怒りのスピーチをさせた大人たちをとことん軽蔑する
スウェーデンの環境活動家で16歳のグレタ・トゥンベリさんが、昨日9月23日、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに出席し、地球温暖化に本気で取り組んでいない大人たちに対する怒りのスピーチを展開しました。
これに対して、賛同のコメントを寄せている人たちが多いけど、ちょっと待てと言いたい。
この子が単身ニューヨークに来たわけじゃないよね?スピーチをするにあたっては、当然多くの大人が関わっているよね?
どういう思惑があるにせよ、16歳の子どもを引っ張り出して、こんな怒りの感情をたきつけた大人をとことん軽蔑する。
子どもを矢面に立たせてどうするよ。
大人がやるべきなのは、子どもにこんな怒りの顔をさせることじゃない。楽しげに笑わせてあげることでしょう?
勿論「子どもはすっこんでろ!」などという気持ちは毛頭ありません。子どもであろうとなんであろうと、主張したいことがあれば堂々とすればいい。
けど、こういう形で世界の晒し者にすることがいいとはとても思えない。事実、結果的にそうなっています。この子の家が裕福だとか、この子が病気だとか、そういういろんな情報が拡散されています。最終的に、それで傷つくのは誰なんでしょう?
今回の件は、子どもを人質に取り、その泣き叫ぶ姿を見せて要求を通そうとするテロリストと一体何が違うというのだろう?と疑問でしかない。紛争地域で、志願する少年兵に感動して戦地に送り込むのもこれと同等ではないだろうか?
合わせていうのであれば、地球環境にとってもっとも害悪なのは何か?と言えば、それは人類そのものです。地球にとって、人間とは癌細胞そのものです。特に、第二次世界大戦後の世界の人口増加のカーブを見れば一目瞭然。
まるで、急増殖したウイルスそのものではないか。
国連推計では、出生中位予測で2100年に世界人口は109億人になる見込み。低位予測では一旦90億近くになるが2100年には今と同じ73億人になる模様。それでも異常です。
地球の環境を是正したいというなら、極論は人類が大幅にいなくなることです。大人たちの意識が変わろうが、どんなにテクノロジーが発展しようが、これだけ大勢の人間がひしめいている以上、地球環境が改善されるはずがない。
西洋人は、すぐ環境問題すら制御できる問題であるかのごとく言うけれど、そういう思考が本当に大嫌いです。人間ごときが自然を支配しようなんて傲慢以外の何物でもない。そういう思考の人間こそ、地球にとって癌そのものなのだ。
自然とは畏怖するものであり、人間はありのまま受け入れるだけの存在にすぎません。
それでも、それは絶望の未来を示唆しません。人間の英知とは無関係なところで、自然と今後は人口減少の方向へ進んでいきます。世界的な少子化の流れはその助走に過ぎないのです。それに抗い、今の人口を維持しようなんて欲を出せば、やがて大きな世界的災害や疫病によって人口は調節されるでしょう。
そういうものです。