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「強いドル」と言わなかったイエレン新財務長官

いよいよバイデン政権が発足しました。金融市場参加者の目線については以下のnoteで議論させて頂きましたのでご参考下さい:

バイデン政権で大統領本人に勝るとも劣らないくらい注目されているのが新財務長官に就任するイエレン元FRB議長です。1月19日には同氏に対する指名承認公聴会が開催されました。公聴会の論点は多岐にわたったが、注目された為替市場に関しては米財務長官の常套句である「強いドル」というフレーズは使われなかったことが印象的でした:

「米経済の長期的な強靭さと金融システムの安定性維持持が、米国やそれ以外の国々にとって利益となる」との発言が「強いドル」への意向を含んでいるようにも見えますが、ドルへの直接的な言及は避けられました。邪推を承知で言えば、政権移行に伴って「分断」ではなく「団結」を呼びかける以上、ドル安志向の強いトランプ支持者に配慮を示したのかもしれません。

もっとも、「強いドル」との発言があったところでアテにはできません。後述するように「強いドル」と言いつつドル安を放置する「優雅なる無視(benign neglect)」は米国の通貨政策の十八番です。なお、公聴会全般を通して中国に対する言及が目立ち、上記報道のようにこれを取り上げる向きも多いです。

例えばイエレン元議長は中国を「最も重要な競争相手」と名指しした上で「不当廉売や貿易障壁、不平等な補助金、知的財産権の侵害、技術移転の強要など、中国の不公正な慣行は米企業の力を削いでいる」と直接的な批判を展開しました。「あらゆる手段を講じて対抗する」と財務省としての対応もちらつかせていることから、金融市場からは為替政策報告書のトーンに如何なる変化が見られるかなどに着目したいところです。但し、仮に新財務長官の下での米国が陰に陽にドル安志向を強めたとしても、その煽りを最も受けそうなのは日本の円ではなく中国の人民元となる可能性と考えるべきかもしれません。少なくとも2020年のドル安を引き起こしたのは人民元(とユーロ)の上昇でした。

ガイトナー時代の「優雅なる無視」が思い返される

米国の通貨政策を振り返れば、「強いドル」を唱えつつも、眼前で進むドル安は静観するという局面が繰り返されてきました。こうした「優雅なる無視」とも呼ばれる通貨政策の姿勢は、直近では金融危機直後の混乱期(2009年1月~2013年1月)を任期としていたガイトナー元財務長官の時代が思い返されます。就任直後から「強いドルを変わらず支持するのは米国の政策であり、今後もこの政策は継続する(2009年9月、ブルームバーグ)」と発言し、任期中盤にも「私がこの職務に就いている限り、強いドルが米国の利益であるということが常に米国の政策だ。貿易相手国を犠牲にし、経済的な優位性を得るためにドルを下落させる戦略を決して支持しない(2011年4月26日、ロイター)」と念押ししていました。しかし、ガイトナー元財務長官の任期中、ドルの名目実効為替相場(NEER)は▲9.2%下落しています。ドル安の瞬間風速が最も大きくなった2011年ではその下落幅はさらに大きくなり、就任から優に▲10%以上下落しました。発言と相場の現実は正反対だったのです。

当時のドル安に関しては「金融危機で傷ついた国内経済を支えるためにFRBが未曾有の金融緩和を継続・強化した結果としてドル安になっているのであって、それ自体が目的ではない」、だから通貨政策として「強いドル政策」を口にしていても矛盾しないというのが米国の言い分でした。

そうして放置されたドル安の結果、「世界最大の対外債権国」であり、当時はまだ大きな貿易黒字を裏付けとする経常黒字を抱えていた日本円が急騰したのです。このようなロジックはリーマンショック以上の震度を誇るコロナショックの直後だけに繰り返される不安は残りますが、上述したように、次に通貨高の按分を引き受けるのは政治的な対立相手であり、貿易黒字を抱える中国の人民元になる公算が大きいのではないかと思います。

ちなみに第二次安倍政権発足直後となる2013年1月、アベノミクスの名の下で円安が大きく進み海外から批判の声が出た際、麻生財務相は「(リーマンショック後の円高相場に対し)ひとことも文句を言わなかった。それを円安方向に戻したからと言って批判するのは筋としておかしい」といった旨の反論を展開して話題となりました。これは米国の「優雅なる無視」の裏側で進んだ超円高を知る者として当然の発言だったと言えるでしょう。


やや話は逸れたが、重要なことは米財務長官は「強いドル」を口にするのが仕事ですが、それが為替市場の実勢を規定するとは限らないということです。「強いドル」が望ましいと思っていても、実体経済にとってドル安が望ましければ平然と無視するのが米国です。


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