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キリン首位奪還から学びたいこと!~企業が競合と同質化行動をしてしまうメカニズム~

 在宅勤務も増え、仕事の会食も全体で減少傾向が続いているようです。その影響で、各飲料メーカーも様々な戦略を模索中です。その渦中で目立つのが、キリンビールです。同社は、ビール系飲料市場で2020年上期(1~6月)にアサヒビールを抜き11年ぶり首位に返り咲いたのです。記事には、キリンの首位奪還までの道のりが描かれています。

 どうやら、ビール業界には他社のヒット商品に追随する同質化競争がまん延しており、その同質化行動をどのようにして変えるかが、キリンビールの戦略の要だったようです。しかし、他社の行動を真似してしまうのはビール業界だけではないはず。今回は、なぜ企業は競合と同質化行動をしてしまうかのメカニズムを、経済学の視点で考察します。ビジネスパーソンの企画・運営などのヒントになればと思います。

*なぜ、企業は競合の真似をするのか?

 実は、経営学や経済学では、どのような時に企業は競合の真似をするかについて長年に渡り研究されてきました。特定の業種では、競合企業と戦略が同質化してくるのは、欧米企業に比べて日本企業に多いという研究も存在します。そして、気になるのは、そのメカニズムです。そもそも、競合企業と同じような戦略ばかりしても、差別化はできないし、長期的な企業収益にもプラスになるとは思えません。長い目でみたら、マイナスになりうる同質化行動をついしていまう、企業にとっての誘因とは何なのでしょうか?ここでは、ファイナンス分野で注目されているメカニズムを紹介します。


*同質化行動を引き起こすのは、企業の人事インセンティブが原因!?

 先行研究では、経営者や事業責任者の人事評価の仕組みも、企業が競合の同質化行動の引き金になりうることを報告しています。例えば、Scharfstein and Stein(1990)は、資産運用を仕事にしているファンドマネージャーが他ファンドマネージャーと、なぜ似たような投資戦略を行いやすくなるのかを理論研究から示しています。資産運用の収益結果は、突発的な金融危機やコロナショックなど、ファンドマネージャーの実力だけでは決まらない要素もあります。そうなると、ファンドマネージャーの能力を評価する人事部としては、その当該ファンドマネージャーの運用成績の結果だけでは評価しきれない事も多々でてきます。その場合、人事部としては当該ファンドマネージャーを評価する際に、他ファンドマネージャーとの相対評価を行うことで、能力評価をすることになります。その人の能力を絶対評価するというのは、難しいですよね…

Scharfstein, David S, and Jeremy C Stein. 1990. “Herd Behavior and Investment.” Amercian Economic Review 80 (Jun.): P465-P479.


 そのように、人事部が他ファンドマネージャーとの相対評価を行うと察知した当該ファンドマネージャーは、どんな行動をするでしょうか? その当該ファンドマネージャーは、自分の得た情報に基づいたら運用成績が上がると考えていても、投資には不確実性があります。もしも、自分の考えに基づいて挑戦して大きな失敗をしたら、他ファンドマネージャーとの相対評価において大きなマイナスを抱える可能性があります。仕事の評価も、仕事も失うかもしれません。結果、運用で成功することよりも、仕事を失うリスクを回避することに強い誘因を感じるファンドマネージャが出てきても不思議ではありません。そうなると、人事評価が相対評価ありきで決まるならば、他ファンドマネージャーと似たような運用戦略をとり、自分の失敗が目立たないように、他者と同じレベルに見えるようにと、他ファンドマネージャと同質的な行動をとることが合理的になることがあります。

 つまり、新たな挑戦をして失敗し、挑戦をしなかった同僚やライバルに大きな差をつけられてしまうぐらいなら、皆と同じを維持するのが個人レベルでは合理的になるケースがあるのです。これは、あくまで個人の話ですが、これが経営者や事業責任者に起きたら、企業はどのような戦略をとる傾向になるでしょうか…?こうした各個人の積み重ねが、企業の同質化行動へと影響してくのです。


*企業が同質化行動をしないためにはどうすべきか?

 そこで、人や企業が同質化しないために、先行研究では「あえて初回の失敗には評価やインセンティブを与えることで、イノベーションや新しい取り組みを伸ばすことに成功する事例」が報告されています。同質化してしまうのは、従業員が悪いのではなく、その企業の人事評価システムに原因があるのかもしれません。日本企業のイノベーションに注目されている中で、人事評価を変えることは必須事項かもしれませんね。もしかしたら、キリンビールも人事制度の改革を行っていたのかもしれないと、私は予想しています。 


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崔真淑(さいますみ)

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崔 真淑/エコノミスト『投資1年目のための経済・政治ニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)
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