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「消費者から選ばれる理由」を"見つける"マーケティング

作ってもなかなか売れない時代

サントリーは「オールド」や「ローヤル」などを引っ提げて62年、米国に進出する。それから17年経った79年になっても、米国でのウイスキー販売量は、年間1000ケースに届かない。完全に閉塞状況に陥っていた。そこで佐治は、この年から販売を始めたメロンリキュールのミドリに注目。ウイスキーに投入していた販売原資を、そっくりミドリに充てる決断を下した。
(略)
もちろん佐治も、社員の思い入れや、販売の努力を十分に分かってはいた。飲めば、うまいとの評価は得ていた。だが、多様な銘柄のウイスキーがある米国で、消費者はわざわざ日本発のウイスキーを選ぶ積極的な理由がない。

サントリー佐治さんが意思決定を下したのが1979年。既に米国では「作れば売れる時代」では無かったことを表す好例です。

「作れば売れる時代」の主導権はメーカー側にありますが、「作ってもなかなか売れない時代」の主導権は消費者側にあります。

なぜなら、何を買うかの選択と権限は常に消費者にあるからです。

「作れば売れる時代」は、物が不足して、競合がそもそも少ないので主導権はメーカーにあります。「作ってもなかなか売れない時代」は、物が飽和して、競合も多ければ、消費者の選択肢にそもそも入らないか、入ったとしても選ばれない可能性は常にあるから主導権は消費者にあります。

「作ってもなかなか売れない時代」に必要なのは、消費者から選ばれる理由を作ることだとわたしは考えています。

冒頭紹介したサントリーの事例も「消費者がわざわざ日本発のウイスキーを選ぶ積極的な理由」について言及されていましたね。

メーカー側からしたら「一番大事にしていること」であっても、消費者からしたら「別にどっちゃでもええわ」なんてこともあるのです。わたしたちのセールスポイントや強みは、必ずしも消費者が選ぶ理由にはなりません。

というわけで今回は、わたしたちメーカー側が「消費者から選ばれる」にはどうしたら良いか? について深く考えたいと思います。


養命酒の競合が美酢だった件

我が家はわたしも(妻)もアラフォーに差し掛かっているので、"健康のために身体に良いこと"を日々実践しています。具体的には①飲食でやれること、②手軽・簡単であること、2つの条件を設けています。

比較的長く取り組んでいたのが「養命酒」です。夜寝る前に飲むだけで、朝までグッスリ(個人の感想です)。

もともと、わたしが漢方にハマっており、以前は漢方薬を煎じて飲んでいたのですが、30分煎じて30分冷ます作業が「②手軽・簡単である」と矛盾するなと感じて、同じく漢方系の「養命酒」に切り替えたのです。

さて、そんなある日、養命酒を飲み切ったわたしはなんとなく「何か違うものに切り替えたい」と(妻)に相談しました。「養命酒」が嫌いになったわけでは無いのですが、味に飽きてしまったのです。

「いいんじゃないの?」と(妻)の同意も得てスーパーで代替品を探していたら、「美酢」が少しだけお安く販売されていたので、直ぐさま買ってしまいました。お酢って健康に良いですし、韓国で流行ってますからね。わたしはザクロ味が一番好き。

わたしにとって養命酒の競合は美酢で、美酢の競合は養命酒だったのです。

メーカー側からすると「想定していなかった競合」かもしれません。養命酒は薬用酒カテゴリであり、ドリンク剤・ビタミン剤カテゴリです。美酢はお酢飲料カテゴリです。カテゴリが全く違います。

ただし、自分の胸に手を当てて考えてみると、商品・サービスを選ぶのに、わざわざメーカーの定義するカテゴリを想定して選ぶでしょうか。わたしは「美酢は薬用酒カテゴリじゃないから選ばない」なんて考えませんでした。

もちろん、機会自体はゼロではありません。例えば「良い炊飯器で美味しくご飯を食べたい」「寝心地の良いソファで寝たい」等のニーズに対して、決まったカテゴリから商品を選ぶ場合もあります。

我が家の炊飯器は象印の「炎舞炊き」ですが、競合を調べるなら同じ炊飯器を提供しているパナソニックの「おどり炊き」や三菱電機の「本炭釜」といった本格派炊飯器カテゴリで比較するでしょう。

ただ大半は、カテゴリを飛ばして商品を想起していませんか?

