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「移民」から「環境」へ~アフターメルケルの認識変化~

メルケル首相、率直な謝罪
3月24日はメルケル首相がイースター(復活祭)休暇に検討していた行動制限措置に関し「自分の過ち」だったと認め、国民に謝罪したことが大きく報じられました。政府が決断した厳格な規制に対し国民がこれを批判し、政府が譲歩するという流れはこれまであまり見なかったものです:

ドイツ政府はイースター期間中、国民に対して外出自粛を呼び掛けていましたが、規制強化自体が唐突に打ち出されたことで連休前の店舗が逆に混雑することや、企業の生産計画が影響を受けたりすることへの懸念が浮上、「ひとえに私の過ち」としてメルケル首相が規制方針を撤回するという騒動に陥りました。一度決めたことをあっさり撤回するのは整然とした政策運営に定評があるメルケル首相らしからぬ挙動ですが、それだけ厳格な規制に対して世論の風当たりが強まっているということなのでしょう。

このニュースを見て筆者は「行動規制よりワクチン供給が先」という考え方は今後、どの国でも支配的になるのだろうと思いました。所詮、時短要請を含む行動制限は時間稼ぎであり、本質的な解決策を国民は欲ししています。定量的な行動制限を人民が受け入れるのはもはや限界であり、何よりもワクチン接種率が優先される世の中になっていくのでしょう

ドイツの州議会選挙はEUの未来を占う
なお、メルケル首相が「ひとえに私の過ち」と述べたのは、9月で引退する自分の責任にとどめて所属する与党へのダメージコントロールを図りたかったという思惑があるのかもしれません。実際、メルケル首相の所属する与党・キリスト教民主同盟(CDU)を取り巻く状況は芳しいものではありません。最新の世論調査(3月19日実施)では1年ぶりに政党支持率が30%を割り込んでいます:

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3月14日に実施されたドイツ西部2州の選挙では共にCDUの敗戦が報じられていますが、筆者の元にも、この選挙結果が持つ含意について複数の照会を受けるので、今回のnoteではこれをまとめてみたいと思います。

コロナ関連の話題に支配されているため注目されませんが、2021年のドイツは今回の2州を含めた計6州で州議会選挙が開催され、9月26日には連邦議会選挙(総選挙)が控えています。同国において2021年が「スーパー選挙年」と呼ばれる所以です。日本ではドイツの地方選挙への関心は決して高いとは言えませんが、メルケル首相を象徴とするドイツ政治が今年節目を迎え、新時代に突入することは断続的に日本でも関連報道が見られています。今後の欧州はメルケル前後で時代を区切って評論を展開することになりそうです。メルケル退場はそれほど大きなイベントなのです:

過去を振り返ってみると、ドイツの州議会選挙はその後の大きな政局に繋がることが多かったという経緯があります。2018年10月、メルケル首相がCDU党首の辞任(首相は続投)および2021年9月の政界引退を決断したのは同月に実施された2つの州議会選挙で歴史的な大敗を喫し、党人事の刷新が不可欠と判断したためでした。もちろん、2015年9月に意思決定した難民無制限受け入れや2017年9月の総選挙惨敗(第1党を維持も議席は大幅減、極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)は躍進)に対する引責も含まれていますが、直接的には州議会選挙が引き金になりました。


その後、メルケル首相からCDU党首の座を継いだクランプカレンバウアー氏も2020年2月、1年余りの在任で辞任表明していますが、これも直接的には東部チューリンゲン州での政権樹立を巡る混乱を収拾できなかったことが直接的な原因とされています(もっとも、それ以前に同氏は失言も多く、資質を疑問視する声がありました)。


こうした過去の経緯に鑑みれば、州議会選挙は9月総選挙の予行演習であり、ポストメルケルのドイツおよびEUを誰が、どのような形で率いるのかという話にまで発展し得るイベントと理解すべきであると思います。実に2005年から続いた16年間のメルケル時代が終わろうとしている中、ドイツ政治がどのように変わるかは、欧州そして世界の政治・経済・金融などあらゆるテーマにとって相応に大きな問題に違いありません。

勝利は緑の党とSPDへ
既報の通りではありますが、3月14日のバーデン=ヴュルテンベルク州とラインラント=プファルツ州で実施された議会選挙は、メルケル首相の所属する与党・キリスト教民主同盟(CDU、中道右派)が敗れ、ともに史上最低の支持率に散るという結果になりました:

具体的に見てみましょう。まず、バーデン=ヴュルテンベルク州を制したのは近年、環境政党として支持率を伸ばす同盟90/緑の党(以下単に緑の党)であり、CDUの得票率は約24%と前回(2016年)選挙から▲3ポイントほど低下し、敗れています。同州のクレッチュマン州首相は同盟90/緑の党の党首です。一方、ラインラント=プファルツ州では連立与党の一角である社会民主党(SPD、中道左派)が制し、CDUは約28%とやはり前回選挙から約▲4ポイントほど支持を落としました。なお、ラインラント=プファルツ州首相はSPDのドライヤー氏なので両州共に現職が強さを見せたことになります。

