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アップルの新製品「AirTag」は、新しいネットワークの地平をひらく

 アップルが財布やカギなどの紛失を防止してくれる新製品「AirTag」を発売しました。これは単なる「紛失防止タグ」としてだけでなく、あらたなインターネットの地平を見せてくれる製品になりそうです。

 AirTagの通信機能は、Bluetoothだけです。WiFiもなければ、もちろん4Gや5Gなどの携帯電話の機能もありません。だから近くにあれば自分のスマートフォンと接続できますが、Bluetoothの届く距離を越えて離れれば接続が切れる。これはさまざまなメーカーから発売されていた既存の紛失防止タグと同じで、手元から離れるとスマホに通知が送られ、どこで離れたのかをマップ上で教えてくれますが、そこから先はタグがどこに行ってしまったのかはわかりません。

 つまり「紛失防止」にはなるけれども、紛失した後に居場所を探すことはできないのです。そこで従来の紛失防止タグは、メッシュネットワークをつくるなどの工夫をしているものもありました。

メッシュネットワークとは何か

 メッシュネットワークというのは、WiFIやBluetoothなどの近距離しかつながらない通信機器であっても、たくさんの機器が存在すれば、それらが相互につながることによって、広範囲な無線のネットワークをつくることができるというものです。強力な携帯電話の基地局が存在しなくても、飛び石伝いのように通信を結んでいけるということです。

 しかし従来の紛失防止タグのメッシュネットワークには限界がありました。この種の製品には世界中で使われているようなデファクトスタンダード(事実上の標準)がなく、同じ製品を使っている人が少ない。そうすると紛失防止タグ同士が通信する機会も少なく、メッシュネットワークが構成されにくいのです。

iPhoneが世界に20億台も存在するというインパクト

 しかしここにAirTagがやってきました。AirTagもメッシュネットワーク機能を採用していて、自分のAirTagがどこか遠いところに離れてい手も、近くに見知らぬ他人のiPhoneがあれば、そのiPhone経由で自分のiPhoneに連絡してきてくれる。そしてこのiPhoneメッシュネットワークが凄まじいのは、膨大な台数が世界中に存在することです。これまでのiPhoneの累計出荷台数は約20億台。年間に2億台ずつ販売されています。古いiPhoneは稼働していないでしょうが、おそらく10億台近い数がつねに稼働していると考えられるのではないでしょうか。

 もちろんiPhoneは携帯電話の基地局がなければ通信できないので、完全なメッシュネットワークではありません。しかし携帯電話の基地局網とiPhoneのBluetooth通信が相互補完するかたちで、世界中を網羅する巨大な疑似メッシュネットワークができあがっていると言えそうです。これは従来のスマホの機能を越えるような新たな何かの地平を見せてくれそうな気がします。さらには基地局が仮に災害などでダウンしている場合にも、BluetoothやWiFIの通信で臨時のネットワークを生成できるようになる可能性もあります。

 ちょうど同じタイミングで、米テック系メディアのテッククランチからこんな記事も出ていました。いまの電力は大きな発電所で生成され、変電所を経由して多方面に送電されている中央集権型ですが、これを分散型と併用するかたちにしていこうという話です。家庭のソーラーパネルで発電し、それをテスラの自動車に蓄電し、さらに電力会社にも売り戻しできるようにする。

電力は分散型から中央集権に進み、再び分散に回帰する

 電力はもともとは分散型でした。それぞれの工場が自前で発電機を用意し、工場敷地内に電力線を引いて自家発電してまかなっていたのです。発明王エジソンがその構図を変えました。彼の設立したGE社が巨大な発電所を作り、そこから全米各地へと電力網を使って配電する仕組みを作りあげ、徹底的に電力コストを下げることに成功しました。

 ニコラス・カーは2004年の著書『クラウド化する世界』(翔泳社)で、コンピュータも電力網のような中央集権的な方向に進むのではないかと予測していました。つまりサーバはすべてクラウドに一元化され、クラウドからコンピュータパワーを「配電」してもらうようになるのではないかと考えたのです。

 カーが予言したとおりにクラウド化は進みましたが、いまはもう一歩進んできています。クラウドに完全に一元化するのではなく、端末のエッジや基地局・オフィスなどにコンピュータパワーを分散する流れになっているのです。いわゆる「フォグコンピューティング」ですね。はるか空の上にある雲(クラウド)ではなく、わたしたちの周囲に漂う霧(フォグ)でさまざまな処理が行われる。

フォグ化するネットワークは強靭である

 テスラの分散電力網はフォグ的な発想に近いのではないかと思います。AirTagで使われるiPhoneの疑似メッシュネットワークも、携帯電話網とBluetoothによるiPhone網を併用するという意味で、やはりフォグ的。そしてこのフォグはレジリエンスがあり「反脆弱」であり、災害などに対しても強い。つまり災害が多発しパンデミックも起きる21世紀の現代に適合した概念だとわたしは考えています。

 このようなフォグが世界中を覆い尽くしていけば、あらゆる場所がネットワークになっていき、ネットワークそのものが世界であるという新たな概念を生みだしていくようにも思います。その未来はどのようなものになるのかをこれから考えていきたいところです。

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