポートは早くから実施している日本企業は多く見受けられます。コロナ禍で働き方が大きく変化し、精神のバランスを壊している人が急増している昨今。メンタルヘルスへの理解が進み、メンタル・ウェルネスを含む包括的な心身のウェルビーイングへのサポートが増えることを期待しています。