こうした結果を受けてバーデン=ヴュルテンベルク州議会は①緑の党+CDU、②緑の党+SPD+自由民主党(FDP)のいずれかを模索することになります(本稿執筆時点で確報はなし)。①ならば現状維持、②ならば緑の党とCDUの溝の深さを示す証左となり、9月総選挙後の連立政権の姿を考える上で大きなヒントになります。なお、②になった場合、ドイツの左傾化がはっきりと進んでいることを示すと言えそうです。片や、ラインラント=プファルツ州での過半数確保は、現状通り、SPD+緑の党+FDPで実現される見通しです。国政における組み合わせ(CDU+SPD)は州議会選挙においては第一の選択肢とはなっていないのです。SPDはCDUと連立して埋没することを嫌気しているという胸中があります。

問われるラシェットCDU党首の求心力
こうした結果が今年1月の党大会でCDUの新党首に就任し、ポストメルケルに最も近い場所にいるノルトライン=ヴェストファーレン州首相のラシェット氏(以下ラシェット党首と呼ぶ)の責任問題に繋がるのかどうかが注目されます
。今のところ、今回の2つの敗戦の背景には①現職の州首相がもともと強かったこと、②マスク取引を巡ってCDUの連邦議会議員が多額の手数料を得ていたとされるスキャンダルがあったこと、③長引くロックダウンを受けて政府・与党への不満が蓄積していたことなどの要因があったと見られ、ラシェット党首の求心力に帰責するものではないとの論説も目立ちます。とはいえ、元よりポストメルケルとして役不足ではないかとの声もあったことから、本当にラシェット党首を首相候補として9月の総選挙を迎えるのかどうかは未だ分かりかねる情勢です。バイエルン州を基盤とする姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)のゼーダー党首兼バイエルン州首相の方が国民人気も高く、こちらに一本化すべきではないかとの憶測は常に漂っています。ラシェット党首ならばメルケル路線継続であり、金融市場へのショックも穏当で済みそうですが、それは総選挙でCDUが勝てるということが前提です。事前予想ではCDUは相当程度、緑の党に票を奪われる公算が大です

なお、9月までには6月6日に極右政党AfDへの支持率が高い東部ザクセン=アンハルト州で州議会選挙があります。この結果が「総選挙の看板を誰にすべきか」という問題に直結してきそうです。このほか、やはりAfD人気の高い東部チューリンゲン州のほか、北東部メクレンブルク=フォアポンメルン州や首都ベルリン市でも議会選挙がありますが、これらは全て連邦議会選挙と同日の9月26日に実施されるので、やはり総選挙へのヒントを得るイベントしてザクセン=アンハルト州の選挙がひときわ大事になりそうです。

時代は「移民から環境へ」
ちなみに今回の2州において極右政党・AfDの躍進は見られませんでした。前回の州議会選挙や連邦議会選挙では移民問題に関心が集まったことで極右政党であるAfDが得票率を伸ばしましたが、今回は低下しています。一方、頭角を現し始めているのが環境や気候変動への問題意識の高まりを追い風とする緑の党です。こうした右派ポピュリスト政党の後退はドイツに限らずEU加盟各国で見られている現象です。

未だ確たることを言うべきではありませんが、現状だけを見れば「移民から環境へ」という大きなシフトが過去5年で起きたという様子が窺えます。そもそも、コロナ禍で人の移動が制限されているので移民への問題意識は一段と高まりにくいのではないかとも察します。9月の連邦議会選挙後、緑の党を軸とした連立政権の成立が模索される可能性は非常に高そうです。リスクシナリオの域に入るものではありますが、CDUの支持率がこのまま降下を続けるならば、緑の党とSPDで左派連立政権を樹立し、メルケル引退と共にCDUも下野という可能性もゼロではありません。ポストメルケル時代の始まりとして分かりやすい展開ではありますが、そのような状態が長期にわたって続くのかも定かではなく、「ドイツ政治、不安定化の始まり」を懸念する声もあります

抜群の安定を誇った16年間を経て、ドイツ政治の漂流が始まることは、改革すべき事項を多く抱えるEUにとって望ましいことではないでしょう。例えば、2020年7月、メルケル首相率いるドイツが議長国であったからこそ、復興基金は何とか合意に持ち込めたという評もあります。そのような指導力を発揮できる政治家が今のEUにはそれほど見当たりません。ドイツの州議会選挙は異国の地方選挙でありながらも、その後の大きな話に発展し得るニュースとして注目すべき材料として注意喚起したいものです。9月まで色々なニュースが交錯しそうですが、アフターメルケルのドイツ政治はEUの未来を考えるという視点からウォッチしていきたいテーマです

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