安保関連法を「違憲」と叫んだ呪い
立憲民主党の総選挙の公約が発表されました。野田佳彦代表のもとで、立憲民主党は以前よりも現実主義路線に回帰して、野田代表の誠実で迫力のある論説にも助けられて、今回の総選挙ではそこへの信頼が拡大するかもしれません。
他方で、その公約で触れられている「安保関連法は違憲部分を廃止」と書い
ている部分への批判が集まっています。例えば、元国民民主党広報局長の弁護士菅野志桜里氏は、次のようにX(Twitter)で投稿しています。
また、国民民主党の玉木雄一郎代表も、次のように投稿して、立憲民主党の野田佳彦代表と枝野幸男元代表の従来の立場の修正に苦言を呈しています。
確かに指摘の通り、はたして立憲民主党が主張する「違憲」というのがどの部分か明記されておらず、明記がなければ「廃止」しようがありません。また、換言すれば、そこには安保関連法には「合憲部分」もあることを示唆しています。
かつて民進党は国会周辺で大規模なデモを率いて、激しく与党を攻撃し、安保関連法の「違憲性」を主張しました。
たとえば、2015年9月16日に枝野幸男幹事長は国会周辺のデモに参加して、「立憲主義と民主主義を守るためにこうして集まっていただいている。ありがとうございます」と述べています。
それは、当然ながらも、安保関連法が「立憲主義」と「民主主義」を破壊していることを前提としており、本来であれば日本の「立憲主義」と「民主主義」を回復するためには、立憲民主党は公約で、安保関連法の「廃案」を主張しなければ、論理的な整合性が生まれません。
そもそも立憲民主党の誕生は、2017年に希望の党の誕生時に、民進党の代表選で敗れた枝野幸男氏が、「安全保障関連法について『適切に運用し、現実的な安全保障政策を支持する』としている」ような新党として結党しつつあった希望の党の基本方針に反発して、その合流を拒絶したことが契機となっています。
当時、安全保障政策で現実主義路線を掲げていた前原誠司議員が代表を務める希望の党は、責任ある野党として健全な安全保障政策を摸索して、安保関連法については「適切に運用し、現実的な安全保障政策を支持する」必要を掲げていました。ところが、代表選で敗れた枝野氏らが、そこから離反して、新たに安保関連法への反対を掲げた政党を立ち上げたことが契機になっています。
ですので、立憲民主党は、「安保関連法」の「適切な運用」への強力な反対が、2017年に結党した際の「理念政策」であったのですから、それを軌道修正するのであればなぜ軌道修正をするのか、説明が不可欠です。あのときに、野党が分裂して、自公長期政権を生み出してしまったとすれば、政権交代可能な健全な民主主義を育む観点からも残念な帰結です。
旧民主党(民進党)は、もともとは幅広い立場の議員が自民党政権のオルタナティブを提示できるよう結集していたと思います。ところが安保法制の際に、一部の議員が健全な政策論争を放棄し、それを「運動化」、「イデオロギー化」した負債がいま表出している印象です。
そもそも、プロの法律家の高村正彦自民党副総裁と公明党の北側一雄総会長が精緻な法律論で、内閣法制局とも連携して、合憲性の範囲内に限定した安保法制の論理を構成したのにも拘わらず、当時の民進党執行部は、立憲主義の破壊、民主主義や平和主義の破壊、明確な違憲と、批判をくり返すのみでした。
そして、良識と健全な政策を訴えた多くの民進党(民主党)議員を結果として排除し、あるいはそれらのグループから離反したことは、国民の野党への信頼と期待を低下させ得る結果となりました。そのことはその後の党勢と、立憲民主党の支持率、議席数を見れば、明らかではないでしょうか。
もしも、安保法制に「違憲部分」があると主張するのであれば、菅野先生のおっしゃるとおり、具体的にどの条文が違憲に該当して、その違憲性を解消するためにどのような平和安保法制の法改正が望ましいのかを、総選挙前に提示すべきです。そうでなければ、国民は立憲民主党に重要な安全保障政策を託せないはず。
今から十年近く前、安保法制をめぐる批判がメディアにも溢れていた時期に、その安全保障政策上の必要性と、憲法上の合法性、正当性をメディアで論じていた私は、格好の批判、攻撃の対象となって、毎日膨大な攻撃にさらされていました。それへの反論が、こちらの、私がそのときに書いた著書、『安保論争』(ちくま新書、2016年)です。
そして、部分的には、現在の自民党政治資金問題も、野党が十分に政権交代可能なオルタナティブを示せないことから、権力の弛緩を許してしまい、自民党の中に奢りの感情が生まれたことに一部起因するように、どうしても思えてしまいます。
野党が健全で、強靱でなければ、民主主義は育ちません。もしもメディアが「現在の権力」(与党)を批判するのみで、「将来の権力」(野党)の政策を批判しないならば、野党執行部の側にも異なる種類の「権力の弛緩」が生まれるはず。与野党問わず、その政策の健全さ、質の高さを適切に論評すべき。
当時自民党で、安保法制の論理を構築する中心人物であった高村正彦副総裁が、いかにして司法府(最高裁)が規定した「合憲性」という枠の内側で論理を構成したのかについては、私もインタビューに加わった、高村正彦元副総裁の『冷戦後の日本外交』(新潮選書、2024年)でも丁寧かつ克明に描かれています。ご参照下さいませ。
※一番上の安保法制のデモの画像は、ウィキペディアの、ファイル:国会前 安全保障関連法案反対デモ.jpg - Wikipediaから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?