例えば「お腹空いたからガッツリ食べたい」なら、吉野家、丸亀製麺、ココイチ等が真っ先に思い浮かびます。

他にも「今日の夜は熟睡したい」なら、整体マッサージ、入浴剤、めぐりズム、アリナミンナイトリカバー等が真っ先に思い浮かびます。

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カテゴリを超えて、ニーズ(或いはジョブ)を想起した場合、カテゴリに縛られない競合が思い浮かびます。

吉野家の競合は松屋、すき家の牛丼カテゴリだけでなく、丸亀製麺やマクドナルドのようにガッツリ食べられるご飯処です。逆にオーガニック専門店は競合にはならないでしょう。

このことから分かるように、商品が選ばれる理屈は「業界」や「カテゴリ」だけではなく、常にニーズから始まります。ニーズから真っ先に連想される商品が、もっとも選ばれる確率が高いのです。


近視眼的マーケティングになってはいけない

吉野家は牛丼を提供しているので、牛丼カテゴリに分類されます。しかし実際に提供しているのは「満腹」です。「肉と炭水化物で腹一杯」です。だから競合に丸亀製麺やマクドナルドが浮かぶのです。

メーカーが販売しているのは商品・サービスであり機能なのですが、消費者が購入しているのは効用でありベネフィットです。「ドリルを売るな、穴を売れ」ってやつですね。

したがって、競合は易々とカテゴリを超えます。消費者にとって「肉と炭水化物で腹一杯」になれるなら、何でも良いのですから。

分かりやすい事例が「書店」です。経済産業省商業統計及び経済センサスによると「書籍・雑誌小売業」の事業所数は1988年をピークに減少し続けています。特に2007年〜2012年は定義が変わったのか、というぐらいに。

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わずか約30年のうちに、書店は3分の1以下に減りました。

言われてみれば「街中の書店」ってもう見ませんね。「駅前の書店」も比較的大きな駅でしか見かけません。書店は何に負けたのでしょうか?

諸説あるでしょうが、原因の1つとして「コンビニに負けた」説をわたしは提唱しています。日本フランチャイズチェーン協会の資料によれば、1983年以降ほぼ一貫して店舗数は増加しています。

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特に1988年〜1998年の約10年間は、毎年106%以上の成長を続けています。時期的には、書店の衰退と重なります。

消費者は、本が買えるならどこでも良かったのではないでしょうか? 今では考えられないかもしれませんが、コンビニには雑誌、新聞、週間月間の漫画誌が陳列されていて、書店に行かずとも書籍が買えたのです。

T.レビット教授「マーケティング論」には、次のような一文があります。

鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客をほかへ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は、輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。

話は逸れますが、日本に小林一三が居て良かったと思いますよね。

さて、書店はコンビニに負け、さらには出版業界自体も1996年をピークに長いトンネルに入ります。わたしは事業の定義を誤ったのではないか、と感じずにいられません。

消費者は本を買っていますが、本自体が目的ではありません。一人で楽しめるエンタテインメントを求めているのではないでしょうか。すなわち消費者は物やサービスを買っているけれど、それ自体を買っているわけではないのです。


「何を買っている?」から「なぜ買っている?」

朝一のゴルフ第一打はテンションを上げたいけど、ビールだと手元が狂ってしまうし、「ほろよい」だとデザインが可愛くて野郎ばかりでプレイする時は恥ずかしいし、ノンアルコールビールはどうしても好きになれない…。

そんな時、美味しくテンション爆上げしてくれるアルコール度数0.5%のビアリーは、私にとって欠かせません。

ただ、わたしはビアリーを買っているのですが、ビアリーが欲しいわけではありません。ゴルフ場で朝一から爆上げしたいテンションを買っているのです。

1人◎◎は平気なんですが、元気を出したくて肉をガッツリ食べたい時、各卓が家族連れやカップルや友人で埋まっているのに1人ポツンと牛角で焼肉を食べる勇気はありません。いつも「うーん、吉野家かな…」となります。

そんな時、1人で焼肉を頬張れる焼肉ライクは、マジで最高です。

ただ、わたしは焼肉ライクで肉を注文しているのですが、焼肉ライクの肉が欲しいわけではありません。肉をガッツリ食って元気を買っているのです。

なぜ買っているのか。その理由こそ「消費者から選ばれる理由」であり、熱狂的に支持されるほど、LTVは高まります。この構造は、森岡毅さんの言葉を借りれば「投票回数無制限の人気投票」を意味します。

だからこそ、何を買っているか知るPOS分析だけでなく、なぜ買っているか知るインサイト分析への転換が求められているのではないでしょうか?

