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内定辞退者を裏切者と捉えるか、宝の山と捉えるか?

内定辞退しても会社に入れる?

三井住友海上がユニークな採用施策を行うと発表した。2024年度入社の新卒採用から、内定の受諾を辞退した学生に対して、新卒3年以内に中途採用を希望すれば優遇されるというものだ。

内定辞退というと、辞退する学生にとっても辞退される企業にとっても非常に負荷の大きな意思決定だ。内定辞退の意を学生が伝えると、採用担当者から罵詈雑言を浴びせかけられたり、泣き落としをされたりと、内定辞退に伴う話には事欠かない。内定辞退を対面で伝えるのが多かった就職氷河期以前では、採用担当者が逆上して飲んでいたコーヒーや水を引っかけたという体験談も当時の就活生からよく聞く話だ。
近年では、オワハラというように、内定辞退を防ぐために企業が過剰な防衛策をとることが社会問題視されている。しかし、企業側としては、少なくないコストを支払って内定を出した学生に辞退されることはダメージが大きい。辞退されてしまうと、空いた穴を埋めるためにイチから採用をやり直さなくてはならない。採用担当者の精神的にも、良いと思った学生に断られると心に傷がつくし、上司にも叱責される。結果として、オワハラのように余裕のない行動に企業を駆り立ててしまう。
しかし、三井住友海上の内定辞退者の中途優遇は、オワハラが問題視される世の中の流れに逆行するようで面白い取り組みだ。

そもそも新卒採用は大量の内定辞退が出る仕組み

内定辞退にまつわる問題は数多くあり、尚且つ、古くからある。これは、新卒大量一括採用という多くの企業が採っている施策の構造的な問題に起因する。
構造的な問題は大きく2つある。
1つ目の問題は、大量の母集団を形成して選抜するというプロセスを前提としていることだ。大量の母集団(求人に対する応募者の数)を形成するということは、選抜過程において大量の不合格者を出すということになる。企業としては、できるだけ大きな母集団を形成して、自社に相応しい人材か否かを吟味したいというニーズがある。
しかし、学生目線からみると、大量の不合格者が出るということは1つ1つの求人を吟味するよりも、できるだけ沢山の求人に応募して数をこなした方が確率論的に良い企業と縁を持つことができることになる。求人に応募しても不合格となる確率の方が圧倒的に高いので、学生も企業同様に大量の応募候補の母集団を作ることになる。企業と違って学生は狙って母集団を作ることもあれば、結果として母集団ができていることもある。
結果として、1つの就職先を選ぶために、数十社も応募を出すことになるし、場合によっては3桁の求人に応募することになる。そうすると、当然のことながら、内定も複数もらう確率が高くなる。学生は内定をもらった企業の中から1つを選ぶ必要があり、選ばれなかった企業は内定辞退を受ける。
2つ目の問題は、新卒採用の採用基準が各社で似通っていることだ。採用活動における選考の基本は「自社の企業文化・風土と合致しているか」「入社後に任せたい職務を確実に遂行できるポテンシャルを持っているか」という2つの要素を判断することだ。学術的には前者を「P-O fit」、後者を「P-J fit」と呼ぶ。
しかし、残念ながら、新卒採用でこれら2つの要素を明確に採用基準に反映できている企業は少数派だ。「P-O fit」ができていない理由は、そもそも自社の企業文化・風土がどのようなものかを明文化できている企業が少ない。というのも、つい10年ほど前まで、企業文化・風土は目に見えないために明文化することができないというのが企業経営の通説だった。中にはリクルートやメルカリのように明示化している企業もあるが、例外的だ。
そうすると「こういう新人が来ると助かる」という現場の声を吸い上げて要件を作ることになる。このプロセスで企業の特殊性をうまくつかめれば良いが、「明るく元気で素直なストレス耐性のある地頭の良い若者」という「できる若者」の一般論的な人物像で終わることが多い。人物像の独自性を生み出す源泉として企業文化が機能するためだ。
「P-J fit」に至っては、職務経験がなく、大学で実務に使えるような応用的なスキルを学んでいない学生に期待することが難しい。学生時代の経験を聞くことによって入社後のパフォーマンスや成長見込みを予測しようと試みているが、その予測率は高いとは言い難い。加えて、多くの企業では新卒採用の学生に、どのような部署でどのような仕事をやらせるのかを予め決めることは少ない。しかも、初めの配属先も早いと1年、均すと3~5年で異動がある。異動後にどのような仕事をするのかはまったくわからない。運が良ければ前の仕事と連続性のある部署に配属されるが、その保証はない。このような状況では、新卒採用時に専門性や職務遂行能力を期待することは、エンジニアのような専門職を除いて現実的ではない。少なくとも、最もボリュームゾーンとなる総合職で「P-J fit」を重視することは意義が薄い。
(ジョブ型が浸透すれば変わるという見方もあるが、そこまで本格的にジョブ型を運用するにはジョブ型が前提な欧米の雇用制度に精通していなくては難しく、多くの企業では部分的なジョブ型の運用に留めるのが現実的な対処法となりつつある)
大量の母集団を形成するという採用プロセスの前提と選抜基準が似通うという状況は、新卒採用の選抜プロセスに適性のある学生から内定を大量に獲得し、多くの学生が不合格通知の山を築きながら少数の合格通知を受け取るという構造を生み出している。この新卒採用の構造を考慮すると、選考プロセスで関わった学生とは良好な関係を築き続けるように基本方針を定めることが、長期的な人材獲得戦略に有益なことがわかる。

不合格者と選考辞退者とも関係を築く

大量の不合格者と内定辞退者を出すという現在の新卒採用の構造は、企業ブランドとしても悪い影響を及ぼす。なぜなら、不合格通知を受け取った学生や内定辞退で嫌な思いをした学生はその企業に対して好ましくないイメージを抱くためだ。SNS社会では、誰でも簡単に悪評を立てることができる。「人に優しくない会社」というイメージは、人材獲得で不利になるだけではなく、そういうレッテルを貼られたということで従業員にもストレスとなる。また、BtoCの商材を扱う企業では商品イメージにも悪影響を及ぼす。
例えば、カゴメでは不採用通知を送るときに、カゴメの商品を添えて、今回は縁がなかったが商品を好きだといってくれた気持ちには報いたいというメッセージを伝えるようにしている。不合格者と内定辞退者に対する姿勢は、「今回は縁がなかったが、今後もなんらかの形で縁が続くであろうから、就職活動を切っ掛けとして縁を繋げていきたい」という形が理想なのだろう。
日本ではそこまで多くはないが、世界に目を向けると、採用チームに働き方と従業員の魅力をブランド化するためにマーケティングや広報の専門家を招き入れる企業も少なくない。企業にとって好ましい人材を惹きつけるために採用活動や広告をするのではなく、採用に関わる全ての活動を通してブランドを作ることが求められている。
既存の新卒採用のプロセスを踏襲する間は、内定辞退を防ぐことが困難だ。そうであるならば、内定辞退者とも縁を繋ぐように基本方針を持ち、良いブランドイメージを社会に発信することが大きな利益を見込める。三井住友海上の取り組みは、内定辞退者とも縁を繋ぐ1つの方法として素晴らしい挑戦だ。

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