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経営学者が選ぶ2021年の人事系ニュースTOP2:人材育成志向の副業文化が作れるか?

増える大企業での副業解禁

この数年、副業に対する企業や自治体の姿勢が変わってきている。それまでは、機密保持と本業への影響を危惧して禁止されてきた副業を解禁する動きを見て取れる。特に、2021年は大企業で副業を解禁すると宣言や新制度を開始したというニュースが紙面を賑やかした。

しかし、多くの企業では、サイドビジネスを意味する「副業」ではなく、パラレルキャリアを意味する「複業」を使用している。パラレルキャリアとは、本業以外にもプロフェッショナルとして経験を積むことで、自分の専門性に幅や多様性を持たせることを意味する。人材開発の意味合いが非常に強く、人生100年時代で職業人生が長くなる中で、雇用され続ける力(Employability)を高めるうえで有効だとされている。

そのため、ニュースや新聞などの紙面では「武者修行」や「修行」という言葉を目にすることができる。

副業の建前と本音

しかし、実際に人材開発を目的として副業に勤しむ従業員はどれほどいるのだろうか。厚生労働省の「副業・兼業に関する労働者調査」の結果を見てみると、副業をしている理由の過半数以上は「収入を増やしたい」となっている。また、年収30万円未満では「本業の収入が少なすぎる」から副業をするという人も多い。

副業

企業が期待しているような「活躍できる場を広げたい」「様々な人とのつながりが欲しい」「能力を活用・向上させたい」という人は全体の2割以下である。特に、「能力を活用・向上させたい」という人は1割以下となっている。これらの項目が高くなるのは、月収が30万円以上を超えてきてからとなる。手取りで月収30万円以上となると、年収換算でボーナス無しで約500万円以上、ボーナスありの場合は約600万円以上となる。国税庁の調査によると、給与所得者全体の中で年収600万円を超えている人の割合は全体の上位2割しかいない。

つまり、企業が人材育成を目的としているといくら綺麗ごとを言っていても、副業申請者の多くは「残業代削減や低い給与、全然上がらない昇給を補填するために仕方なしに副業している」というのが現状だ。当然、そのような理由で行う副業のため、多くは本業よりも低単価で、自分の時間を切り売りして行うことになる。

当然ながら収入補填を目的として副業をすると、労働時間が長時間化して健康問題を発生したり、本業に割くことができるエネルギーが減ってしまうリスクが高まる。また、副業で低単価の仕事をしていても、アルバイトのような仕事となってしまい、新しい専門性を身に着けて本業へのフィードバックも期待しにくい。

まず、副業を人材育成や従業員のキャリア開発に活かしたいのであれば、上がらない日本の給与問題をどうにかしなくてはいけない。それを抜きにしても、健全な副業文化は生まれない。

人材育成目的の副業は運用が難しい

それでは、副業を申告する際に副業内容に制限を付けて、人材育成とキャリア開発に繋がるものだけにしてしまおうという手段もある。大学教員や公務員でよくみられる方式だ。しかしそうすると、ごく一部の従業員だけの施策となってしまいかねない。ごく一部の従業員しか歓迎しない人事制度をいれると、対象から漏れる従業員の就業意欲を削ぐことに繋がるリスクが高い。

また、修行として出向させようにも、候補先として相応しい相手がそう簡単にはいないという問題もある。今は中小企業、とりわけ地方の企業は人手不足だという声はよく聞く。しかし、それで大企業で長年働いてきたベテラン社員や若手社員が歓迎されるかというと必ずしもそうとは言えない。

そもそも、外部の人材を使うということは難易度が高い。中途採用者が適応できなかったり、派遣社員がうまく職場に馴染めなかったり、コンサルティング会社に依頼したが思うような成果が出なかったなど、外部人材を活用しようとして失敗したという話は枚挙に暇がない。当然、中途採用者の能力不足や派遣社員に問題があったり、コンサルティング会社の実力不足だということもあるだろう。しかし、外部人材を使いこなすための準備が受け入れ側に出来ていないというケースもかなりの数ある。人材育成を目的とした副業人材を受け入れたとして、結果として受け入れ側の現場かかき回されて、混乱しただけとなると最悪な事態だ。

また、派遣先の企業としても、副業を希望する企業で期待したような成長を副業人材ができるのかを判断することも難しい。人材育成を目的とした副業をする場合、そこで得た経験で成長し、本業に良い影響を及ぼすことが期待される。しかし、都合の良い案件が舞い込んでくることは少ない。実際に副業解禁をしている企業の人事担当者に話を聞いてみても、副業先として適した企業をなかなか見つけることができずに苦労していると耳にする。

人材育成目的の副業文化を作れるか?

まだ、企業や自治体の副業解禁の流れは始まったばかりなので、評価を下すには早計だろう。それに、人生100年時代となった現代で、1つの会社人生だけで職業人生を全うすることは難しくなっている。複数の企業や職業を渡り歩いて、新たな専門性を身に着けるということが重要になってくる。そのような時、企業としても個人としても、副業で新しい専門性を身に着けることの意義は大きなものとなる。

しかし、賃金が安く、残業代や福利厚生が削減される現状では、副業のニーズは収入の補填が第一義となってしまっている。まずはこの事実から目を背けず、給与水準を引き上げることをしていかなくてはならない。

その上で、副業を人材育成目的で活用するように、企業文化を創り上げることが必要だ。ネットフリックスやメルカリの様に、企業文化を意図をもってデザインしようという企業が増えてきている。その中に、「自分の能力開発のために、組織外で働きながら経験を積むことは当たり前のことだ」という常識を作り上げることができるが寛容になる。当然、そのためには支援する制度や施策(補助金や評価制度等)も整備しなくてはならない。

人材育成を目的とした副業は、企業にとっても個人にとっても有益な取り組みだ。特に、長期化する職業人生で、従業員の専門性を陳腐化させず、市場価値を高めるために期待が高まっている。しかし、現状では課題も多く、戦略性を持たずに制度だけを運用しても「低い賃金の補填」という従業員の本音に本来の狙いが追いやられてしまう危険性が高い。一過性のブームで終わらせないために、人材育成目的の副業文化を作ろうという意気込みの本気度合いが企業に求められている。

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