POS分析では絶対にわからない、わたしの個人的体験談を紹介します。

平日夕刻は、ほぼ90%の確率で、ふら〜っとオフィス近くのコンビニに行きます。そして何かを買います。ポイントカードを提示しているので、恐らくデータ上は「ヘビーユーザー」でしょう。

しかし、コンビニに行くのは欲しいものがあるからではなく、息抜き・リフレッシュを目的に環境を変えたかったからです。

朝9時半からずっと座りっ放しで昼飯を食う時間も無く作業中か会議中。そりゃ、気持ちを切り替えたくもなります。もし、オフィスの近くに気分転換できるカフェがあれば、そちらに足を運ぶ頻度は高まったでしょう。

私がコンビニで買っているのは「10分程度の息抜きのための時間」だったのです。そのニーズに合致する場所がコンビニ以外に無かったのです。


消費者から選ばれる理由はなぜ重要か?

なぜ「消費者から選ばれる理由」が大事かと考えると、購買頻度に如実に影響を与えるからです。

出勤時、わたしがスタバでラテを買う頻度は5日に1回程度です。しかし、何らかの理由で購買頻度が高まれば(20日に5回になれば)、LTVは自ずと高まります。中でも大事なことの1つは、1回も買わなかった人が来店してくれることでしょう。

したがって「選ばれる理由」が重要なのは、「その理由で自社の商品・サービスがノミネートされ、かつ第1位になる人を増やす」=「LTVを高める」ために必要だからです。

先ほどのビアリーの例で言えば、朝一からゴルフ場で爆上げしたいテンションを買いたい時、第1位にビアリーが選ばれたいわけです。メーカー側としては、エナジードリンクや、ノンアルコールビールに負けたくないわけです。

ところが、えてしてメーカー側は自社の商品・サービスに対して「こういう機能があったら選ばれますよね?」「こういうオプションがあったら選ばれますよね?」と考えます。

しかし消費者から考えれば「他にも様々な選択肢がある中で、その機能やオプションをわたしが1位にランクインさせる理由が何かある?」と思うでしょう。

それこそ冒頭に紹介したサントリーのウィスキーが良い例です。


「消費者から選ばれる」にはどうしたら良いか?

禅問答みたいな話ですが、消費者に「欲しい!」と思ってもらうために手っ取り早いのは、消費者が「欲しい!」と思うものを開発することです。

ただし、そうした商品は競合が多い。(北の達人さんのようなケースは稀ではないでしょうか)

大半の場合は「欲しい!」と考えや認識を変えてもらう(パーセプションを変える)ことが必要なのですが、それとて消費者を騙し洗脳することではありません。消費者の心の中の「欲しい理由」を特殊な虫眼鏡を用いて"見つける"ような感覚に近い。

音部大輔さん「The Art of Marketing マーケティングの技法 ― パーセプションフロー・モデル全解説」の冒頭には、「アリエール」除菌開発秘話が掲載されています。"見つける"ためにリサーチに取り組まれています。

結局のところ、もっとも大事なことは「消費者から第1位に選ばれる理由」を見つけ、製品やサービスに実装することです。絵空事で終えてはいけないということです。

マーケティングの「4P」が秀逸だといつも思うのは、ProductもPlaceもPriceもPromotionも「選ばれる理由」に紐付く点です。そして、マーケティングはPromotionだけすれば良いのでは無く、選ばれる理由をProductに実装しなければいけません。

その意味おいて、マーケティングはマーケターのものではなく、組織全体の活動であるとわたしは感じています。

そして、消費者から選ばれる理由を見つけて、市場を大きくグロースされたのが当時の高岡さんが率いていたネスレです。

というわけで、最後に宣伝。22年4月15日(金)15時から約90分、インサイト・マーケティング2022と題して、高岡さんとわたしで消費者インサイト、消費者から選ばれる理由について語ります。

ぜひぜひ、よろしければご視聴ください〜!

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