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あざとさ、という英雄の資質

人生でものを言うのはあざとさ?

アラン・シリトーの「長距離走者の孤独」は、イギリスの労働者階級をヒロイックに描いた短編小説です。貧しい母子家庭に育った主人公のスミスは、窃盗を繰り返し少年院に入れられますが、持ち前のあざとさ、狡猾を活かして院長にうまく取り入り、クロスカントリーの選手として毎朝自由に森を走り回る権利を勝ち取ります。

そんなスミスの信条は

“Cunning is what counts in life”
「人生でものを言うのはあざとさだ」

あざとさ、狡猾さこそ、誰もが平等に身につけ、磨いていくことができる武器である、と。スミスは、そんな武器を掲げて「イギリス病」と揶揄された経済停滞の時代を生き抜く、労働者階級のヒーローです。

実直な主人公と狡猾な悪漢

この狡猾さ、を意味するcunningですが、日本では「カンニング」の語源にもなっているように、あまりいい意味ではとらえられてはいません。この国ではとかく実直さ、誠実さが尊ばれ、その対義語である狡猾さはとてつもなく人気がないのです。

「半沢直樹」だったり、古くは「走れメロス」だったり。ヒロイックな物語の筋書きには、不器用ながら実直な主人公が、「邪智暴虐な」悪漢に挑む、という構図が多いでしょう。フィクションの世界では、実直さがヒーローの属性であるのに対し、狡猾さはおおよそいつでも悪漢の属性なのです。

狡猾さは英傑の必須属性

しかし、歴史を振り返ると、勇敢さや構想力、臣下を魅了する人間力に加えて、狡猾さが天下人必携の属性であったことは見逃せません。頼朝や秀頼、家康をはじめ、東西の歴史の中で天下を統べた英傑は、みな敵を欺き、反乱分子を弱体化する策術に異常なほどに長けていました。

クロアチア人のニコラ・テスラは、エジソンと並ぶ電気の父にして、エジソンとの論戦に勝利し交流を世界に広めた偉人です。しかし今日、彼の名が冠された自動車メーカーがなければ、彼の名を知る人は決して多くはないでしょう。学者気質で生真面目なテスラと、一流のビジネスパーソンでもあり狡猾なエジソンの差が、ここに如実に現れています。

究極のクセ者、タレーランがフランスにもたらした国益

ビジネス書の古典、にしてオールタイムベストに数える人も多いロバート・グリーンの”The 48 Law of Power”には、古今東西の偉人が何人も登場しますが、最多の登場回数を誇るのはフランスの外交官であるタレーランです。

タレーランは、名門の貴族に生まれながらフランス革命では革命政府に取り入り、その後のロベス・ピエールの恐怖政治を生き延びたばかりでなく、革命が頓挫したあとは三度身を翻してナポレオンの重臣になりました。

極め付けは、ナポレオン没落後のヨーロッパ全体の戦後処理を反ナポレオンの立場で仕切るという究極の変わり身を発揮し、その狡猾さでもって母国フランスに領土の保持と賠償金免除をもたらしました。

このような狡猾さをただ悪として退け、実直ながらそれを欠くリーダーを選んだ企業や国の行く末は、一体どうなるでしょうか。国際ビジネスや国際政治の世界にうごめく魑魅魍魎たちと、そうしたリーダーは果たして渡り合っていけるのでしょうか。

手段としての誠実さ、あざとさ

冒頭の「長距離走者の孤独」で、主人公のスミスは従順を装って練習に励みます。練習中途中で逃亡を企てることも出来たのですが、あえてそれをせず、あざとく、狡猾に院長の信頼を積み重ねたわけです。

そして、クライマックスです。院長の期待を一身に背負い、クロスカントリーの大会に出場したスミスは、圧倒的な速さで首位を独走します。ところが、ゴール直後で突然立ち止まってしまうのです。

それは少年院や院長、それらが象徴するエスタブリッシュメント(既存の支配勢力)の偽善に対する反抗でした。スミスのあざとさ、狡猾さは、自らが富や地位を得るためでも、束縛からの自由を手にすることですらなく、ただ悪を暴きそれを世の審判のかけるために発揮されたのです。

このようなあざとさ、いわば手段としてのあざとは、果たして否定されるべきものでしょうか。

あざとさ、と利他は対立しない

富や地位を得るために、その手段として実直に生きる人と、最後には自分を犠牲にしてでも世の中の悪を暴くために、あざとく狡猾に生きる人。どちらがより真摯な生き方なのでしょうか。

実直さが必ずしも利他と結びつかないように、あざとさは必ずしも利己とは結びつかないのです。あざとく狡猾な人が利己的な悪漢、というのは、もちろんそういう人もいるでしょうが、劇画に誇張されたステレオタイプなのかもしれません。

だとすれば、私たちがリーダーを選ぶ時、あるいは私たち自身がリーダーを目指す時に注目するべきは、表面的な狡猾さや実直さだけではなく、それを活かして何をしているのか、何をしようとしているか、ではないでしょうか。

答えのない難しい問いではありますが、自分自身に問いかけ、答えを探ってみる価値はあると考えます。

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<参考にした記事>
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA156NT0V10C22A8000000/


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