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権力闘争としての「テクハラ」を読む

今年も新入社員が入社する季節がやってきた。新入社員が4月に一斉に入社するのも我が国の新卒一括採用の慣習と連動しているなら、この先どれだけ続くかわからないが、桜が咲くことなどとともに、日本の春の風物詩と言っても良いのだろう。

その時期に合わせてこんな記事が掲載され、私が見ている範囲では、SNSでさまざまな意見が交わされていた。

要約すると、ハラスメントは必ずしも上司(年長者)から部下(目下の者)に対するものだけではなく、部下から上司に対する行為もハラスメントとなり得るので注意した方が良い、という趣旨である。特にタイトルにもあるようにテクノロジーやITについて十分な知識がない先輩社員に対して、若手社員が優越的に振舞うことがハラスメントになりうる、というのだ。

この「テクハラ」を、記事の表にある「レイハラ」(国籍や人種に関するハラスメント)や「エイハラ」(年齢に起因するハラスメント)ような問題と同列に扱うべきものなのか、という点は気になった。生まれつきのものなど、本人の努力で克服しようがないものと、後天的に個人の努力で克服できる可能性がある「テクハラ」はわけて考えた方がよいのではないか。

この「テクハラ」については、ハラスメントの問題というよりは、企業・組織の中で、テクノロジーやITが、構成員間の力関係・権力構造を変化させている、と理解するなら、なかなか興味深い。

従来は、年功序列の日本の組織の中で役職が上の人、つまり先輩社員が組織の情報を握り、部下にはない情報を上司が持っている事によって、またそれを背景とした人事権などによって優越的な地位にあった。その地位にもとづく行為が是認される一定の範囲においては指揮命令権として認められ、過度になり容認されない場合にパワハラと呼ばれる行為になってきた。

一方で、ここで「テクハラ」と言われている行為は、部下にあたる人がテクノロジーや技術を使うことによって、上司による情報の独占を脅かしている、と捉えることが出来そうだ。組織に関する情報の取得について部下の方が優越的な地位になりかねないことで、上司の権力の源泉が脅かされるという危機感が背景にあるのではないだろうか。年齢が上がり職位が上がることと、情報を得て独占することがリンクしなくなってきている、ということだ。

これを、上位役職者が情報を独占することによって組織内での権力を維持してきたことに対して、下位の(若い)層がITやテクノロジーによって下克上を仕掛けるという、組織の権力闘争としてとらえるのであれば、ハラスメントとして片づけることが果たして正しいのだろうか、と思う。

もし組織の上位者たちに一定以上のITやテクノロジーの知識があるのであれば「テクハラ」問題は起こりえない。年齢や役職の上下に関わらず IT やテクノロジーの知識があるなら、そもそも情報を握れる上位者の方が有利である構造は維持しやすいからだ。そして IT やテクノロジーについて一定レベルの知識や能力が年齢や役職の上下に関わらずあることは、今日のグローバル企業とされる組織の常識と言ってよいだろう。

その「常識」があれば「テクハラ」問題は起きないのだが、それがこうして新聞記事になるというのは、極めて日本的な状況であると感じる。

こうした権力構造の変化に対して拒否感を持つ年長者や上位役職者として取りうる方策は、1つは IT やテクノロジーの知識を自らも身につけてその点で若い人に劣らないようにするということがある。もう1つは、 こうした知識を身につける努力をする代わりに、下位者の行動を「テクハラ」とネガティブにラベリングして牽制するというやり方が考えられる。

この記事が、どのような人に取材をしてどのような経緯と意図で書かれたものかはよくわからないが、第三者としてややうがった見方をすると、これはデジタルに対する理解の努力をせずに、今の自分たちの立場を維持したい年長者の立場を代弁し正当化しているとも受け取れる。

トヨタの豊田章男社長が、今年の入社式で新入社員に対して、デジタル化の遅れにより適切な情報の共有をしてこなかったことによって、自分が社長になってから入社した約1割の人がトヨタを去っていったと、反省も込めて式辞で言及していた事が大変興味深い。

若いうちに退社を決めた理由の一つに、デジタル化の遅れがあります。今のトヨタには情報を持っている人がえらいという風潮があり、情報が共有されず、一部の人だけのものになっているという実態があります。この現実を変えるためにも、デジタルネイティブ世代がリーダーとなり、この3年間でデジタル化を一気に進め、世界のトップレベルまでもっていきたいと思います。そうすることで、必要な人が、必要な時に、必要な情報を入手できるようにし、みんなが同じ方向を向いて仕事に打ち込める環境を作りたいと思っております。

豊田社長のような意識を持っているのであれば、「テクハラ」といった言葉が殊更に出てくるだろうか。個別にはそうした目に余る行動をとる若い人がいることもまた想像でき、それをよしとするものではない。だが、組織そして社会全体としては、上位役職者や年長者がデジタルテクノロジーの理解と活用を怠り、それゆえにこの国が他国に大きな遅れをとっているという現実を直視しなければならない。

もちろん若い人が不遜な態度を取るべきだということではないが、若い人も年長者も対等に学ぶべき立場と考えた時に、年長者や上位役職者が「テクハラ」という言葉を安易に用いて、若い人をスポイルすることは、厳に慎みたい。

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アクティブビジョン(株) 代表取締役。大手企業とスタートアップ双方の事業創造・成長のサポートを手がけ、短期的な戦略コンサルティングの後に必要となる、地味な伴走型の戦術コンサルティングを手がける。 http://www.aktivevision.com  tw:@yasuok10