トランプ新政権下でアメリカの移民、どうなる?どうする? 日本人移民として
アメリカにいる日本人。 移民当事者として、今、どのように考え、行動すればよいのか?
一般常識なしの僕が知ったかぶりして無責任に解釈している。超両極端なふたつの異なる母集団からなるトランプ支持連合。ひとつは、白人中心の古き良きアメリカを取り戻したい大多数を占めるレッドステートの保守派。もうひとつは規制を大胆に撤廃してビジネスのグローバル化をどんどん推し進めたいイーロン・マスク率いる少数の新超富裕層の超革新派。そんな超両極端の支持連合に加わったのが、共和vs民主を決めかねていた人達、本来民主党寄りだったマイノリティ、若者層。これらの人達が、格差、インフレ、戦争、分断、温暖化、何ひとつ改善の方向に向けれなかった上から目線のナンチャッテ民主政策の民主党に辟易して、とにかく何か変化を起こしそうな共和党に流れた。と乱暴に解釈している。
大企業の多くは民主党が強いブルーステートに本社を構え、そこで働く社員も民主党支持派が多い。そんな大企業の中でも世界を引っ張る超グローバル企業のトップのイーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグらが共和党支持に回って、保守派と共和党支持連合を作ったのだから、とんでもなくいびつだ。その下で働く社員は、依然民主党支持者の方が多いだろう。ただ熱狂的に民主党支持なのではない。トランプ新政権はちょっとヤバすぎるからという冷ややかな理由でだ。
そんな超いびつな共和党支持連合に、移民に対する考え方で、すでにひびが入り始めた。保守派は、どんな移民も排除したい。アメリカ人が就くはずの仕事を奪ってしまう移民はすべて彼らの天敵だ。一方、イーロン・マスク率いる超革新派は、不法移民は許さない。でも、ビジネスに役に立つ移民は別だ。役立つのなら就労ビザH1Bでどんどんアメリカに呼び込めばいい。有用な人材を手っ取り早く雇い、効率的に使えるのなら、アメリカ人か移民かはどうでもいい。
話はシリコンバレーのテック企業が中心だが、僕のいるバイオファーマも同じ状況だ。ビザでアメリカに渡り、その後永住権を得てアメリカに居ついた移民がいっぱいいる。僕もそのひとりだ。大多数の共和党支持者からは歓迎されない立場だ。
アメリカに20年以上住み、5回の転職を経験したが、僕がいたのは、どこも製薬業界の企業が集まる民主党の強いブルーステートばかりだ。職場には非白人系アメリカ人や移民がウヨウヨいる。移民に対して寛大で、そもそも移民なしでは会社も成り立たない。どこの会社もDEI (Diversity, Equity, and Inclusion, 多様性・公平性・包括性)を研修などで事あるごとに取り上げ、社員に徹底してきた。日本人の僕は、アウェイで果敢にリスクをとる勇気ある挑戦者と勘違いしていた。だが、実際は会社のDEIポリシーで温室の中に守られている甘ちゃんに過ぎない。
業界のリーダーの中にもすでに移民がたくさんいる。ブルーステートの業界で働く人は、アメリカ人も含めほとんどが、移民をポジティブに捉えてくれている。創造的で革新的なアイディアやスキルをもたらし、企業の競争力を高め、アメリカの技術革新や経済成長に貢献している。多様なバックグランドを持つ人材により、企業文化が豊かになり、グローバルな視点が強化される。移民はアメリカの原動力に重要だと、すでに価値観として根付いている。トランプ新政権に配慮してDEIを控えめにする企業がたくさん出始めている。が、スローガンとして露骨に押し出すのを控えただけで、実際の思想・文化は変わらない。変えられない。実際、非白人アメリカ人や移民が、総社員のかなりの比率を占め、それらの人々なしでは会社は成り立たない。
だからブルーステートの業界で働くアメリカ人は、合法な移民を同僚として受け入れ、仲良く働くことは当然だと理屈では重々承知している。職場の日常会話やDEIを議論する場で反移民のような言葉が出てくることは一切ない。だが、白人アメリカ人と1対1で深い会話をすると、彼らが何とも言えない複雑な感情を持っていることに気づく。
アメリカの会社では、年齢、性別、人種などについては厳格に公平性を気にする。これらは履歴書に一切書かないし、採用の判断材料にしてはならない。採用選考時のインタビューでこれらを聞くことも許されない。一方、学歴に関しては露骨に差別する。PhD(博士号)を持っていないと就けないポジションなどがある。もちろん学歴は仕事に直結する場合は多い。ジョブ型雇用で、ジョブディスクリプションに示された仕事を遂行することをコミットして、雇われるのだから、学歴が重視されるのは当然だ。でも、それが残酷な格差を生む。
