褒められて嬉しいときと、そうでないときの違いとは
こんにちは、電脳コラムニストの村上です。
※ 本記事は日経朝刊投稿募集「 #褒められてうれしかったこと 」への寄稿です。
今回のテーマは、働きがいを高めること。同僚同士で話し合うことで相互の理解を深めることは、これを高めることにつながります。特にコロナ禍においては飲みニケーションもめっきり減り、また在宅勤務を導入している企業では偶発的な社内での横のつながりも減少しており「対話の機会」が失われているかもしれません。
機会が減ったならば、1つ1つの質をあげていくことが重要です。そのためには「聴く」能力が大切だという話を以前書きました。
働きがいを高めるためには、対話の中身に注目するべきでしょう。自分がやっていることが上司や同僚に認められる、褒められること。誰しも嬉しいものだと思います。最近では社員間で感謝の印を具体化するため「ピアボーナス」(社内通貨)を贈り合うツールを導入している企業もあります。私の勤務する会社でも「Bravo!」というツールがあり、ちょっとした感謝をいつでも同僚に送ることができます(これはポイントとして貯まると、Amazonギフト券などに交換することができます)。
ピアボーナスも嬉しいのですが、周囲の人に「がんばったね!」と言われる方が良いという方もいらっしゃるのではないでしょうか。世界で8億人弱が利用しているキャリアSNS「LinkedIn」では、投稿をするときにオプションが選べるのですが、その中に「ちょっと一言送る」という機能があります。これを使うことで気軽につながっている人をタグ付けして感謝を送ることができます。同僚でもいいですし、取引先やプロジェクトをご一緒した方でもいいでしょう。社内に閉じず広く自分のネットワークにシェアすることで、その方の評判を高めることにもつながります。
ここまでは「褒められると嬉しいよね」という話をしました。しかし、褒められてもあまり嬉しくなかったという記憶もありませんか?
私もそのような経験があります。例えば、まぐれ当たり的に成果を出してしまい、それを褒められたとき。「いや、、、それほどのことではないのですが、、、」とバツが悪くなってしまいます。もしくは、ほとんど仕事で関わったことのない社内の方から「あれ、すごかったね!」のように言っていただいたとき。もちろん嬉しくないことはないのですが、「実際わたしのことも、その仕事のこともほぼ知らないですよね??」という場合はやや複雑な気持ちになります。
つまり、褒められて嬉しい・嬉しくないというものは、人間関係と努力とか関係しているのでしょう。自分のことをよく知っている人から、自分が努力したと感じていることを褒められる。これが一番嬉しいことなのかもしれません。
もう3年くらい前の話になりますが、このような経験をしました。まだCOMEMOを始めて半年くらい経ったときでしょうか。今でもそうなのですが、実は私はCOMEMOをやるまではまとまった文章をWebで公開するような経験もなく、どちらかというと面倒なので嫌というタイプでした(このあたりのお話はnoteのプロデューサーである徳力さんにインタビューしていただいた記事にまとまっていますので、興味のある方はぜひ)。
COMEMOの良いところのひとつに、日経本紙との連動があります。この記事もそうですが、編集部の方の目にとまれば自分の記事が日経新聞に載る可能性があるのです(これ、何気にすごいことじゃないですか?)。
以前、私のある記事が再編集を経て日経新聞に掲載いただいたことがありました。名前つきで自分の記事が本紙に出たことに素直に感動していたのですが、掲載日の朝に電話がかかってきました。前職で大変お世話になった尊敬する大ボスから久しぶりの電話でした。
一体何事かと思いとってみると、以下のようなことでした。
「おーー、村上!今日の日経読んだぞ。良いこと言ってんじゃないか!その調子でバンバン意見を掲載してもらえーー!」(という趣旨)
これにはびっくりすると共に、苦手意識はあったけどコツコツ書いていてよかったなー!!と心底思いました。そして、自分の良いところも悪いところも知ってる方が努力した成果を褒めてくれる。これに勝るものはないな、とも思いました。
月並みな言葉ではありますが「いまやっていることは、誰かが見ていてくれる」。これを信じて、引き続き頑張っていきたいと思います。
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タイトル画像提供:mits / PIXTA(ピクスタ)
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