ESG情報の保証義務化とAIの活用
ESG情報の保証とは
ESG情報の保証とは、ESG情報の審査を指し、「ESG情報について、それらに対する主要なステークホルダーの信頼の程度を高めるため、審査機関が自ら収集した証拠に基づき基準に照らして判断した結果を結論として報告すること」と説明されています(※1)。このプロセスは「第三者保証」や「第三者検証」とも呼ばれます。筆者が初めてこの概念を説明する際には「財務監査のESG版」と説明することが多いです。
財務情報と同様、ESG情報も近年、投資判断において重要視されるようになっています。こうした重要な情報が正確であり、信頼できるものであるかどうか、数値や算定方法を含めて検証する必要性が高まっているのです。
保証の義務化
ESG情報の開示については、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が策定した基準に基づき、本格的な義務化が進む予定です。まずは段階的な適用により、時価総額3兆円以上の企業には2027年3月期から導入される予定です。最終的には2030年代を目標に、プライム市場に上場する全企業が対象となる見込みです。
開示義務化の翌年には、開示された情報に対する保証対応が求められる見込みです(第3回 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と 保証のあり方に関するワーキング・グループ)。また、SSBJの基準に加えて、欧州の開示規制であるCSRD(企業サステナビリティ報告指令)でも第三者保証の義務化が予定されており、多くの日本企業もその適用対象に含まれています。
虚偽情報を記載した場合の制裁
SSBJ基準が義務化された後に、有価証券報告書上のESG情報に誤りがあった場合、金融証券取引法に基づく罰則が課される可能性があります。この点については、(第4回 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と 保証のあり方に関するワーキング・グループ)において議論されています。
既に一定のセーフハーバーが設けられており、「企業内容等の開示に関する留意事項について(開示ガイドライン)」にその指針が記されています。具体的には、「開示書類に記載されるべき重要事項のうち、将来情報が実際の結果と乖離した場合でも、合理的と認められる範囲で具体的な説明が付されていれば、虚偽記載等の責任を問われない」との解釈が示されています。これにより、企業は一定のリスクを軽減しつつ、適切な情報開示に努めることが可能とされています。
ただし、このガイドラインでは将来情報に対する免責が言及されている一方で、本ワーキング・グループではバリューチェーン情報、特にGHG(温室効果ガス)のScope3排出量についてもセーフハーバーを設ける必要があるという意見が出されました。Scope3排出量は企業の統制が及ばない第三者からの情報や見積りデータを含むため、正確性を完全に担保するのが難しい領域です。そのため、合理的な検討を経た上での開示であるといった一定の条件を満たす場合には、虚偽記載の責任を免除する方向でガイドラインに盛り込まれることとなりました。
その他のESG情報に関して、どの程度の罰則が適用されるのかについては、今後の議論を待つ必要があります。いずれにせよ、ESG情報の信頼性を高めるため、第三者保証を受けることがますます重要となってきます。信頼性のある情報開示を通じて、投資家やステークホルダーの信頼を確保することが必要です。
保証業務の実施
では、第三者保証業務において具体的にどのような手続が実施されるのでしょうか。まず、業務の流れとして①計画の策定が行われ、次に②業務手続が実施されます。以下に、②業務手続の概要を示します(※1より引用し、一部改変)。
事務所調査
事務所概要の確認
現地視察
データ収集プロセスおよび内部統制等の確認
発見事項等の講評
本社調査
全体集計方針と全体集計の確認(集計対象と集計方法、算定基準)
分析的手続
追加的な手続
開示内容のチェック
前提となる算定基準や、算定範囲の記述
調書との整合性確認
ESG保証におけるAIの適用可能性
財務諸表監査の分野では、すでにさまざまなタスクでAIによる代替が進んでいるところ、ESG情報の保証業務に関しても、AIの活用によって業務の効率化を図る余地が非常に大きいと考えられます。以下に、ESG保証においてAIが特に有用と考えられるタスクの一例を示します(※2より引用)。
集計の確認ー証憑突合
集計の確認には多くのタスクが含まれますが、証憑突合がその一例として挙げられます。証憑突合とは、例えば特定の拠点における企業が集計した電気使用量と、その証拠となる電気使用量の通知書や請求書のデータを突き合わせ、会社が集計した数値の正確性を確認する作業です。
この照合にAIを活用することで、例えばAIが画像認識を用いて請求書上の電気使用量が記載された箇所を特定し、それを企業の集計値と自動で照合することが可能になるでしょう。また、環境パフォーマンスデータの集計にはさまざまな単位が使用されることが多く、AI処理の一環として自動的に単位換算を行い、照合する仕組みを取り入れることで証憑突合の時間が大幅に削減されると考えられます。ただし、ESG保証における証憑は財務諸表監査と比べ、形式や内容にばらつきが大きいため、AI適用にはこの点が課題となる可能性があります。
分析的手続
続いて分析的手続では、例えば前期と当期の月別電力使用量を比較し、一定の基準を超える増減がある場合には、被受審企業の企業に対して追加資料の提出等を求めます。この追加手続により、増減の合理的な理由(例:製造品目の変更に伴う生産設備の稼働変動など)が確認できない場合、外部データの誤りやエラーの可能性が示唆されるというわけです。
この分析的手続へのAI適用として、パフォーマンスデータの推計モデルを構築し企業の算定値と比較することで、手続を効率化し、より深い示唆が得られるでのではないかと考えています。この場合、AIは過去のパフォーマンスデータや相関性の高い社内データ(製品の生産量、生産拠点の稼働時間、労働者数など)、さらにメディアなど外部ソースからのデータも取り込み、当期のパフォーマンスを推定します。そして、推定値と企業算定値に一定の基準以上の乖離が見られる場合、その箇所を異常値として保証業務の担当者に通知することが可能になるでしょう。
AI導入でESG保証をスムーズに
ESG情報の保証業務は、被審査企業にとって膨大な準備を伴うものであり、保証義務化への対応には多くの不安が寄せられています。こうした状況を踏まえ、保証業務におけるAIやテクノロジーの活用だけでなく、企業側でもこれらのテクノロジーを取り入れてESGデータの信頼性を自主的に向上させることが、スムーズな保証取得につながるでしょう。自社内でのデータ整備とテクノロジー活用を進めることで、企業はより効率的に保証対応を進めることが期待されます。
※1 ESG情報の外部保証ガイドブック/サステナビリティ情報審査協会,2021
※2 AIによるESG評価ーモデル構築と情報開示分析ー/石野亜耶, 中尾悠利子, 國部克彦, 2023
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