僕が新たな新薬候補のプロジェクトのリーダーとなった時、同じ部署のテッド(仮名)に1対1のミーティングをお願いした。彼が過去に担当したプロジェクトと共通した問題があり、彼の経験がとても役に立つと期待したからだ。実際に彼とミーティングをしてみて驚いた。彼は僕の期待を遥かに超える有益な情報をくれた。彼はそのプロジェクトのリーダーではなく、1チームメンバーで縁の下の力持ちの存在だ。彼は20年以上、チームメンバーとしてたくさんのプロジェクトを支えてきた。彼の知識・経験、そしてサイエンスの洞察力は、プロジェクトリーダーレベル以上だと感じた。ただ、彼はPhDを持っていない。そのためプロジェクトリーダーのグループには入れずにいる。分業の進んだジョブ型雇用には建前では仕事に優劣はない。ただ、プロジェクトをリードできるグループとチームメンバーとして支えるグループでは、やりがい、収入、責任は違ってくる。テッドは今の仕事にやりがいを感じているし、サイエンスを楽しんでいると言った。が、ミーティングの最後にふっと本音を漏らした。「できることなら、プロジェクトリーダーをやってみたかった」
テッドはアメリカ中部出身の白人。自分の難病が薬によって寛解した経験から、難病の新薬開発にやりがいを感じている。サイエンスに興味があったから学歴を積みたかった。しかし、経済的な理由で4年の学士卒で業界に入った。それ以来、ずっと、新薬開発に従事してきた。リーダーではなく1チームメンバーとして。そんな学歴、ポジションの格差は、どんな国だって起こる問題だ。本当にやりたいなら、何歳からだって挑戦してみればいい、やりなおせばいい! 正論はそうなる。
ただ、僕のいる会社でプロジェクトリーダーとチームメンバーのグループ構成を見てみると、そんな正論はぶつけられないと感じる。驚くことにリーダーのグループは80%以上が非白人アメリカ人か移民で占められている。純粋な白人アメリカ人は20%にも満たない。それに対してプロジェクトを支える縁の下の力持ちチームメンバーの方はほとんどがアメリカ人だ。DEIを厳格にするあまり、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)や移民支援政策が、逆に白人アメリカ人に不利に働いていると感じられても不思議ではない。
島国日本で生まれ育ち、教育もすべて日本で受けた僕のような人間が、アメリカで働けることは夢のようだ。アメリカで働けることだけでうれしい。現地のアメリカ人ほどは給料に固執しない。恵まれた感謝すべき環境だ。僕だけでない。中国から、インドから、さまざまな国からこうした考えで高いモチベーションを持った移民が入ってくる。それ自体は素晴らしいことだ。が、経営者から見ると便利で安価なワーキングマシーンとなっているかもしれない。そして、本来、アメリカ人が就けるポジションを奪い、賃金を下げているとも捉えられる。
そんな問題を生んでしまった移民ひとりひとりができることは限られている。せめて一緒に働く同僚のアメリカ人には、こいつと働いてよかったっと思ってもらうことだ。
アメリカでの僕の仕事は、日本人でないと務まらないものでは全くない。回りに日本語が話せる日本人はいないから、100%英語で仕事をする。僕の英語はアメリカ人よりかなりヘタクソだ。だから、回りの同僚は僕の話を辛抱強く聴かなくてはならない。僕以外にもそんな移民がたくさん働いている。可能なら英語がネイティブのアメリカ人が仕事した方が便利だろう。少しでも移民の価値を分かってもらいたいのなら、アメリカ人にない移民ならではの価値をもたらさなければならない。
論理的思考には、言語が必要だ。言語が違えば論理的思考の展開も変わる。だから、英語以外の母国語を持っているだけで、ユニークな思考・発想ができる。しかも日本語は日本人以外ほとんど扱わない。他にも日本人には、アメリカ人にない特性がいっぱいある。それらを駆使して、同僚を刺激し、ユニークに変わった奴として働くことだ。
そして格差を生んでしまう残酷な自由の国アメリカで、アメリカ人の同僚たちは、複雑な感情を持ちながらも、プロフェッショナル意識を持って仲良く頑張って働いていることを意識しておくことだ。共感力に欠ける僕は、自分に戒めないと、すぐに忘れて自己中心的に突っ走る。
不器用な僕は、気の利いた気遣いの言葉などをかけることができない。そんな僕ができることは、Honest, Clear and Polite(正直、明確、礼儀正しい)でいることだと言い聞かせている。
トランプ共和党新政権。一時的に見れば確かに民主主義から保守への逆行かもしれない。でも、トランプ新政権は、今のアメリカが抱えている膿を出すための劇薬のようにも感じる。民主党のナンチャッテ民主化政策では、格差是正どころか悪化してしまったのだから、別の方法を試さねばならん。劇薬だから副作用が大き過ぎてさらに悪化させる危険もある。ただ、現状に問題があれば、そのまま放置はしないで、変化を選ぶ。とてもアメリカらしい。今後、4年間でどんな変化が起きるか? 4年後にアメリカ人はどんなジャッジをするのか? 楽しみだ。