2021年後半、新興国通貨に訪れる選別の時~正常化に伴う成長痛~
「成長痛」を前にした新興国の現状整理
4月に公表されたIMF世界経済見通しでは、2021年の世界経済はワクチン接種率に優れる先進国の回復が先に立ち、新興国との格差が平時に増して拡がるとの見通しが示されました。こうした見方は新興国の混乱の種として警戒すべきものです。というのも、量的緩和の段階的縮小を示唆した2013年5月のバーナンキ元FRB議長の議会証言(通称バーナンキショック)以降、FRBが9回目の利上げを行う2018年12月まで、新興国は断続的に資本流出による混乱を強いられ、停滞を強いられたことがありました。既にこうした論点を気にする報道は見られ始めています:
実体経済状況に関し、新興国が先進国に劣後すると、先進国金利の上昇に連れて、新興国から先進国への資本移動が誘発されやすくなります。当然、新興国通貨は大幅な通貨安に直面するでしょう。この際、新興国中銀は通貨防衛のために望まぬ利上げを強いられ、それが実体経済の勢いを削ぐことになりそうです。自由な資本移動が活発になっている以上、そのような動きは不可避であり、世界経済が危機から正常にシフトする際の「成長痛」のようなものなのかもしれません。新興国にとっては災難です。
しかし、新興国といっても多種多様です。当然ですが、その中でも選別は進むでしょう。考慮すべき論点は複数ありますが、為替市場では伝統的に経常収支や外貨準備の状況からその耐久力を推し量るアプローチが奏功してきた経緯があります。
経常収支はやはり重要
定番はやはり経常収支の状況からの選別だ。下図は経常収支と為替変化率(%、対ドル、年初来、4月26日時点、以下同)を整理したものです:
経常収支は2020年実績および2021年予測がコロナショックの影響で大きく振れるので、2015~19年の平均を用いています。通貨の変化率はあくまで年初来で見ています。やはり経常黒字通貨の方が分散(すなわちリスク)が小さいように見えます。その上で目に付く通貨を挙げると、アルゼンチンペソ(ARS)やトルコリラ(TRY)の劣勢がやはり特筆されます。いずれも経常赤字の大きさから通貨売りに晒される定番通貨です。ARSは慢性的な外貨不足が指摘される中で手放される動きが進みやすく、それ自体は文字通り、経常赤字に起因する通貨安です。一方、TRYは内政運営の不味さも相まって売られることも多く、今次局面では観光産業への打撃が実体経済の悪化を招いていることも通貨安の理由として指摘されています。TRYに関して言えば、経常赤字は数ある通貨安の理由の1つに過ぎないのでしょう。なお、この2通貨は2019年通年も▲20~▲40%という下落を経験しており、もはや売りが常態化しています。来るべき「成長痛」で混乱を経験しやすい通貨でしょう。
経常赤字通貨でも南アランド(ZAR)は対ドルで+3%ほど上昇しているが2019年通年では▲5%下落しているという経緯があります。経常赤字も相応に大きく、米金利が上昇するような局面では金価格上昇というZARへの追い風も期待しづらいものがあります。米金利とドルが相互連関的に上昇する局面では「成長痛」を被りやすい通貨と考えたいところです。
メキシコペソ(MXN)も+0.4%と経常赤字国通貨ながら堅調ですが、2019年通年では▲5.5%下落しており、従前の原油価格上昇を踏まえれば、むしろ産油国通貨の割に軟調な印象を受けます。チリペソ(CLP)は銅価格上昇の恩恵を受けて買われているようです。今後、米金利が上昇するような局面では景気回復期待から銅価格も堅調になりそうなので、この辺りはCLPの下支えにはなりそうですが、そもそも「成長痛」がテーマ視される局面ではGDP比▲3%前後の経常赤字というのはやはり目を付けられやすいように思います。
外貨準備基準で浮彫りになる危うい新興国
経常収支と並んで資本流出の防波堤として期待されるのが外貨準備です。古くは「輸入3か月分以上」や「対外短期債務との比率(外貨準備÷対外短期債務が1.0以上)」、「マネーサプライとの比率(外貨準備÷M2が10~20%程度)」が資本流出局面に備える際の適正な外貨準備水準と言われていました。現在ではIMFが外貨準備適正評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)と題し、そうした伝統的な基準を組み込んだ上で、外貨準備に関する総合的な判断基準を設けている。具体的には①輸出額、②対外短期債務、③マネーサプライ(広義流動性、Broad money)、④その他債務を構成項目とする判断基準です(①~④のウエイトは固定相場制と変動相場制で可変的です)。
IMFはこうして算出されたARAに対し100~150%程度(外貨準備÷ARAが1.0~1.5程度)の外貨準備水準を維持することを推奨しています。図に示すように、上述したARS、TRY、ZAR、CLPは1.0を割り込んでおり、外貨準備基準に照らしても不安が抱かれます:
世界最大の外貨準備を誇る中国人民元(CNY)が1.0を割り込んでいるのは巨額のマネーサプラ(M2)の存在を抱えているためです。ARAの基準に照らす限り、国内のマネーが多ければそれだけ資本逃避に備えるための外貨準備が必要になるという考え方になります。これは当然の考え方ではあります。しかし、同国固有の通貨危機ならばまだしも3兆ドルを超える外貨準備と世界最大の経常黒字(2020年実績)を踏まえれば、世界の正常化に伴う「成長痛」は十分乗り切れるものでしょう。
「予想された混乱」とも言える「成長痛」
米国を筆頭として正常化プロセスが進行するとした場合、今後懸念されるのはやはり「経常赤字が相応に大きく、ARA基準で見た外貨準備が1.0を割り込む新興国通貨」になるでしょう。具体的にはARS、TRY、ZAR、CLPといった通貨群がどうしても目に付きます。なお、台湾ドル(TWD)はARA未公表ですが、世界で5指に入る外貨準備水準に加え、GDP比2ケタの経常黒字も加味すれば大きな心配は不要でしょう。むしろTWDに関しては政治リスクに起因する売りを警戒したいところです。
もちろん、為替が変動する要因は複数あり、事前に把握できるものは限られています。足許で感染者数が急増しているインド(INR)のような国では今後、経済の悪化が金融政策の修正に繋がり、金利低下などを契機として激しい通貨売りを招く可能性が考えられます。また、バイデン政権に移行してからも関係悪化が伝えられるロシア(RUB)のように、盤石の経常黒字と外貨準備を誇りながらも精彩を欠く通貨もある。テーマは時々刻々と変わる。
しかし、過去の経験則に倣うのであれば、先進国(端的には米国)の経済・金融情勢の好転を受けて新興国からの資本流出が加速、新興国中銀が通貨防衛のための望まぬ利上げを強いられるという場面は繰り返されてきました。「予想された混乱」と言っても良いかもしれません。金融市場全体からすれば、そうした混乱は世界が危機から平時に向かうための「成長痛」のようなものであり、免れないものなのかもしれません。
また、そうした混乱のたびに経常収支や外貨準備の水準が持ち出され、新興国通貨の選別が議論されるというのも恒例のパターンです。IMFを筆頭とする各種機関の見通しが正しいとすれば、こうしたパターンは遅かれ早かれ1年以内に目にすることになると筆者は考えています。取引・収益の機会としては捉えたいところです。既に先進国ではカナダがテーパリングに踏み切っていますが、これを追いかけるように、早ければ年後半以降にそうした動きが活発化する恐れはあるでしょう。その時に備えて、どの新興国が危うそうなのかは頭に入れておきたいところです。
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